第25話 森で歌う少女

 それは幻想的な光景だった。


 中央で歌う少女……年の頃はクーちゃんと同じくらいで、腰まである長い金色の髪の毛が木漏れ日の光を受けてキラキラと輝いている。


 その口から紡がれる旋律に合わせて、小鳥たちが周りを飛び回り、ウサギやリスたちの耳がゆらゆらと動いている。


 狼たちもいるが、大人しくその場に座り込み、その尻尾は歌に合わせて左右に振られ、目の前にいる少女や小動物たちを襲うことなど考えてもいないようだ。


 木々の隙間から漏れる木漏れ日が、レーザーライトの様に少女を照らし、その場がまるでステージであるかのような錯覚を覚える。


 やがて歌が終わり、静寂がその場を包み込むが、余韻に浸るかのように、その場の動物たちは動こうとしない。


 パキッ。


 邪魔しちゃいけないと思ってその場から立ち去ろうとしたとき、思わず小枝を踏みつけてしまう。


「誰っ!」


 怯えたような少女の声。


 同時にその場にいた小動物たちが一斉に森の中に逃げ込み、その場に少女だけが取り残される。


私とクーちゃんが仕方が無く姿を現すと、少女はどこかホッとしたように体の力を抜く。


「あの……誰ですか?」


「あー、ごめんね。森で採集していたら歌声が聞こえて来たから気になって……あなた歌が上手なのね。」


「……冒険者の……方ですか?」


 少女は警戒をしているようで、身を強ばらせている。


 まぁ私だって、森の中で見ず知らずの人間を見たら警戒位はするからね。


「えっと、シランの村の子かな?私達依頼を受けて来たんだけど……?」


「そう……なの?」


「そうそう、だからそんなに警戒……」


 私の言葉の途中で、クーちゃんが腰の剣を抜いて少女に向かって駆け出す。


「ッ……アクアカッター!」


 会話途中だった所為で私の魔法の発動が一瞬遅れる。


 私が放った水の刃が彼女へ向かう。


「ヒッ!」


 迫りくる水の刃と、剣を持った少女を見て、彼女は小さな悲鳴を上げて身を竦める。


 そんな少女の脇をすり抜け、水の刃は、背後から迫っていたゴブリンを切り裂き、クーちゃんの振るった剣戟によって絶命する。


「クーちゃん!」


「ん。」


 少女の側で彼女をかばうように剣を構えたクーちゃんは、空に向かって魔力を放つ。


 クーちゃんが放った魔力は一定の高さまで上がると弾け、周り一帯を一瞬明るく照らした後、急速に消える。


 発光弾の魔法……多少なりとも魔力を扱える冒険者が最初に覚える魔法だ。


 簡単に言えば自分の位置を知らせる為の魔法だが、冒険者の間では緊急時の救難信号として扱われる事が多い。


 その為、この光を見た冒険者は、余程の事がない限り大至急駆けつけると言う暗黙のルールがある。


 クーちゃんが魔力を扱えると知ったとき、私はまず最初にこの魔法の使い方と、敵に遭遇したときはまず発光弾を打ち上げることを徹底的に教え込んだ。


 発光弾さえあげておけば、必ず助けが来るから、と……。


 まぁ、実際には近くに他の冒険者がいないと意味ないんだけど、私達がクーちゃんと大きく離れて別行動を取ることはないから、その点の心配はなかった。


 今も、発光弾を見たミュウやマリアちゃんがココを目指しているはず。


 私は少女を庇うクーちゃんをさらに庇うようにして防護結界を張りつつ周りを警戒する。


 現在、私の気配探知に引っかかっているのはゴブリンが5匹……。


 私一人でも何とかなる数だけど、この先増えないとは限らない。


 そして何より、このゴブリンの気配は急に現れたって事が問題なのよ。


 私が彼女と話始めたときは、ゴブリンの気配なんて微塵もなかったのに、急に彼女の背後にゴブリンが姿を現した……まるで召喚でもされたかのように。


 勿論、私の気配探知をかいくぐるくらいの隠密性を持っていただけかもしれないけど、どちらにしても、今気配を感じる5匹以外にもいる可能性があるとすれば、迂闊に動かずミュウたちを待つべきだと判断した。


