(5)
――
「……」
作業着に身を包んだ男性たちは、私の姿を見て固まっていた。
「えーと、民宿ヤマガミって……こちらでいいんですよね?看板出てたし」
代表であろう濃い鬚の50代くらいの男性のお客さんが地図を見ながら言う。
「はい、こちらですよー。おつかれさまでした!」
「え、えらく若い女将さんなんですね……」
「あ、いえ、私この民宿の娘でして。お母さんが女将なんですけれど、今ちょっと夕食の支度中でして。私が代わりに」
「よかったー。なんか普通の民家に来ちゃったんだと思いまして……」
「あはは……。そうですよね……」
民宿だから、外見上はあくまで大き目の普通の民家。看板が立っていなければまず普通の田舎の家と勘違いされる佇まい。
まして駅からも遠く周りには田んぼと畑しかないこの土地にあるのだから、普通の人は立ち寄りさえしないだろう。
「今日予約したナガサワ建設の7人なんですけど、部屋入れますかね」
「はい、伺っております。それではご案内しますね。新館の方になりますので、御靴はそのままで。渡り廊下を行ったところになります」
私が髭のお客さんに言っている間に、後ろにいた他の作業員らしきお客さんたちはキョロキョロと周りを見ていた。
お客さんがウチに来てまず入る場所は本館の一階。つまり一階の食堂部分になる。
木造の古びた建物だが丁寧に掃除は行き渡らせてある……つもりだ。とはいえ普通の民家と大差ない飾り気のない家の中に戸惑う人も多い。ホテルや旅館に慣れている人は、フロントもなにも存在しないのだから尚更だろう。
ただ、一方でウチに来たお客さんの中には、有難いコトにこんなコトを言ってくれる人がいる。
「なんか……落ち着くな」
「ああ。オレの実家こんなんだからさー。なんか帰省した感じ」
「うお、すげー。ココ、囲炉裏あるんスか?ドラマとかでしか見たコトねーよ」
「あははは、ありがとうございます。古い宿で申し訳ないんですけれど…お寛ぎいただけるとありがたいです」
物は言いよう。古き良き、昔ながらの日本民家……。それを少しでも思い出してくれたり楽しんでくれるお客さんがいるのが幸いなところだ。
生まれたときからこの家に住んでいる私には分からない感覚で……単なるオンボロの家にしか思えないのだが。有難いコトに、ここを実家のように思ってくれる人もいてくれているらしい。
「夕食はこちらの方でお出ししますのでお時間になったらお越しください。それでは、新館の方にご案内しますね」
――
「え!?この建物まるごと使っていいんですか!?」
髭のお客さんが目を丸くして驚いた。
「はい。今日はナガサワ建設さんだけのご利用で、お部屋も丁度7部屋ございますので。ご自由にお使いください。一応各部屋一つずつお布団を用意しましたけれど……大丈夫でしょうか?」
「いやー、なんだかすいません。贅沢な使い方させてもらっちゃって」
「いえいえ。……すみません、ただ4部屋は鍵のない部屋で、襖で仕切るだけになってしまいますので少し音が漏れたりしてしまうのですが……」
「構いません。むしろ大部屋になるのを予想していましたので、一人一人部屋があるなんて有難すぎる話ですよ。なあ、みんな?」
しかし鬚の人が言う前に、他の6人のお客さんは早速新館にあがりこみ、中の様子を楽しそうに見ていた。
「すげー!!ココ今日、ウチの会社の貸し切り!?」
「なんか秘密基地みたいでいいなー!おい、夜に襖開けてなんかやろうぜ!麻雀とか!」
「オレここの部屋な!イイヅカさん、どこにします!?テンションあがるわー」
「おいおい、お前ら……遊びにきたんじゃないんだから騒ぎすぎるなよ!? まったく… すいません」
イイヅカ、と呼ばれた代表の鬚の人は頭を抱えて苦笑いをして頭を下げた。
私はその様子に思わずクス、と笑ってしまう。
「いえいえ。私もお客さんが喜んでいただけてとっても嬉しいです」
「……失礼ですが、若女将さんはおいくつで?」
「あ、17です。高校三年になりました」
「17……。……すいません、なんかホントにウチの若いのが……」
社会人としてこういう姿はあまり見せたくはない姿なのだろうが……私にとってはとても嬉しいコトだった。
普段、街中で見かけるいわゆるこういった『職人』さんにあまりいい見方が出来ないコトは多いし、実際私も怖いと思ってしまう。
髪色は明るく、大きなズボンで肩を大きく張って歩く姿は威圧的で、道の向こうから来るだけで思わず避けて通ってしまう。気弱な私には、まるで猛獣のように思えるのだ。
しかし、こうして職人さんや大工さん達の素の…ありのままの姿を見ると、その根はとても純粋な方々なのだということが分かる。
全ての人がそうではないのだろうけれど……少年のような。楽しいコトには楽しい、つまらないコトにはつまらない、そういった感情がストレートな人が多いのだろう。
これはきっと、普通の生活をしていたら分からないコトだった。民宿の娘でなければ、きっと。
それが……私は、嬉しくて、楽しい。
……あれ?
コレ……ひょっとして……?
……。クス。
私は思わず笑顔を浮かべながら、新館の職人さん達に大声で呼びかけた。
「みなさーん!! あと、大浴場の説明しますけど、ついてこられますかーー!?」
私の声に、新館に散らばった職人さん達は反応して、一斉に集まってきた。
「大浴場!?そんなのもあるの!?」
「マジで!?見たいみたい!!」
「どこにあるんスか!?」
まるで秘密基地の中を探検するようなワクワクした表情のお客さん達に、案内する私もワクワクして、言った。
「それでは、大浴場までご案内しまーす!」
――
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