第11話 帰ってきた日常

 岩永さんと謝罪回りを終えた翌日、俺は散歩がてら冒険者ギルドに行ってみた


と言っても、仕事をする為じゃない。



王都近辺は極めて治安が良く、周辺にいる魔物は精々クラルグラスぐらいしかいない為、探索しても大した儲けは出ないし、依頼もあるのは要人警護や物資の護送など、相当な実力や信用が要求されるものばかりで、俺みたいな流れの冒険者にできる仕事はない。


なので、本当にただの散歩、暇つぶしである。



 そうして、たどり着いた王都の冒険者ギルドに入ってみれば、そこはアルテアとは比べ物にならない程の人で賑わっていた。

そんなギルド内部を俺は他の人の邪魔にならない様に歩き、休憩スペースまで移動すると、そこで同じ様に休んでる人達の雑談が耳に入って来た。


「なあ、知ってるか? あの黒腕の怪物が退治されたんだってよ」

「あぁ知ってる知ってる、何でも仕留めたのは国王直属の精鋭部隊だとか」

「俺が聞いた話だと、魔術学院を追放された狂魔術師だったはずだぞ」

「いやいや、若くして引退した歴戦の冒険者って話だ」


…………


………


……



 恐らく岩永さんの起こした事件の事なのだろうが、どれも事実とかけ離れすぎて、もはや原型が見当たらない。


みんな本気で信じている訳では無いだろうが、当事者達が口を噤んでいて国もそれを推奨している以上、真実を確かめる術はない。


だからこそ、憶測が憶測を呼び、こんな話になっているとわかっているはいるが、やはり当事者としては困惑を隠せない。


まぁ、真実を明らかにした所で誰も得をしないし、万が一誰かが真実を知ったとしても、それを信じる者はいないだろう。事実は小説より奇なり。何せ実際の所は出回っている風説よりも荒唐無稽だ。だからこそ、こうして笑い話になるくらいでちょうど良いのだろう。


そんな噂話を肴に談笑する人々に背を向けて、俺は宿への道を歩き出す。




 俺が宿に戻ると、岩永さんが少し遅い朝食を済ませた所だった。


「さて、秀助も帰って来た事だし、今後の事を話し合おうか」


俺が戻って来た事を確認した咲耶がそう話を切り出す。


「今後の事って……」


「具体的には美咲がどうやって生活していくのか、という事だね」


「い、一緒にいたい」


岩永さんが絞り出すように声を上げる。


「一緒にいたい、って……俺達と一緒に冒険者になるって事?」


俺達はそれほど危険な事はしていないが、それでも冒険者は肉体労働だ。俺が記憶している限り、岩永さんは運動が得意では無かったはず。


「そ、それは……」


「なるほど、つまり働く事無く、部屋でのんびりしながら私達に養われたい、と」

「うぐっ……」


咲耶の身も蓋もない指摘に岩永さんも押し黙る。どうやら図星らしい。


「流石に私達もそこまでの余裕は無いよ」


「うぅ……」


岩永さんが縋る様な目つきで俺を見るが、咲耶の言い分は誇張でもなんでも無い事実なので、残念ながら俺にできる事は何もない。


「冒険者としての活動を再開すれば、これまでの様にずっと傍にいるという事はできない。そうしたら君は部屋に出入りする事も出来なくなってしまう。それはわかっているね?」


冒険者用の宿泊施設は冒険者カード自体が部屋の鍵になっている。フロントで登録したチーム又は個人のカード出なくては開け閉めが出来ない仕組みになっていて、そのおかげでセキュリティはかなりしっかりしている。


「じゃ、じゃあ冒険者登録だけするっていうのは……?」


「残念ながら、それは出来ない。冒険者は一定期間活動が無いと、冒険者カードの機能を停止されてしまうからね」


機能停止までの期間は実績によって変わり、実績が多い程、猶予は長く貰えるが、冒険者になって直ぐ引き籠ったりしたら、流石に速攻で停止されてしまうだろう。


冒険者ギルドは冒険者に対して様々な特権を与えているだけでは無く、国や領に対する税金も代わりに支払っているので働かない冒険者をいつまでも在籍させておく事はしないのだ。


