一話 『山の上の、女子高生』
(1)
――
春。
暖かく、緩やかな風が窓の外の桜を散らしていく。
踊るように螺旋を描き地面に落ちていく桃色の花びらの一つ一つは、色鮮やかで、どこか物悲しい。
未来のコト。
過去のコト。
……現在のコト。
春は美しい季節だけれど… どこか不安で、悲しくなる。
「……ゆず?ゆーず?」
ふと気付くと、同級生で親友の
「わ。ご、ごめん、葵…。気付かなかった」
「もう教室誰もいないよ?なにセンチメンタルな感じで窓の外見てるのよ、柚子は」
「……。なんだろ、何か考え事してた」
「何か、って?」
「忘れた、あはは」
「大丈夫なのホントに……。今日はもう午前で学校終わりでしょ?帰らないの?」
……そう。今日は、進級の日。
私はこの春から、高校三年生になった。
それが、この胸の奥底で渦巻くような微妙な気持ちの原因なのだろう。
この一年が、最後の学校生活。
そして……私の将来を決める、大切な一年。
私は、私の将来のコトを未だに悩んでいる。歩く道はあるけれど、その先が暗闇の
「……うん、帰るよ。葵も帰るの?」
「アタシは今日も練習。ウチの吹奏楽部も練習バカだからね~。春休みから休みが一回もないからさ~……」
「うわ、ホント?大変だね」
「ま、最後の一年だしね。バカみたいと思ってたラッパ吹く日々も、今となってはなんか懐かしくて寂しく思ってくるよ」
「……そっか。なんか、いいなぁ、葵」
「柚子は結局部活やらなかったね。まあお家が忙しいから当然か。民宿部、って感じ」
「やめてよー。やりたくてやってるワケじゃないんだからさ……」
「ごめんごめん。それじゃアタシ、部活行くわ。柚子も物思いもホドホドにね。生徒指導連れてかれちゃうよ」
「あはは、気をつけるわ。……葵」
「ん?」
「今年も一緒のクラスで良かった」
「うわ。そういうセリフ、男子に吐いたほうがいーよ。……ま、アタシも良かったと思うけどね。卒業までよろしくね。柚子」
「うん」
葵は少し顔を赤くして手を振り、スカートをひらりと靡かせて教室から去っていった。
三年一組の教室には、私だけになった。
「……さて、私も帰ろうかな」
私はもう一度だけ、桜の木を見つめて……窓際の自分の席から立ち上がった。
一年間、よろしくね。
そんな少し恥ずかしいセリフを、心の中だけで呟いて。
私の名前は、
ごく普通の女子高生……と、言えるのかどうかは分からないけれど。
とりあえずは、そう名乗っておきたい。
――
「ふぬ、ゥゥゥ、ッ……!!」
先ほどの物悲しく寂しい気持ちは、帰り道に掻き消される。
高校からの帰路は二年間通っても未だに通い慣れない。
私の家は、山の中腹にある
そう、村。
このご時世に、村。
人に自己紹介をする時はついつい自分の出身地を自分の県の方を名乗って隠してしまう癖が出来てしまっている。
高校までの距離は測った事はないが、朝の通学は20分もかければ済んでいる。
しかし……帰り道は、その三倍の時間がかかる。
我が家が山の中腹にあるという事で、いきはよいよいかえりはこわい状態。通学はひたすら下り坂、下校はひたすら上り坂、というのが私の通学路だ。
「ぐ、ゥゥゥ……!!」
高校に通い始めたときは、ひたすら自転車を押して帰っていた。
自転車の立漕ぎだけで家にたどり着けるようになったのは二年生になってからだ。
そう、足の筋肉がつき、体力がついたおかげで私は帰路の時間を大幅に短縮できるようになった。
… その代償が、今、足に出ている。
あまり言いたくもないのだが、私服は専らロングスカートかジーンズ。理由は察して欲しい。競輪の練習をしている人の横に並んで自転車を漕いでいる時も稀にあるのだから。
私は、山賀美柚子。普通の女子高生……だという事を常に訴えていたい、17歳だ。
「こなくそォォォォッ……!!」
腹筋から捻り出す声が、静かに田んぼだらけの道の中に今日も聞こえていた。
――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます