第40話 討伐依頼その2

 「え……その……私これでもクレリックとしてはお役に立てると思うのですが……」


 というよりこのマクンバにアイリーナより高位のクレリックはいない。探索者としては将来の金級は確実で、神殿のほうから秋波を送られるレベルである。


 問答無用に断られる理由が全くわからない。


 アイリーナは茶金の長い髪を揺らして困惑の色をあらわにしていた。


 「てめえっ! アイリーナに不足でもあるってのか!」


 「メッサラ、止めて!」


 スカウトの男、メッサラが激高する。つい先ほど松田を見下していた彼にとって、逆にお断りされるとは夢にも思わなかったのだろう。


 確かにパッと見たところ松田はゴーレムなしには、ごく平凡な探索者のひとりに過ぎない。


 むしろ探索者より鍛冶師のほうが才能があるのでは、と思われるほどだ。


 それを補ってなおあまりあるのが、ゴーレムマスターのスキルとディアナの存在なのだが、当然彼らがそれを知る術はなかった。


 そんな下の立場であるはずの松田が、あっさりと協力を拒んだのだから、彼らが当惑するのも当然なのかもしれなかった。


 「あ、あの……本当にギルド長に聞きましたか? シトリはたった二人で討伐できるような魔物ではないのですが……」


 松田とステラが二人で潜るなど自殺行為にしか見えない、というのがアイリーナの偽らざる感想であった。


 松田は優秀なゴーレム遣いであるらしいが、いくらなんでもゴーレムが剛腕リューベックに勝るとも思えない。


 せめて後方から支援するクレリックがいなくては、そもそもシトリのいる四十七階層に降りることすら不可能ではないか?


 それは仲間の敵討ちを望むアイリーナにとっても不本意な事態であった。


 「言いたいことはわかりますが、私にもやむにやまれぬ事情というのがありまして、残念ながらパーティーを増やす予定はないのです。私などより他の下層探索者をあたっては?」


 松田の言葉を聞いていらだたしげにメッサラは吐き捨てた。


 「それができりゃあわざわざてめえなんかに声をかけるかよ! うちがやられちまったからって、どいつもこいつも腰が引けやがって! 下層探索者の名が泣くぜ!」


 事実メッサラとアイリーナは、四十五階層を突破した残る二つの下層パーティー、ノルンの幻日とカシナートの灯台に頼みこんでいたのである。


 しかし色よい返事は帰ってこなかった。むしろ二人からシトリの恐ろしさを直接聞いてますます尻込みしてしまう有様だった。


 いくらトップパーティーの二人でも、二人だけであのシトリに勝てるとまで思い上がってはいない。


 そんなとき、二人のもとにギルド長の肝入りで銅級探索者がシトリ退治に乗り出すという情報が飛び込んできた。


 銅級を投入するなど自殺行為だとは思いつつ、それでもギルド長が目をかけるほどの戦闘力があるのなら、二人が協力すればあるいは。


 そう考えて松田達を待ち受けていた二人であった。


 「はあ、そんなにシトリというのは手ごわいんですか? このままじゃせっかくの下層探索者も商売あがったりでしょうに」


 「そんなことも知らずに討伐を受けたのか? ありゃあ本物の化け物だ。もしかして四十七階層が最下層なんじゃないかって疑いたくなるぜ」


 これまでも苦戦することはあった。


 ちょうど松田達がグレイオークの変異種と戦ったように、彼らもオーガの変異種と戦い重傷を負ったこともある。


 しかしシトリの強さはその遥かに上だった。


 絶対の信頼を預けていた盾役のリューベックが、シトリの蹴りを受けただけで盾ごと腕を失うなど誰が信じただろう。


 即座に騎士のアーウィンがスキル聖戦を発動し、リーダーが撤退を宣言しなければアイリーナたちの命はなかったに違いない。


 あまりにも桁違いの身体能力であり、魔法耐久力も高い。ほとんど隙らしい隙が見つからなかった。


 「それほど恐ろしいとわかっていて、どうして戦おうとするのです?」


 「アイリーナを一人で行かせられっかよ!」


 なんだこのスカウト、ツンデレか?


 どうやら死んだリーダーの魔法士はアイリーナの恋人で、仇を討とうとするアイリーナにメッサラは惚れているらしい。


 話としてはいい話かもしれないが、ますます同行はさせられなくなった。


 メッサラはアイリーナを助けるためだけに同行しているのであった、到底戦力として数えるわけにはいかないからだ。


 彼女を救うためには松田たちを生贄にするくらい、顔色ひとつ変えずにやってのけるはずであった。


 「――――というか、止めておけ。命を無駄に捨てるだけだ。ノルンの幻日とカシナートの灯台が勢ぞろいでも危ないってのに、銅級が二人でどうにかできる相手かよ」


 メッサラにとってはこちらのほうが本命だった。


 最初から松田のような男とシトリを相手にするつもりは毛頭ない。アイリーナを諦めさせるのが目的だった。


 恋人を殺されたアイリーナは自暴自棄になっている。今ここで死なれてしまっては、せっかくめぐってきた機会が無駄になってしまうのだ。


 「そうですね。まさかそんなに恐ろしい相手とは思いませんでしたし」


 「えっ?」


 アイリーナの目が失望に見開かれた。


 偏見の少ない彼女は、ギルド長が直々に要請するからには松田には相応の実力があることを疑っていなかったのである。


 人として尊敬すべき美点ではあるが、今の松田には無用の信頼であった。


 「さあ、帰るぞアイリーナ。ギルドだって馬鹿じゃない。金がかかるけどすぐに金級探索者を呼ぶだろう。だいたい攻撃魔法もないお前が仇を取るのは不可能なんだ。やつに助けられた命を粗末にするな」


