第5話 実践練習
『失礼――私としたことが大変取り乱しました。』
心持ち照れたような声でディアナは松田に謝罪した。
知性ある
とはいえこれほどディアナが我をなくすほど驚いたのは、造物主に生み出されて以来初めてのことかもしれなかった。
ゴーレムを操る消費魔力が百分の一というスキルは破格などというものではないのだ。
汎用性という点で人型で繊細な動きを実現するゴーレムに勝る魔法はない。
強力な魔法使いでも、兵士の力がなければ敵国を占領することができないように。
ただ魔力の消費量が莫大という点だけが弱点だった。
造物主にも匹敵する松田の魔力量を考えれば、彼が空前のゴーレム使いになるのは確実であった。
「なんか俺おかしかった?」
『いえ、さすがは私の主様です。あるいは造物主様を超える名声を得られるほどの天分をお持ちとは』
「一応あの
ディアナから思わず照れてしまうほどの絶賛の嵐を浴びせられ、松田はぽつりとこぼして微笑した。
ゴブリンやらコボルドやらモンスターが当たり前に存在するファンタジー世界で、ステータスがチートである意味は大きい。
あとはこの世界の仕様に適応していくことだけだ。無茶ぶりに適応することは社畜時代に鍛え上げられている自信が松田にはあった。
――――突然時間が変更になって勤務が丸二日かかったり、入場者数をまるっきり嘘を教えられて客が会場に入りきらなかったり、とある国会議員が入場制限を全く守る気がなくてわが物顔でゲストルームに突撃してきたのに比べれば……。
ふと哀しい前世を思い出して一筋の涙を流す松田である。
『ど、どうして泣くんですか?』
「悪いが今はこのまま泣かせてくれ」
松田毅、若返ったせいか過去の思い出に敏感なお年ごろであった。
ど素人の松田に対し、ディアナはひととおり基本的な事項について説明を始めた。
『この世界の魔法の系統は四大と呼ばれる火水風土と神の使徒だけが使える神聖魔法に分けられます。四大が精霊の力を借りるのに対し、神聖魔法は神の力を代理行使するものです』
「神、ねえ……厄介なイメージしかしねえ」
信仰する気持ちを咎めるつもりはないが、現実として宗教は非常に厄介な圧力団体である。
上司や顧客から選挙運動から地域のバザーに至るまで、無料奉仕を強要された経験のある松田としては極力関わりあいたくない相手であった。
『まあ、私もあいつらは独善的だから好きにはなれませんけど』
とはいっても松田が神と関わらずに生きていくのは不可能であろう。
ディアナの時代ですら、神の使徒が支配する宗教国家の数は片手ではきかなかった。
なかには造物主ライドッグを神敵に認定した馬鹿の国家もあって、あっさりと反撃を食らって滅亡してしまったところもある。
『回復魔法に関しては医術と癒しの神であるベルファストの使徒にしか使えません。四大は基本的に回復魔法がありませんから』
「そうなのか? 水魔法とか治癒のイメージだけど」
回復魔法とか、水魔法の分類だろう。某有名ゲーム的に。
『主様のいた世界はそうなのですか? こちらでは精々体力を活性化する程度です』
回復魔法が使えないとなると、戦闘では注意が必要だな。大怪我でもしたら一気に詰みかねない。
松田はチートが必ずしも最強でないことに改めて気づいた。
『主様の特性である土魔法は基本的にこの世界に存在するものを錬金して操る術式です。魔力を消費して無から有を生み出すこともできますが、錬金素材を合成することによっても生み出すことができます』
土魔法が四大の王とよばれるのはその汎用性の高さにある。
火、水、風がそれぞれの属性に特化されているのに比べ、土魔法は金銀銅、ルビーなどの宝石や魔法銀ミスリルすらも創り出す。
素材さえあれば永続する
そのかわり魔法消費量は四大のなかでも最大で、戦闘には向いていないと言われていた。
ディアナが封印される前の時代の話だが。
はたして今の世界はどのように発展し――あるいは衰退したのだろうか?