「うぅ……」


どうしても働きたくないらしい岩永さんが俯いてしまう


この世界で職業選択の自由はあまり無く、誰でもつける仕事となると農業などの一次産業になるがそれは彼女の様子を見る限り難しいだろう

他に高校生レベルの学力でできる事といえば小売業辺りだろうか? しかし、俺にそんな伝手は……


「呼ばれなくても飛び出て、こんにちはー!」


あった。


「なぁ、天音。空間創造でどうすればテレポートみたいな事できるんだ?」


俺は背後から脈絡もなく現れた天音に対して、特に驚く事もせず、そんな事を尋ねる。


「ふっふっふ~、それはね~って、なんで私の加護を知ってんの!?」


「咲耶が教えてくれた」


「もう! 咲耶~! こんな早くバラさないでよ!」


「ごめん天音、美咲の加護を説明するのにちょうど良かったから話してしまった」


「しかもついでかよ! もうショック~って、もしかしてザキザキも空間創造系?」


「ざ……? えっと、一応そうらしいです」


天音の独特なテンションに気圧されながらも、岩永さんがそう答えると


「いや~ん、おそろい~! 空間創造って、めっちゃレアなんだよ! 私以外いないと思ってたから、超うれぴ~!」


天音は困惑する岩永さんに抱き着き、頬擦りしながら喜びを表す。


「ねぇザキザキ? お揃いのよしみでうちにこない? 幸せにしてあげるからさ~」


突然の誘いに困惑を深める岩永さんが、説明を求める様に俺の方を見てくる。


彼女の困惑は理解できるが、天音と一緒に行った方が良いのも事実だろう。俺がどう答えるべきか迷っていると……


「ポテチもあるぜ?」


追い打ちをかける様に天音がそう囁く


「行く!」


どうやら、それが決定打になった様だ。


「いやったー! 空間創造同士、あま~い蜜月を過ごそうぜ~」


そう言うと天音が岩永さんを抱えたまま、虹色の亀裂を開き、その向こうへと消えて行ってしまった。


「……結局何しに来たんだ、あいつ」


嵐が過ぎ去った様に、静けさを取り戻した部屋で俺はポツリと呟く。


「さぁね、でも結果的に納まる所に納まったのだからそれで十分じゃないかな」


「それもそうか」


俺は天音に関しては、これ以上深く考えないようにした。



 その後は特に何のトラブルも無く、無事、アルテアに辿り着く事が出来た


アルテアに帰ってきた俺達は帰還報告をする為、その足で冒険者ギルドに向かう。


「おかえりなさい! みなさん! 聞きましたよ、妖樹のダンジョンの探索を成功させたそうですね!」


ギルドに入ると、いの一番に受付の人が出迎えてくれた。エデルベルトでの功績はここでも知れ渡っている様だ。しかし、色々あったせいでダンジョン探索をした事もだいぶ前の様な気がする。


「いやー、私も鼻が高いです。それでですね、あなた達をチームに迎え入れたい、という人達がこれだけいらっしゃるのですが……」


そう言って彼女はチーム名の記入された名簿を咲耶達に差し出してくる。


基本的に冒険者がチームを移籍する場合、ギルドが仲介する事になっている。これは手続きをスムーズに行う為であり、不当な手段による引き抜きを防ぐ為でもある。


「申し出はとてもありがたいのですが、丁重にお断りさせていただきます」


「やっぱりですか、はぁ~」


咲耶達が控えめに断ると、受付の人も落胆に肩を落とす。移籍には本人の意思が尊重されるので、本人が嫌と言えばギルドとしても無理強いはできないのだ。


「でも、なんで今のチームに拘るんですか? 移籍すれば、今より贅沢な暮らしもできますよ?」


それでも諦めきれないらしい受付の人がエファリアに対して、移籍のメリットをアピールする。


「今のままで……十分」


「今みたいに頻繁に探索に出る必要も無くなるんですよ?」


彼女はエファリアを説得するのは無理だと悟ったのか、今度はシオンの標的を移す。


「それを苦に感じた事はございません」


「大きな名声を得る事だってできるんですよ?」


二人の説得に失敗した受付の人は一周回って、咲耶に問いかける。


「私にとっては名声よりも平穏の方が大切なので」


「わかりませんね。平穏が欲しいと言うなら、なぜ冒険者になったのですか?」


咲耶の返答を聞いた受付の人は至極真っ当な疑問を投げかける。


「平穏を維持する為には武力が必要でしょう?」


「あなた達は本当に変わっていますね」


咲耶達の考えを理解した受付の人は観念した様に息を吐き


「わっかりました! そういう事なら移籍のお誘いはこちらの方で断っておきます」


胸を叩いてそう宣言した。


「ありがとうございます」


「いえいえ、冒険者が働きやすい環境を整えるのも私の仕事ですから」


そう胸を張る受付の人に会釈をして、帰還報告を済ませると俺達は宿へと向かう。



 そして俺達はキープして貰っていた部屋に戻り、荷物を片付け、ようやく一息つく。ここは天音の部屋や王都の宿よりも調度品も少なく、やや殺風景だが、俺にはむしろそれが心地よかった。


