幼馴染と告白ごっこをする事になった

月之影心

幼馴染と告白ごっこをする事になった

 いつもの放課後。

 いつもの帰り道。

 いつもの風景。


「明日のお休みどうするの?」


「家でぼーっとしてる。」


「じゃあ私もそうしよ。」


 俺は葛城頼斗かつらぎらいと

 表舞台をあまり好まず普通が一番と思っている、どこにでもいる高校2年生。

 まぁそれなりに勉強も運動も他人に迷惑を掛けない程度には出来るし、見た目も平均くらいだとは思……いたい。


 俺の隣を歩くのは白濱季里しらはまきり

 生まれた時から仲良く過ごして来た同い年の幼馴染。

 栗色のサラサラショートボブに整った目鼻立ちと、大抵の人が目を止める日本人離れしたスタイルで、学校では数多の告白をされ、校外ではモデルやタレントのスカウトを受ける事も多々ある、容姿完璧女子。

 それでいてお高く留まっているなんて事は無く、人当りも良く、細かい気遣いも出来る、中身まで知ったら惚れてしまうのも無理は無い程の子だ。

 そんな季里がこうして登下校を共にしているのも、単に家が隣りで目的地が同じで、何より小さい頃からよく知っている幼馴染で、幼稚園からずっと同じ所へ通っているので特に意識しているわけでもなく、俺と季里にとっては普通の事である。

 よく友人周りから『白濱さんと気軽に話せるなんて羨まし過ぎる』なんて事を言われたりするが、長年一緒に過ごしているとそれが普通なので、何が羨ましいのか分からないなんて時代もあった。

 しかし、中学高校となって季里の人気振りを目の当たりにして、季里と仲が良い事はとんでもない幸運なのだと気付いた。

 その頃から、思春期というのもあっただろうけど俺は少なからず季里を『異性』として意識する事が増えたような気がする。


「じゃあね。」

「おう。ちゃんと宿題しとけよ。」

「頼斗もね。」

「おう。」


 とは言え、幼馴染としての長い付き合いもあるので今更感満載ではあるのだが。

 俺と季里は季里の家の前で別れ、それぞれの家へ帰っていく。


 いつもの光景だ。




**********




「別に俺の部屋で一緒にぼーっとする必要は無いんだぞ。」


 翌日昼過ぎ。

 俺は自室でベッドに寝転がって小説を読んでいたのだが、1時間程前に季里が部屋にやって来てベッドの横に座って同じように小説を読みだしていた。


「だって一人で居たってつまんないんだもん。」

「俺の部屋に来て本読んでるだけなら一緒だろ?」

「人の気配を感じるだけでも違うのよ。」


 普段、季里の周りには黙っていても人が集まって来るのが普通だから、人の気配を感じない空間というのが余計に寂しく感じたりするものなのだろうか。


 俺には分からん。


「そう言えばさ、昨日、隣のクラスの津村つむら君って人から告白されちゃったよ。」


 季里は本から目を離さないまま言った。

 中学生の頃から頻繁に誰かから告白されていた季里は、その都度俺に告白の経緯を報告してきた。


「ふぅん。返事は?」

「断ったよ。だって一度も話した事無いし。」

「そっか。」


 『告白された。』『返事は?』『断った。』『そっか。』

 最早テンプレと化している様式美みたいな毎回のやり取り。


「何か断られるの前提で『もし僕なんかで良ければ』とか『やっぱ僕じゃダメですよね』とか言われてもね。確かに受ける気は無いけどそんな口調で言われたら受けようと思ってても断りたくなるわよ。」

