第8話 ネコミミ少女現る

 私はアレイ族のミュウ。

 先日、15歳になり成人を迎えたばかりだ。


 アレイ族は男も女も成人を迎えると親元から離れ、自らの生きる道を探す為に旅に出るのが習わしだ。


 旅先で、生涯をかける夢に出会い、忠誠を尽くす人物に使え、運命の人と結ばれる……そんな理想を追い求め、生き続けてきたのがアレイ族だ。


 そして私も成人を迎えたあの朝に、生まれ育った村を出た。


 すぐに旅立てるようにと1年前から冒険者ギルドに登録をして、コツコツと実績を溜めてきたため、あと一つ依頼をこなせばDランクに上がれるところまで来ていた。


 だから、旅立ちの記念とDランク昇格の為に王都まで行くという商人の護衛依頼を引き受けたのだけど……。


 この商人がとんでもない奴だった……まぁ、それを見抜けなかった私が未熟者だったってわけなんだけどね。


 商人は盗賊が襲ってきた時、戦おうとする私を後ろから殴り付けたのだ。


 不意を突かれて朦朧としている所を縛り上げられて、盗賊の前に突き出された時には、何の冗談かと思ったよ。


 商人の奴は、私ともう一人連れていた女性を差し出す代わりに、自分を見逃してくれるように盗賊と交渉し、結局積み荷の半分を持って去ってった。


 私の人生、旅立ちと同時に終わりを迎えるのかと諦めて、あの時確かに死を覚悟した。


 だけど、気づいてみれば、私を心配するように覗き込む少女の顔が間近にあり、私はこの子に助けられたんだと理解する。


 そして、何故かその子が今、私の目の前で無防備な姿を晒して眠っている……しかも私の膝枕で、だ。


 ……一応、ここ盗賊のアジトなんだけどなぁ。


 こんなに無防備で大丈夫なの?と他人事ながらに心配してしまう。


『アハッ、ごめんね。もし嫌なら逃げてもいいよ。ミカゲの事は気にしなくていいから。』


 この眠り姫はミカゲと言う名前だと、目の前の妖精が教えてくれる。


 更に逃げてもいいと……。


 ここは盗賊のアジトだ、いくらここにいる奴らを殲滅したと言っても、他に仲間がいないとも限らない。


 身の安全を考えるならば逃げ出すのが最善手であるというのは間違いない……けど……。


「あんまり見くびらないでね。」


 私は妖精にそれだけを答える。


 助けてもらったお礼もせずに立ち去るなんて格好悪い事、出来るはずないじゃない。


『ふーん、まぁ、いいけど……あ、これ食べる?』


 そう言って妖精が差し出してきたのはアカシャの実……しかも希少種だ。


 思わず、ゴクリと喉が鳴る……ここのところ碌に食事をしていないから、その申し出は大変ありがたかった。


「いいのか……希少種だよね?」


『気にしないで。ミカゲはこういうの見つけるの得意だからさ、沢山あるんだよ。』


 そう言って私の前にアカシャの実の希少種を4つ程積み上げる。


 そして自分はレチゴの実を頬張り始める……それも希少種だった。


 希少種を見るのは初めてではない、冒険者になりたての頃の依頼は採集が主だったために、依頼の合間に何度か採集した事もある。


 通常種の三倍は美味しいと言われる希少種、手に入れた時、何度食べたいという誘惑にかられたことか。


 結局、売り捌いてお金にする方を選んでいた為、食べた事は一度もない……その希少種が今目の前に置かれている。


 しかも好きなだけ食べていいと……。


「神はいたのか……。」


『ウン、ボク女神だよ。』


 私の呟きに妖精が何か言っていたが、私は一口齧ったアカシャの実の美味しさに感動していてそれどころではなかった。


「美味しぃ……。」


 空腹だったことを差し引いても、この美味しさは尋常ではなかった。


 今までに食べたどんな御馳走も、この実には敵わない、と本気でそう思うくらいに美味しかったのだ。


 気づけば、目の前にあったアカシャの実は全て食べてしまっていて、思わず妖精の方に視線を向けてしまう。


『うーん、あげたいのはやまやまなんだけどさぁ、キミこの2~3日食べてないでしょ?無理しないほうがいいと思うんだ。それにそろそろミカゲが起きそうだからね。』


 その言葉に私は膝の上の彼女に目を向けると……彼女とばっちり目が合ってしまった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 私を覗き込む女の子と目が合う……空の色の様な碧眼と輝く金眼……こういうのオッドアイって言うんだっけ?