そこまで考えて、ふと、そんな事を感じる自分自身に少し驚いた。この世界に来て一年も経っていないが、自分でも気付かない内にだいぶ馴染んでいたみたいだ。


「もうそろそろ食事の時間だが、秀助はどうする?」


古巣に帰ってきて、完全にだらけている俺とは対照的にシャキっとしている咲耶は帰って早々そんな事を尋ねてきた。


確かに時刻はもう夕食時だが、長旅の後だし、ゆっくりすれば良いのにとも思う。


「俺はここの食堂で食べるよ」


それはそれとして俺は夕食を食堂で食べるつもりだった。エデルベルトや王都の食事も美味かったのだが、一つだけ不満を言うなら、肉が足りなかったのだ。

そんな訳で今の俺はどうしようもなく肉に飢えていた。


「じゃあ、作るのは三人分で大丈夫だね」


彼女達はどっちにしろ作るらしい。それほど疲れてないのか、それとも譲れないこだわりでもあるのか。いずれにせよ俺には真似できそうに無い。


そんな彼女達に尊敬の念を抱きつつ食堂に向かう。




 食堂はいつもの如く空いていた。冒険者の活動時間が不定期なせいか。ここで他の冒険者と出会った事はあまり無かった。


まぁ、人混みが苦手な俺にとっては好都合だ。


「おじさーん!夕食一人前お願いしまーす!」


俺は厨房で新聞を読んでいたコックのおじさんに食事の注文する。


「おっ!坊主帰ってきてたのか!」


おじさんは俺の姿を見ると笑顔で話しかけてきた


「はい、ついさっき」


「なんだ帰って来て早々ここに食いに来たのか? 王都でうまいもん食ってこなかったのかよ?」


「いや、王都の飯はうまいはうまいけど、圧倒的に肉が足りない!」


「がははは!そうかそうか。まっ、肉の量じゃここに勝る場所はねぇな!」


「味も結構好きですけどね」


「ふっ、そんな事言うのはお前さんぐらいなもんだよ」


「そうなんですか?」


「まぁな、最高級のアルテア産の肉つっても、よそで高値のつかない端肉だからな。稼げる様になった奴らは見向きもしないさ」


「そのおかげで俺が大量に食えるって訳ですね」


「ちげぇねぇ!がははは!」


そう豪快に笑いながらおじさんは皿に山盛りにされた肉を渡してくる。


「さぁ!こんな肉で良けりゃいくらでも食いな!」


「ありがたくいただきます!」


俺はそれを机に持っていき、一心不乱にかっ込んでいく。


ここの肉は脂身のほとんど無い赤身肉であっさりとしていて、その気になればいくらでも食えそうなぐらいで、時折筋張った部分もあるがそれも良いアクセントになっている。


「ごちそうさまでした」


俺は山盛りの肉をあっという間に平らげると、空の皿を厨房に返却する。


「いつもながら清々しいまでの食べっぷりだな」


「そりゃあ、うまいですから」


「あんがとよ、そう言ってくれると作り甲斐もあるよ。ここにいる間は好きなだけ食いに来な」


「はい、そうします」


久々にガッツリ食って満たされた腹を擦りながら、俺は部屋へと戻る。



 俺が部屋に戻ると食事を終えた女性陣が思い思いにくつろいでいた。


俺もシャワーを浴びて汚れを落とすと空いていたソファに腰掛け一緒に寛ぐ。


シオンは大量にある投擲槍を取り出してはの手入れし、それを仕舞う事を繰り返し

エファリアは集めた試料でよくわからない実験を行い

咲耶は水晶版でニュースをチェックしていて


俺は何もせずボーッとしている。


初めは戸惑ったこの空間も、今はもうだいぶ慣れてしまった。もはや彼女達も含めて俺の日常と言えるのかもしれない。



(……いや、駄目だろ)


思わず状況に流されそうになった思考に俺は自分でツッコミをいれる。


どう考えても男一人に女三人のこの状況はおかしい、彼女達も年頃の女の子なんだから、他に男でも作ってこんな状況からオサラバするべきなのだ。


(そして俺は気楽な独り身ライフへ)


俺は決意を新たに、目標を定め気合を入れる。



「なぁ、咲耶」


「なんだい?」


「この世界にジャガイモってあるのか?」


それはさておき、天音の言っていたポテチについて気になった事を咲耶に尋ねてみる。


「似た様な植物なら存在するよ」


「へぇ、もしかしてそういうの結構多かったりするのかな?」


「……どうだろう? 私達の世界でもそうだけど、似た様な見た目でも成分は全く違ったり、逆に外見や生態が全く違うのに成分が似ている事もあるからね。詳しく調べてみないとわからないよ」


「なるほど、じゃあ頑張れば日本の料理を再現する事もできるかもしれないのか?」


「不可能では無いかもしれないね」


「シュウ様達の世界の食べ物ですか、興味深いですね」

「……サクヤのとは、違う?」


俺達の会話にシオンとエファリアも加わる。


「私の味覚で味付けをしているから似ている部分はあるけど、調味料や香辛料にも違いがあるから、基本的に違う料理になると思うよ」


「なるほど、具体的にはどの様な料理があるのでしょうか?」


「そうだね、代表的な物だと……」


俺は料理の話で盛り上がる三人から少し距離を置き、彼女達を眺めながらぼんやりと考える。


別に無理に変える必要は無いのかも知れない。俺と一緒にいたって、彼女達は好き勝手にやっている。ただ彼女達を見ていると、たまに羨ましく思う時がある。俺には気の合う友人がいた事が無かったから


だから俺が本当にやるべき事は、彼女達に恋人をあてがう事よりも自分自身の友人を作る事なのかもしれない。


そんな事を、ふと思った。






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