ミストタイマー

エリー.ファー

ミストタイマー

 壊れてしまうことを一番恐れている。

 だから、この場所に隠すことにした。

 誰にも見られないようにすることで、自分の力を誇示することにしたのだ。

 ここに弱みを埋める。

 大丈夫だ。気づかれることはないだろう。

 これで、私も、私の所属する組織も、すべて維持されることになる。

 有難い話だ。

 何もかも、綺麗に片付く。

 一番大切にするべきなのは、やはり仲間だ。そうやって自分のモラルを高めながら、それが最も確実なものであること、正義に近いものであることを自覚する。嘘では終わらない。いや、終わらせない。

 私が作り出した世界がここにはあるのだ。

 時間制限付きだが。

 でも、大切にしている。

 この霧が立ち込めた穴の中には何もかも捨てることができる。弱みも、過去も、嘘も、恋人も、家族も、愛情も、関節も、急ごしらえの計画も。

 何かも、霧の中だ。


 霧の中に置いてきてしまったすべてを、今更取り返したいと思っても。

 無駄か。

 そうか。

 それも、そうか。

 私にはできない。

 誰かに代わりに取りに行ってもらわなければならない。

 頼むか。

 いや。断られるに決まっている。

 それだけ面倒な仕事であるし、それを説明して報酬を与えなければフェアではない。命をかけろ、などという言葉は死んでも口から出さないつもりだ。だとするなら、その部分の担保を行うのは私ということになる。

 避けがたい問題だ。

 霧。

 それは私の人生に深く関わっている。

 私の記憶には霧がかかっている。思い出そうとすると、白く冷たい湿った空気を感じることができる。匂いはない。それがまた良いのだ。

 思い出せないことが癖になる。

 記憶がなくてよかったと思うこともある。

 ただ、やはり不便なのである。

 霧が晴れることを祈りながら、しかし、その逆もまた然り。


 霧についての研究が、今後行われることはない。

 証明する方法もない。

 異論は出なかった。

 上層からの指示ではなく現場からの要望によるものである。

 霧を危険なものとして定義するための証拠が余りにも少ない。このことから、放置されることとなった。

 保管場所はサステインである。許可が必要なため、申請書を提出する義務があるが、書式集に入っているためすぐに見つけられることだろう。

 おそらく、この問題はこの研究に携わっている研究者以外にとっても、その身に関わるものだろう。

 今後の対応を検討するべきだが、予算が降りる気配はない。上層がこの霧について握りつぶそうとしている。政治家、富豪などがこぞって利用したことを表に出したくないのだ。

 利権が絡んでいる。理朝研究所絡んでいる。その他にもあるかもしれない。


「もしもし、そちらに霧があると聞いたのですが」

「ありません」

「いえいえ、私たちはその霧を探してここに行きついたのです。ありますね」

「ありません」

「あることは分かっています。それは、あなたの声からも分かります」

「ありません」

「霧について知っていることはありますか」

「ありません」

「もしかして、何も知らないことを隠しているということですか」

「ありません」

「霧の中で会話するような、無意味さが連なっていますね」

「それに関しては同意いたします」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ミストタイマー エリー.ファー @eri-far-

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