「綺麗……。」


 そう呟くと思わず手を差し伸べ、彼女の頬に手を添える。


 私の唐突な動きに、彼女は呆気にとられたようで、なすがままになっている。


『ミカゲ、彼女驚いてるよ?』


「あ、ゴメンナサイ。」


 レフィーアの声で我に返り、彼女から手を離す。


「イヤ……綺麗って言われたの初めてなので、ちょっとびっくりしただけ。」


 そういう彼女の顔は真っ赤に染まっている……なんか可愛い。


「ところで、ここは?……って、あぁ、そうか。」


 一瞬自分がどこで何しているかがわからなかったが、すぐに思い出す。


 そして目の前の女の子に目を向ける。


「その……大丈夫?」


 その一言で、彼女は私が何を言いたいのか理解してくれたようだ。 


「うん、まだ何もされてなかったよ。ありがとうね、助けてくれて。」


 そう言って微笑む彼女の顔は、決して無理しているわけでもなく、本当に無事だったのだという事を物語っていた。


「そう、良かった……って、えっ?」


 彼女の笑顔を見ているうちにある違和感に気づく……あの頭から生えているのは……。


「ネコミミぃ!」


 私は思わず叫んでしまった。


『今頃っ!?ミカゲ、気づいて無かったの?』


「チッ、排斥主義者なのね。」


 レフィーアの呆れたようにツッコむ声と、女の子の蔑む様な声、どちらも私の耳には届いてない。


 だって、ネコミミだよ?道理で可愛いと思った……ってこの子、尻尾もあるよ。


 思わず彼女を抱きしめる。


「ネコミミ、ネコミミ♪ねぇ、触っていい?」


『ミカゲ、もう触ってるから。』


「もぅ!触んないでよっ!……排斥主義者じゃなくて亜人スキーの方だったのね。」


 女の子から拒絶される……ネコミミ可愛いいよぉ、触りたいよぉ……。


「ネコミミ……。」


 私の溢れる思いが口をついて出る……が、女の子は呆れた表情を崩さない。


 レフィーアでさえ苦笑してた。



『ミカゲ、興奮するのは後にして、そろそろ場所を変えない?その子を愛でるにしてももっとゆっくりできる場所がいいでしょ?』


「そうね、後でゆっくりと触るとして、今は戻りましょうか?」


 私はレフィーアの言葉に頷く。


「触らせないわよっ!……移動するなら、その前に私の装備探してもいいかな?」


 彼女はそう言って辺りを見回す。


「装備と言っても……ねぇ。」


 周りは私が吹き飛ばしたせいで何も残っていないが、彼女は気に留めた様子もなく地面を探している。


「うーん……確かこの辺りに……あった。」


 彼女の傍に行くと、土で埋もれかけていたが、地下へと続く入口があった。


「こいつらは溜め込んだお宝を地下に隠していたのよ。私の装備もひょっとしたらそこにあるかも。」


 そう言いながら降りていく彼女の後を慌ててついていく。


「うわぁ……溜め込んでるなぁ。」


 彼女の言う通り、そこには箱一杯に詰まったお金や宝石、そしてその周りには数々の武器や防具などの装備が転がっていた。


「あった、良かった。」


 私が部屋の中を物色している間に彼女は自分の装備を見つけたようで、慣れた手つきで身に着けていく。


 胸や腰、腕などの部分を保護する革製の防具は、通常の物より色合いが違っていて、またそれが彼女の銀色に輝く髪の色を一際鮮やかに際立たせていた。


「……綺麗……良く似合ってるね。」


 私がそう言うと、彼女は照れた顔を見せる。