 結局、それ以上ゴブリンが増えることはなく、ミュウたちが駆けつける前に飛びかかってきた2匹を私が倒し、残った3匹はミュウ、クレアさん、筋肉さんがそれぞれ倒した。



「やはり巣らしきものは見つからないなぁ。」


 探索を終え、疲れたように座り込む筋肉さんに、ミアさんがスープを差し出す。


 あの後、歌っていた少女……セラァと言う名前だって……の居た辺りを隈無く探してみたけど、ゴブリンの巣らしきものは見あたらず、私達はセラァを連れてこのベースキャンプに戻ってきたんだけど、筋肉さんだけはもうすこし探してみると言って残ったのよ。


「やっぱりハグレかしらね。」


「あれだけ探して巣が見つからないところを見るとそう考えるのが普通なんだろうが……。」


 ミュウの呟きにそう答える筋肉さんだけど、本人は納得していないみたい。


「村で話聞く。」


 ミアさんが筋肉さんの横でそう言った。


「そうだね。」


 早くも3杯目のお代わりを平らげたクレアさんが、ちらりとお鍋の方を見ながらそう言う。


 ……そんな目で見なくても、まだあるからお代わりぐらいいいのに。


 この旅の間、筋肉さんとクレアさんの食べる量は半端なく、二人の1食分が私達のパーティ全員の2食半分ぐらいの量なので、食費がかさんでいるのは確かだ。


 と言っても、旅の間の食材は殆どがその場で狩ってきた獲物主体なので、付け合わせの香草や調味料以外はそれほど持ち出しは無いんだけどね。


 でも、そう考えると、クレアさん達のパーティって食費が大変だったんだろうなぁ。


 パーティの資産を誰が管理しているか分からないけど、その人の苦労が忍ばれるわ。


 まぁ、それはそれとして、問題なのは……。


「食べないの?美味しいよ?」


 クーちゃんが余り食が進んでいない少女……セラァにしきりに声をかけている。


「うん……でも……。」


 しかし少女は何かを言いたそうにしつつそれが言い出せないでいるかのような態度でもじもじしていて……私はそんな少女の様子に既視感を覚える。


「大丈夫よ、まだまだたくさんあるからね。それは貴方の分、足りなければもっと上げるよ。」


 そう言って、私はレチゴやアカシャを取り出して彼女に渡す。


「ここで食べるのが恥ずかしいなら、馬車の中でゆっくり食べればいいからね。」


 私はそう言いながらセラァを馬車の方に誘導する。


 彼女は困惑しながらも私についてきて馬車の中へ入り込む。


「足りなかったら言ってね、お代わりはまだまだあるからね。」


 セラァにそう言い残して、私はその場から離れる。


 彼女の見せた挙動……それは喜色と困惑、不安と猜疑が入り混じったもの。


 何故、私に食事を与えてくれるのだろうか?


 こんな美味しそうな食事を食べていいのだろうか?


 食べようとしたところで取り上げられるんじゃないだろうか?


 食べたら、何か悪い事が起きるんじゃないんだろうか?


 そもそも、この人たちは?これは夢?


 ……簡単に言えばそんな様々な感情が渦巻いているんだと思う。


 私にはセラァの気持ちがよく分かった。


 何故なら、それは以前私が抱いたのと同じものだったし、周りにも同じ思いを抱えていた人がいたからだ。


 そんな彼女に私がしてやれることは、外部の視線を遮り、この食事をしても問題が無いという事を教えてあげる事だけ。


 訝し気な視線を向けるクーちゃんに笑いかけ、しばらく放置しておいてあげてと、目線で訴える。


 クーちゃんは困惑しながらも頷いてくれる……ウン、私の妹はいい娘だね。


 何だかんだと、休憩を兼ねた食事を終えると、私達はシランの村に向かう。


 森からそれ程離れているわけではないのですぐに村に着く。


 何度も頭を下げながら去っていくセラァを見送っている間に、筋肉さん達は尊重を始めとした村の代表者たちとの面談を取り付けていた。


「私が話を聞いてくるから、ミカゲ達は宿でゆっくりしていて。」


 ミュウはそう言って筋肉さん達と共にどこかへ行ってしまう。


 残された私とマリアちゃん、クーちゃんは取りあえず宿を探すことにした……と言っても小さな村なので、泊まれるところは1か所しかなかったんだけどね。


 部屋に荷物を預けた後、マリアちゃんはこの村の教会に顔を出してくると言って出て行ってしまい、残された私とクーちゃんは特にやる事もなく暇を持て余していたので、市場へと遊びに行くことにした。



