(6)


――


「うめえ……!」

「なんか……安心する味だな。鰤の照り焼きなんてオレ実家でしか食べないから……」

「白菜の漬物もいい味してるなー。あ、コレなに?柚子ちゃん」


「あ、ソレ、きゃらぶきっていうんです。山菜のふきを醤油とか砂糖で甘く煮てあって、この辺じゃ割と食べてるものでして」


「へー……。ん!うまい!コレご飯に合うなー」


「良かったー。結構ニガテな人多いんですけど、お口に合ってなによりです。あ、それウチのお婆ちゃんが作ってるんですよ」


夜。日が落ちて間もなく、夕食の時間になった。

春とはいえ、養蚕の家を改装した本館は風通しがよくて冷えやすい。囲炉裏の中の火がパチパチと燃える音が広間に心地よく響く。

テレビからは小さく夕方のニュースの放送が流れ、外からは木が風に揺れる音が僅かに聞こえた。


いつの間にかナガサワ建設の方々からは「柚子ちゃん」と親しまれてもらうようになり、夕食も私が運んでいる。


この団体のリーダーのイイヅカさんが満足そうに笑いながら言った。


「いやー、料理は美味しいし建物は貸し切りにしてくれるし、なにからなにまでいい宿にあたれて嬉しいです。娘さんには丁寧に宿を案内してもらえて……本当に有り難うございます、ヤマガミさん」


ふと後ろを振り返ると、お母さんが御盆を持って食堂に上がってきていた。


「いえいえ。古い宿で申し訳ないんですけど、そう言っていただけると嬉しいです。 今サッと卵焼き作ったんですけど、食べてみません?足りないかなと思って」


「うおー!ありがとうございます!うまそー!」

「いやーこんな美人の女将さんとカワイイ娘さんがいるなんて、至れり尽くせりだな」

「これで地酒でもあればなぁ。持ってきたビールで我慢するかぁ」


職人さんのその言葉にお母さんはニコリと答えた。


「ありますよ、地酒」


「マジっスか!?」


「ええ。別料金になってしまいますけど……。よろしいでしょうか?」


「はい勿論!」


「それではお持ちしますね。熱燗もいけるんですけど、オススメは冷酒です。あと…焼酎とかもありますけど、どうします?」


「えええ、マジっスか……。すげー」


代表のイイヅカさんが、皆の意見を聞いて、ビールやら冷酒を注文する。

一応年齢上、私がお酒を持っていくコトは避けているのでお母さんは注文を受けると調理場の業務用冷蔵庫にお酒を取りに行った。


イイヅカさんが、私に話し掛ける。


「すごいねこの民宿。お酒も揃ってるんだ」


「はい。近所の酒屋さんから買ってるんです。ウチ泊まりもできますけど、村の人達が宴会で使うコトもあって……それで。泊まらないで宴会だけっていうのも出来るんです」


「料理美味しいしなー、ここ。かー、ウチの近所にも欲しいよー」

「宴会で飲んでもそのまま泊まれるしな。大浴場つきだし、サイコーじゃん」


ウチの利用方法は、結構色々なパターンがある。

まずはこんな風な団体さんの大勢での宿泊。仕事や、学生の合宿がその大半を占める。

あとは、素泊まり。この村には……ほとんどなにもないけれど、近隣の街へのビジネスや温泉街への観光の中継地での泊まりに多い。

そして、宴会利用。宿泊はせずに食堂だけ使いたい、という人達がいる。ほとんどがこの村の寄り合いや消防団なんかの歓送迎会。

長期滞在も、一日だけの利用も、様々だ。


そんな説明をしていると、母親が沢山の瓶を持って再び食堂にやってきた。


「はーい、瓶ビール5本と冷酒3本お待たせしましたー」


「「「 うおー!! まってましたー!! 」」」


……。


子どもの頃から思っていたけれど、お酒って大人にはどれだけ美味しいものなのだろう。

こうして一日の疲れを流し込むように飲む大人が、世界一美味しいものを飲んでいるような風に、ずっと思ってきた。

……早く飲みたいワケではないけれど。高校生の私にもそういう飲み物が欲しいなぁ、なんて毎回考える。


――


「「「 ごちそうさまでしたー!! 」」」


笑顔の男性7名を、本館の玄関で私と母親が見送る。渡り廊下を渡って、これから新館で二次会というところだろう。


イイヅカさんが一歩前に出て赤ら顔で上機嫌に言う。


「いやー本当に美味しかったです!!御馳走さまでしたっ!!もうサイコー!!」


呂律が少し回らず上機嫌なイイヅカさんの様子に、母親も私も少しおかしくなって口元をおさえて笑ってしまう。


「こちらこそ、残さず食べていただいて有り難うございました。 明日の朝食は7時でよろしいんですよね?」


「はい、おねがいします!! それでは、おやすみなさいー!!」


「柚子ちゃんおやすみー!」

「あしたの朝飯もたのしみだなー!!」

「っしゃー!!その前に二次会だー!麻雀だー!」


赤い顔をした男の人達はお互いに肩を組みながら、新館へと向かっていった。

……あの様子で、朝食は7時。職人さんって大変なんだなぁ。


心配で、新館に入るまで玄関で見送っていた私に、母親が声をかけた。


「いいお客さんだね」


「うん。すごく喜んでくれてたよ、色々」


「嬉しいもんだね。……さ、私達も夕飯、たべよっか。家の方で食べるから、悠も呼んで手伝ってもらおう。呼んできてくれる?」


「オッケー。もうお腹ペコペコだよー」


今日は別場所でお父さんは村の会合があり、夕飯は要らないらしい。

お腹をすかせたおじいちゃんとおばあちゃん、三女の悠が家で待っているはずだ。次女の夏は……もう部活から戻ってきているだろう。

6人分の賄い料理を、私達はこれから自分の家で囲む。時刻は20時……。少し遅めの夕食だが、コレが平常時のウチの日常だ。


……さ、朝食の準備も明日は早いし、ささっと食べて、寝ちゃおうかな。


――

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