人ならぬ
『――――ああ、主様』
そのときふと、その気配に気づいたディアナはクスリと邪悪な笑みを浮かべた。
『ちょうどいい練習台がやってきたようです』
ガイアスはミルファの森を縄張りとする野盗の頭領である。
ミルファの森はリジョンの町とカニヨンの町を繋ぐ交通路にあたり、それなりに獲物の往来が見込める場所であった。
もちろん大概の商人は護衛を雇っており、迂闊に攻めれば野盗のほうが返り討ちにあうこともある。
しかしそうした費用をケチる商人は、必ず一定数おり、また移動する商人に便乗できないような旅人などもなくなることはなかった。
ガイアスはそうした獲物を執念深く待ち続け、決して冒険をしないことで幾たびもの討伐から難を逃れてきた。
「やりますか?」
「だめだな。護衛の数は少ないが手練だ。魔法士を殺し損ねたらこっちが負けるぞ」
「たんまりお宝を積んでそうなんですがねえ……」
確かになかなかお目にかかれないほどの大きな馬車であった。
護衛の数も四人と少ない。
だが一人の剣士が装備しているのはガイアスの見るところ、おそらくは魔剣であるし、フードをかぶった魔法士らしき男がいかにも不気味であった。
――――かなりの手練だ。ガイアスの勘がそう告げていた。
欲につられてすぐにあんな連中に手を出していたら、ガイアスはとうの昔に死んでいる。
勝てる相手にしか手を出さないのは野盗で長生きする秘訣なのであった。
指をくわえて金持ちの商人の馬車が通り過ぎるのを待つ。一年は遊んで暮らせそうな獲物を見過ごすのは、わかってはいてもガイアスの精神に大きなストレスを刻みこんだ。
「……警戒されちまったかな」
つい先月、ガイアスは数十人規模の隊商を襲い、彼らを皆殺しにしていた。
人数が多いことを頼みにたった二人しか護衛を雇っていないケチな隊商だが、積み荷は宝飾品や毛皮が満載されておりよほどの名のある商人であったかもしれない。
その商人が野盗に襲われ帰らぬ人となったことで、ミルファの森を通る商人たちは神経を尖らせているように思われた。
小一時間ほども経っただろうか。
街道の向こうから、たった一人で歩いてくる男がガイアスの視界に映った。
「なんだあ? 頭でもいかれてるのか?」
王都が近く、巡検使がいて治安がよい場所ならともかく、こんな辺境で一人旅など自殺行為以外の何物でもない。
ガイアスが男の正気を疑うのも無理もない話であった。
だがその姿をみてガイアスは得心する。頭がおかしいかに思われたその男はエルフであったのだ。
エルフ社会は閉塞的で、人間とは異なる独特の価値観を持つことで知られていた。
「……こりゃあついてるじゃねえか」
エルフは顔立ちのよいものが多く、奴隷市場においてその価値は男も女も最上級に近い。
問題は大抵のエルフは魔法に長けているということだが、奇襲攻撃では何より数がものを言う。
いかに魔法に長けているエルフといえども、左右から二十名以上の男に襲いかかられれば対処することは不可能であるはずだった。
「てめえら、配置につけ。絶対に逃がすんじゃねえぞ!」
左右に散らばった野盗の数は二十三名。
うち六名が弓で松田を狙っているのがわかった。
『もうじき射程に入ります。準備はよろしいですか?』
ディアナの言葉に松田は無言で頷いた。
詠唱はただ言えばよいというものではない。イメージと音律と魔力の構成が全て揃わなくては正常な発動とはいえないのだ。
主従契約のラインを通じて松田はそれを正確に把握した。
あとは実戦練習あるのみである。
『――――来ます!』
「――――
どっと鬨の声をあげて殺到する野盗の前に、突如百体のゴーレム軍団が出現した。
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