 よく言えばオープンカフェ……実際には屋台の片隅に備え付けられたベンチに掛けて私とクーちゃんは怪しい色の飲み物を楽しんでいた。


 上半分が薄い緑がかった水色で下半分が赤黒く濁った、その飲み物は見た目に反して爽やかな味わいで……いや、上半分だけなら見た目通りなんだろうけどね……私とクーちゃんはその驚きを口にしつつ他愛の無いおしゃべりをしながら時間を潰していた。


 だから、その光景を私が目撃したのは、本当に偶然だった……。


「何をしているんだ!」


 男の人の怒鳴り声に、蜘蛛の子を散らす様に逃げ出す子供達。


 子供たちの中心には怯えた目をしている女の子の姿。


「お前もさっさとあっちへ行きな!」


 多分、大勢の子供たちに囲まれて苛められていたと思われる女の子に、その男の人は声をかける……ぶっきらぼうというより、本当に邪魔だというニュアンスなのが気になった。


 女の子は黙って立ち上がると、男の人に軽く頭を下げてその場から立ち去る。


「……ったく、関わるなって言ってるのに餓鬼どもは。」


 女の子が立ち去るのを見届けると、男の人は吐き捨てるようにそう言ってどこかへと行ってしまった。


「……ミカ姉、今のってセラァ……だよね?」


「うん、そうだと思う。」


「苛められてるのかな……イヤだなぁ……。」


「そうだね……。」


 今見た光景はきっとどこにでもあるんだろうけど……ちょっとでも知り合った子が苛められているのを見るのは気持ちがいいものじゃない。


 その後、市場を見て回っても、さっきまでの楽しい気分はどこかに行ってしまったのか何を見ても上の空になってしまい、結局早々に宿に戻る事にした。


「ん、お帰り。」


 宿にはすでにミュウとマリアちゃんが戻ってきていた。


「あ、ミュウお疲れ様、どんな感じ?」


「あぁ、それなんだけど……何かあった?」


 ミュウが元気がないクーちゃんを見て小声で訊ねてくる。


「ン、ちょっとね、後で話すわ。」


「そっか……じゃぁ、先にこっちの事からね。」


 ミュウの話をまとめると、ゴブリン達が村の近くで見かけるようになったのは、ここ1ヶ月ぐらいの事らしい。


 村の若い者たちで結成された自警団や村に来た冒険者たちによって付近一帯を捜索し、何匹かのゴブリンを退治してはいるが、それでもゴブリンの目撃情報が絶えないらしく、これは巣があるんじゃないかと、近くの街のギルドに依頼を出したとのことだった。


「でも巣は無かったよねぇ?」


「そこが問題なのよ。一応Bランクの筋肉さん達があれだけ探しても見つからなかったからね。」


 巣が無いのか、もっと離れた場所にあるのか、巧妙に隠されているのか……とミュウがブツブツ呟いている。


「ねぇ、誰かが『召喚』しているって事は無いの?」


 私はそう訊ねてみる。


「召喚??」


 我ながら突拍子もない事を言っていると思うけど、森の中で私の気配探知を潜り抜けて急に現れたゴブリンの事が引っ掛かっている。


「召喚魔法はかなりの魔力と時間を要する儀式魔法ですから、誰かが召喚しようとすればすぐわかりますよ?まぁ、魔族が眷属を召喚するのであればその限りじゃないですけどね。」


 だからありえませんよ、とマリアちゃんが言う。


 ふーん、そうなんだぁ……魔族ねぇ……。


「じゃぁ、魔族がいるとか?」


「魔族が?なんで?こんな村の近くで何してるの?」


 私が言うと、ミュウが呆れたように聞いてくる。


「そんなのは魔族に聞いてよ。」


 私が知るわけないじゃん、ねぇ?