「そう?自分じゃわかんないんだけど、ただ、この装備は大事なものなんだよ。」


 そう話す彼女の瞳が愁いを帯びる……きっと何か訳アリなんだろうなぁ、と思い、それ以上深く訊ねるのをやめる。


「武器もあった……よかった。」


 彼女が手にしたのは2本の小剣……どうやら彼女の戦闘スタイルは双剣使いみたいで、彼女のイメージにぴったりだと思う。


「これ、どうする?残しておくのもったいないよね?」


 彼女がそう聞いてくる。


 部屋の中のお宝たち……お金は銅貨が多く、宝石もそれなりだけど、しばらくはお金に困らない生活が出来るだろう。


 転がってる装備や美術品も売ればそこそこにはなりそうだし……。


「勿論持って帰るわよ?」


 私がそう言うと、彼女は困ったように言う。


「そりゃぁ持って帰りたいけどさぁ、全部も運べないでしょ?」


「えっ?」


 私は袋に詰め込む作業はそのままに彼女を振り返る……この子何を言ってるんだろう?


「えっ……って、その袋何なのよ?何で袋より大きな鎧が入るのよっ!?」


「何って……魔法の袋?」


「はぁ……もういいわ。」 


 私の答えに、がっくりと肩を落とす女の子……そう言えば名前なんだっけ? 


「あの……?」


「何よっ?」


 問いかける私に、袋に詰める作業の手を止めることなく返事をする彼女。


「私はミカゲ……あなたお名前は?」


「今更っ!?」


 ……だって、聞いてないんだもん。


「私はミュウよ、アレイ族のミュウ。細かい事は後にしましょ、私も聞きたいことあるし。」


 そう言って、黙々と作業を続けるミュウ。


 私も彼女に倣って、無言で袋詰めを続けた。


 ◇


「改めて、助けていただいて感謝するわ。」


 あれから私達は盗賊のアジトを後にして、今夜の野営地のここにベースキャンプを設置したところで、ミュウが居住まいを正してそう告げた。


「頭をあげてよ……助けたって言っても偶然なんだし。」


 私は慌ててミュウを止める。


 そもそも私はミュウを助けに行ったわけじゃなく、八つ当たりで盗賊のアジトを潰したらそこにミュウがいたってだけで……。


「それでも、助けてもらった事に変わりはないから……本来なら御礼もしたい所なんだけど、私何も持っていないし……。」


 シュンとするミュウ……こういう場合は本人の気が済むように何か御礼を貰うべきなんだろうけど……あ、いい事思いついた。


「だったらその耳触らせて、あと尻尾も!」


「それはイヤっ!」


「えー、何でもするって言ったのにぃ。」


「言ってないっ!」


 ……そうだっけ?


「いいじゃない、ちょっとだけ、ちょっとだけ、先っぽだけでいいからぁ……。」


 私はミュウに詰め寄る。


 この際、恩に着せるのでも何でもいいから本物のネコミミ少女を堪能したいのよ。


「ま、待って……それ以上は……。」


 ミュウがジリジリと下がるが、ここは天然の洞窟……逃げる場所にも限度があるのよ。


「どうしてもダメ?助けてあげたのにぃ……。」


 私がウルウルと見上げるとミュウは困惑した表情で悩み始める。


 ウン、もう一押しね。


「私はただ、そのミュウの愛らしい耳を触りたいだけなの……それでもダメ?」


 ここは恩に着せるのではなく、情に訴えた方がいいと判断した私は、今にも泣きだしそうな表情でミュウに訴えかける。


「う、うぅ……食事にアカシャの実を付けてくれるなら……。」


 よしっ、堕ちた!