「そりゃそうだな。」


 若干早口で昨日の告白に対する愚痴を吐き出した季里は、読んでいた本をパタンと閉じて机の上に置いて、ベッドで寝転がっている俺を横から覗き込んできた。


「どうした?」


 こちらを見ている端正な季里の顔が目の片隅に映り込んでいるが、敢えて俺は本から目を離さないまま居た。


「ううん。何でもない。頼斗の顔を見てるだけ。」


 これが季里以外の子なら『ここから始まる恋物語』なんてなっちゃうんだろうけど、残念ながら季里がそういう意図で俺を見ていないだろうから期待するだけ無駄なんだよな。


「見ちゃダメ?」

「見るのは自由だから構わんよ。」

「じゃあ何だったら自由じゃないの?」

「へ?」

「見るのは自由って言うなら、自由にしちゃいけない事もあるんじゃないの?」


 季里は時々人が思いも寄らない事に突っ込んでくる事がある。

 単純な疑問なのだろうけど、そこは話の流れってのがあるじゃん?


「そこまで深い話でもないから気にするな。」

「ふぅん。まぁいいか。」

「うん。ところでさ……」


 ちょうど読んでいた本が、気の弱い男が好意を抱く女に告白して振られるという、さっき季里が言っていたようなシーンだったので、一つ質問をぶつけてみる事にした。


「季里はどんな告白が好みなんだ?」

「いきなり何?」

「いや、ちょうどこの本の読んでる所が男が告白する場面だったし、それにさっきの話もあったから、季里ならどんなのがいいのかなと思って。」


 季里がベッドにもたれていた体を起こすと、小さくベッドとベッドに寝転がっている俺の体が揺れた。


「そうだなぁ~……今までされた告白はどれもいいなと思うのは無かったし……どんなのがいいんだろうね?」

「俺が訊いてんだけど。」


 季里は『う~ん……』と唸り声を上げながら天井を見たり部屋の中を見渡したりしていたが、やがて何か思い付いたようにベッドに身を寄せてきた。


「ねぇねぇ。どうせぼーっとするならさ。『告白ごっこ』してみない?」

「はぁ?」

「お互いに告白しあってどんな告白がいいと思うか検証するの。」


 正直言うと俺は多少なりとも季里を異性として意識していなくもないわけで、いくら『ごっこ』と言っても内心『ガチ』になりそうで恐ろしい気もするが。


「ま、まぁ、どうせ暇だしやってみるか。」

「面白そう!じゃあ最初は頼斗から!」

「ええっ!?いきなり俺?言い出したの季里なんだから季里からやってみろよ。」

「私は告白されたい側だから後がいいな。」

「お互い告白しあうんだったら一緒だろ?」

「一緒なら頼斗からでいいじゃん。」


 見事に嵌められた。


「さぁさぁ。どんな告白が出るかなぁ。」


 嬉しそうな顔をしている季里だが、俺は自分でも徐々に顔が引き攣って来るのを感じていた。


「ま、まずは定番からだな。」

「はい!あ……ちゃんと立った方がいい?」

「ん、そうだな。」


 季里がベッドから離れて立ち上がるのに合わせて、俺もベッドから起き上がって季里の正面に立った。

 季里は更に嬉しそうな顔になっている。

 俺はまともに季里の顔が見られないんだが。


「ではどうぞ!」

「そんな号令があるか……まぁいいや。」


 小さく咳払いをした俺は、季里の顔を見て言った。


「俺と、付き合って下さい。」


 一瞬の静寂。


「はいカット!」

「何の撮影だよ。」

「なるほどねぇ。」

「まぁ定番だからこんなもんだろ。」

「確かに台詞的には聞き飽きてる感はあるね。」


 季里はこれまでに数多くの告白を受けている。

 こんなド定番の台詞なんか聞き飽きるくらい聞いているだろう。


「でも頼斗が言ったのを聞くのは初めてだから何か新鮮だよ。」

「そらどうも。じゃあ次は季里の番な。」

「うん!じゃあこのままの姿勢で。」


 季里はそう言うと一瞬で表情が変わった。

 今まで見た事の無い、はにかむ乙女のような表情に。

 俺の心臓の鼓動が一気に高まる。


「私……頼斗の事が好き……私と……付き合って……欲しいな……」


 季里は瞳までうるうるさせて、マジトーンで言ってきた。

 これ……『ごっこ』だよ……な?