 まぁそれだけ荒唐無稽な話だって事なんだけどね。



 結局ゴブリンの事については明日もう一度村の周りを探ろうという事で話がまとまった。


 一応この依頼は私達が受けたという事になっているので、筋肉さん達は特に何もしないらしい。


 そしてその後はクーちゃんの元気がない事について……私達が市場で見たセラァの様子についての話題に切り替わった。


「……って事でね、クーちゃんとしてはショックだったらしいの。」


「ふーん、成程ねぇ。」


「そう言えば、教会で聞いた話なんですが……。」


 そう言ってマリアちゃんが話してくれたのはある孤児の噂。


 急に歌が上手くなった少女……彼女が歌うと魔物が集まってくる。


 きっと悪魔の手先となってこの村を滅ぼそうとしているに違いない……。


 そんな噂が村中に流れているんだって。


「それって、まさか……。」


「うん、何のことか分からなかったけど、今の話を聞くと多分セラァの事じゃないかと……。」


「そんなぁ……。」


 それまで黙って聞いていたクーちゃんが、顔を覆い蹲る。


「そう言えば村長の所でも似たような話を聞いたよ。セラァを助けた事は一応礼を言われたんだけど、その時近くにいた人がね『悪魔の子なんて放っておけば……』って言いかけたのを周りの人たちが抑えてね。その時は詳しい事聞けなかったんだけど、そういう事だったんだね。」


「ん~、つまり、セラァの歌がゴブリンや他の魔物を呼び寄せているって言われていて、それが原因で苛められているって事?でもなんで?」


 私は疑問を口にする。


「セラァの歌が上手くなったことと、ゴブリン達が現れた時期が一致するらしいよ。」


 私の疑問に答えてくれたのは、いつの間にか部屋の入口に立っていたクレアさんだった。


「邪魔するよ。」


 クレアさんは酒瓶を片手に部屋の中に入り込んでくる……どうやら、また居た堪れなくなって逃げだしてきたらしい。


 もう、さっさとパーティ抜ければいいのにね。


 クレアさんが座ると、クーちゃんがタイミングを計ったようにつまみになるものを差し出す。


「お、気が利くねぇ。」


 クレアさんはそのつまみに手を伸ばそうとしたので私はサッとそれを取り上げる。


「さっきの話が先……どういう事?」


「さっきの話って?」


「セラァの事よ。」


 私がそういうと、横に立っていたクーちゃんも、ウンウンと頷く。


「あぁ、そのことか。」


 クレアさんはつまみに視線を向けたまま話し出す。


「私も、街の噂は聞いてね、調べてみたんだよ。……セラァは元々歌が好きでよく歌っていたらしいけど、以前は今ほど歌が上手くなかったそうだ。ところがある日を境にして急に歌が上手くなってね。村の子供が理由を尋ねたら「森の精霊が歌の力をくれた」と答えたらしいんだよ。その後からかな、村の付近でゴブリンが目撃され出したのは?」


「それだけで?」


 私がそう言うと、クレアさんは首を振る。


「何度かあったらしいんだよ、私達が助けた時のように、彼女が歌っている時にゴブリンが近寄ってきたことがね。偶然が何回も続けば……分かるだろ?」


 クレアさんは呆然としている私の手からつまみの皿を取り上げて、一人で酒盛りを始める。


 それを見かねたのか、ミュウがグラスを持ち出してクレアさんに付き合い始める。


 私は袋から幾つかつまみになりそうなものを取り出して二人の前に並べておく。


「ミュウ、明日は早いから程々にね。」


 私はそう言うとクーちゃんを伴って、ベッドのある隣の部屋へ移動する。


「ミカ姉……セラァは……。」


 クーちゃんはそこまで言うと黙り込む。


 私はクーちゃんを抱き寄せてその頭を撫でる。


「今は何も考えないほうがいいよ。私達が依頼を遂行すれば……それがセラァの助けになるって信じよ、ねっ?」


「うん……。」


 クーちゃんが頷くのを見て、私はもう一度抱きしめる。


「じゃぁ、私はミュウ達に付き合って来るから、クーちゃんはゆっくりと休んでいてね。」


 私はクーちゃんを寝かしつけると、部屋を出て宿の厨房に向かう事にする。


 つまみのストックが少なくなってきたから、あの二人に提供するついでに作っておこうと思ったのだ。


「~~~~~♪」


「ん?」


 途中で歌声が聞こえた気がした。


「外かな?」


 私は歌声の元を辿って外へと出る。


 どこで歌っているか分からないけど、この声はセラァに違いない。


「いた。」


 しばらく辺りを捜していると、屋根の上で歌っている少女を見つける。


 その姿は月明かりに照らされて、凄く儚げで寂しそうに見えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る