 ……不承不承と言う感じで許可を出すミュウを見て小さくガッツポーズをする。


「アカシャでも、レチゴでも何でも付けるよぉ。」


 私はそう言ってミュウを抱きかかえると、自分の膝の上に乗せ、背後から抱きしめる。


「このミミの毛触り、この髪の艶……ミュウちゃん可愛いよぉ。」


「ウッ…………アカシャの実の為……。」


 ミュウが私の腕の中で堅くなっている……もっと力を抜けばいいのに。


 私はそう思って、精一杯の愛情をこめてミュウの頭を撫でる。


 そして髪の毛に顔を摺り寄せながらそっと囁く。


「ミュウちゃん、頑張ったね。」


「ッ……。」


 ミュウの身体が小刻みに震える。


 私はそっと抱きしめる腕に力を籠める……もう大丈夫だからね、という思いを乗せて。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 不覚にも涙をこぼしてしまった。


 ミカゲは背後にいるから気付かれてはいないだろうけど……。


 彼女の一言で、今まで張詰めていたものプツッと切れてしまったみたいだ。


 裏切りにあい、何人もの男たちに体を弄られ、辱めを受けるとともに自分の最期を覚悟して……覚悟はしたけど、本当はもっと生きていたかった……他の人たちと同じように、美味しいものを食べて、気の置けない仲間と他愛もない話で盛り上がって……時には喧嘩もし、時には命をかけて助け合う……そんな冒険がしたかった。


 そんな夢を諦めかけた時、諦めないでいいよと救ってくれた彼女、ボケた振りして私を抱きとめてくれる彼女……。


 普段なら他人に触られるのはイヤなのに、髪の毛や耳に触れるミカゲの手が暖かく心地よく感じる。


「我慢しなくていいんだよ。」と言うミカゲの囁き声に、私の中で張詰めていた最後の糸が切れる……私は知らず知らずのうちにミカゲに体重を預け、涙を流していた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


『寝ちゃったね。』


「ウン、張詰めていたんだと思うよ。」


 私は、腕の中ですぅすぅと、穏やかな寝息を立てているミュウちゃんを起こさないように髪の毛を撫でる。


「信用してくれた、のかな?だったら嬉しいんだけど。」


『少なくともミカゲの優しさは伝わったんじゃない?』


「ふふっ、ミュウちゃんは完全に堕ちたわ。このネコミミと猫尻尾は私のものよ!」


『いや、今更悪ぶらなくてもいいから。』


 レフィーアが呆れたように言う……これも本音なのに、解せないわ。



 いつの間にか陽が沈み、洞窟の入口から差し込む光も無くなって、目の前の焚火だけが唯一の明りとなり、私達の顔を照らしている。


「ふわぁぁ……。」


 気が緩んできたのか、思わず欠伸が出る。


『ミカゲも寝たら?入り口の結界はボクが強化しておいたから、この間の巨大蜘蛛クラスのモンスターが来ない限り大丈夫だから。』


「バカッ、シッ!」


 私は慌ててレフィーアの口を塞ぐ。


 周りの様子を窺うが、とりあえずは大丈夫なようだ。


「いーい、そう言うのを『フラグが立つ』と言って、黙っていればそのまま無事済んだものを余計なトラブルを巻き込む元になるんだからねっ。迂闊なこと言わない様にしてよ。」


『分かったよぉ。ボクが見てるから安心して休みなよ。』


「……ウン、じゃぁお願いね。」


 私はミュウを起こさないようにそっと抱きかかえ、一緒に横になる。


 レフィーアは私がミュウを気遣っていたと思っている様だけど、本当は私が誰かに側にいて欲しかっただけなのよ。


 自分の弱さを情けなく思いながら、でも今だけは……と、隣で眠るミュウの身体を抱きしめる……何だろう?久し振りに安心できるこの感じ……。


 私はいつの間にか眠りに落ちていた。

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