「どうかな?」


 再び一瞬でいつもの季里の表情に変わる。

 女は皆女優とは言うが、本当だな。


「あ……ま、まぁいいんじゃないか?」

「ホントに?」

「男なら断れない気がする。」

「それは嬉しい評価だなぁ。頼斗でも断れない?」

「う……あ、あぁ……多分……」

「そっかそっか。」


 季里はにこにこしながら俺の顔を見ているが、俺は目を合わせられずにいた。


「次、頼斗の番。」


 あんなの見せられて次何を言えばいいんだよ。




 それから何度か交代で告白ごっこを繰り返し、時に笑い、時に本気で照れ、案外楽しくやり取りが出来ていた。

 気が付けば外は薄暗くなりかけていた。


「ふぅ……結構色んな告白出たねぇ。」

「そうだな。」

「じゃあさ。最後に頼斗の本気の告白見てみたいな。」

「え?」

「頼斗がもし私に本気で告白したらどんな感じなのか知りたくなったよ。」

「そ、それは……」


 俺は季里を幼馴染としては勿論、少なからず異性としても意識している。

 季里と恋人として付き合う事に何の躊躇いも無いし、寧ろ嬉しくすらある。

 しかし、幼馴染として続いた関係を思えば、おいそれと自分の願望を前面に出す勇気も湧かず、言い方はどうかと思うが、今の『温い関係』に満足していた。

 その中で、『本気で告白してみろ』と。


「それとも私相手じゃ本気出せない?」


 首を傾げて俺の顔を見上げてくる季里を見た。

 もうダメだった。


 俺は季里をベッドの縁に座らせ、その正面に立ち、季里の目をじっと見つめた。


「最初に言っとく。これは『ごっこ』なんかじゃ言えないから正真正銘の『本気』だ。」


「え?」


「俺、季里が好きだ。ずっと前から。幼馴染としては当然だけど、それだけじゃなくて一人の女性として。俺は季里みたいに頭も良く無いから頼りなく思うかもしれないけど、季里だけは本気で守れる自信はある。だからこれからも俺とずっと一緒に居てくれないか?」


 ぽーっとした表情で俺の顔を見上げたまま固まっている季里。

 それをじっと見つめ続ける俺。

 どれくらい時間が経ったのだろう。

 多分、1分にも満たないだろうけど。


「あの……季里……?」

「ふぇ……あっ!?いや……あの……」


 季里がここまで慌てふためく姿なんて今まで見た事があっただろうか?


「ほ、本気……?」

「あぁ、本気だ。」

「そそそう……なん……だ……」

「で?」

「で?」

「本気で言ったから、俺も季里の本気が聞きたい。」

「ふぁっ!?わわわ私の……本……気?」

「うん。」


 勢いに流されたところも有るけど、本音を伝える事が出来た俺は却って冷静になれた気がする。

 勿論、季里の答えがNOならば、今までの関係もここでおしまいになるかもしれない事は重々承知の上で。

 季里は目をキョロキョロと泳がせ、組んだ指をもじもじとさせながら、必死で言葉を探しているようだった。


「あ、あの……私は……その……幼馴染としてだったら私も頼斗の事は好きで……でも男としてしゅきかって思ったらどうなのかなって……はじゃめて考えちゃって……そしたら……好きかどうかまだハッキリ分からないけど……でも……一緒に居たいかって思ったら……頼斗とはずっと一緒に居たいなと思って……だから……あの……こんな私で良ければ……おねぎゃいしましゅ!」


 季里は時々噛みながら、時々しどろもどろになりながら、顔を真っ赤にして本気を伝えてくれた。

 最後は頭をぺこっと下げて表情は見えなかったけど、肩が小さく震えていて、それを見た俺は何が何でもこいつを守っていきたいと強く思えた。




 令和3年6月26日。

 俺と季里の記念日。

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