 まあ言っていることは間違いではない。主に動機の点で、思い切り私情が入っているというだけで。


 「――――私……諦めませんから!」


 「お、おい、ちょっと待てよ! アイリーナ!」


 肩を怒らせて憤然と踵を返すアイリーナを、慌ててメッサラは追っていった。


 「ご主人様、なんだったですか? わふ」


 「さあ……俺にも何が何やら……」


 とりあえずシトリがやばい相手であることはわかった。


 もっとも彼らに教えられるまでもなく、ディアナが知っていたのだが。






 結局アイリーナのひたむきな想いが報われることはなく、「俺たちを殺す気か!」とけんもほろろに断られただけだった。


 貴重なクレリックであるだけに、最初は勧誘の手が引く手あまたであったのに、今ではすっかり地雷女の扱いである。


 それでもアイリーナを見捨てられないメッサラは、実は一途で純情な男なのかもしれない。


 「どうしてマクンバの探索者はあの化け物を倒そうとしてくれないのっ?」


 「…………相手が悪すぎるんだよ。リューベックがもう一度戦おうとしたら、お前だって止めるだろう?」


 片腕を失い、いまだ治療を受けている仲間を例に出されてアイリーナは不服そうにだが頷いた。


 彼女としても、無駄な死を是としているわけではないのだ。


 ただ恋人を失い、安閑としている自分自身が許せないだけなのである。


 「でも、あの人ならもしかして」


 シトリという名を聞いても微動だにしなかった松田なら、と諦めの悪さを発揮したアイリーナに、メッサラが頭を抱えたときであった。


 なんとはなしに、アイリーナは受付のシーリースに尋ねた。


 「あの……マツダ様はどこにおられるかご存知ですか?」


 アイリーナとしては、松田の宿泊先か、あるいはいつも使っている食堂などを聞いただけのつもりであった。


 ――――が、シーリースから返ってきた言葉は予想外の一言である。


 「いえ? マツダ様は四十階層へ降りてまだ戻っておられませんが」


 別に社畜にプライバシーはない、という理由ではない。


 確かに社畜は二十四時間どこにいても会社からの拘束から自由になれる時間などないが、この場合は単に個人情報を秘匿する観念がゆるいだけだ。


 田舎でご近所に自分の行動が筒抜けなのといっしょである。


 「ええっ! まさか――――」


 アイリーナが絶句したのはまさに運命の悪戯というべきであった。








 階層エレベーターを降りた松田は油断なく周囲を探索する。


 『ギルド長の言っていたことは本当のようです。魔物の気配以外は感知できません』


 「ああ、良かった。それは助かる」


 正直なところ、シトリという魔物は松田が全力で相手しなくては危険な相手だ。


 これはディアナの受け売りだが、狡猾かつ残忍で魔法が利きにくいうえ、飛行能力まであるから性質が悪い。


 魔物の中でも人型で知性も高く、頭上からの奇襲攻撃で何がなにやらわからないうちに殲滅されるパーティーも多いという。


 しかも索敵で感知しにくい隠密スキル持ちなので、松田としては出し惜しみしたくない相手だった。


 「――――召喚サモン、ゴーレム」


 松田が召喚したゴーレムは、ドルロイに鍛えられ先日より遥かに再現度の高いミスリルゴーレムであった。


 ドルロイの工房で数々の鎧、ヘルム、シールドの構造を学んだ経験からか、召喚されたミスリルゴーレムは各関節部の動きが比べようもなくスムーズになっている。


 ひとまずタワーシールド装備の前衛を五十体と、両手剣装備の突撃用ゴーレムを五十体、さらに上空防御として、ガーゴイル型の飛行ゴーレムを十体召喚して松田は命じた。


 「細かいことは言わん。蹂躙しろ」


 悠然とゴーレムたちは前進を開始する。


 合計百十体、しかも一体一体が十分銀級探索者に匹敵するゴーレムたちは、数の暴力をいかんなく発揮した。


 先日のような特別のことがないかぎり、一度に襲撃する魔物の数は多くとも五十程度。ほとんどの場合は十体前後の小集団にすぎない。


 そんな彼らが完全な連携プレイをみせる百体超えのゴーレムを相手に抵抗できるはずもなかった。


 たちまち松田は四十階層、四十一階層、四十二階層を突破する。


 ステラは遊撃をこなすと同時に、倒れた魔物の魔石を回収しては松田のもとに届けてご褒美をねだっていた。


 「ご主人様! ご主人様! ほらっ! この魔石こんなに大きいです! わふ」


 「よしよし、ステラはほんとにいい子だなあ」


 「わふわふふう!」


 和む癒しの雰囲気をよそに、たった一匹の魔物を前後左右、さらに上空から数に任せて袋叩きにしていくゴーレムたちの情け容赦なさは、ある意味シュールな光景であった。


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