教会艦隊

 神聖銀河帝国軍の艦隊が共和国領各地に侵攻を開始した。

 その尖兵を担ったのは各地のネオヘル軍艦隊だが、主力を担っていたのは地球開発公社にてシャーロット・オルデルートが設計・建造の指揮を執って作り上げたグランドアース級宇宙超戦艦で構成される教会艦隊だった。


 グランドアース級宇宙超戦艦は、旧帝国軍のドレッドノート級宇宙戦艦の基本設計をベースにしている。

 そこへ、かつて旧帝国軍がブリタニア星系の戦いにおいて鹵獲した旧連合軍のヴァンガード級宇宙戦艦を調べ上げて得たデータを取り入れる事で、史上最強とも言える宇宙戦艦を完成させたのだ。

 艦首にはヴァンガード級と同じく戦艦を一撃で葬る事ができる固定式艦主砲を搭載し、1隻で1個艦隊と渡り合える火力を有している。


 そんな大型戦艦を有する神聖銀河帝国軍艦隊の勢いは凄まじかった。

 銀河系の各地で共和国軍の艦隊を蹴散らして銀河を闊歩している。


 共和国軍もネオヘル軍やエディンバラ軍との戦いで疲弊しており、突如現れたこの教会艦隊に対して、すぐに防衛体制を確立できなかった事も敵を利する形となってしまった。


 その最中、エディンバラに留まっていたジュリアスとクリスティーナがマルガリータに帰還した。


「トム、留守中は色々と大変だったようだけどありがとな」


「本当によくやってくれました」


 マルガリータ同時多発テロ事件による混乱は、トーマスの尽力もあって今は鎮静化していた。


「そんな大した事じゃないよ。それに帝国軍の侵攻を食い止められなかったし」

 そう言ってトーマスは思い詰めたような表情を浮かべる。


 トーマスは地球に大艦隊が存在する情報を掴むや、すぐに防衛体制を構築するように指示を出していた。

 しかし、テロ事件への対応に追われていた事もあって、その指示は今一歩遅かったと言わざるを得ない。


 デーニッツによって教会艦隊とネオヘル軍の指揮系統が迅速に纏められ、銀河系各地に素早く進軍を始めたその動きは尋常なものではない。

 それを考えれば、一概にトーマス1人を責めるのは酷というものだが、それでもトーマスは責任を感じていた。


「何言ってるだよ。トムのおかげで首都の被害は最小限に抑えられたんじゃないか!」


「そうですよ。これから私達が反撃作戦に転じられるのもトムが留守をしっかり預かっていてくれたおかげです!」


 ジュリアスとクリスティーナは、親友の健闘を称えた。

 非常事態宣言を発動したトーマスは、主要戦力となる艦隊をマルガリータに集結させていた。

 エディンバラから帰還した艦隊と合わせると、共和国軍の決戦戦力はこのマルガリータに集まっている事になる。


 ジュリアスは早速、主だった提督達を集めて会議を開く。


「それにしても、この教会艦隊とやらの戦艦は凄まじくデカいな」

 会議の席上で、そう驚きの声を不意に漏らしたのは第3艦隊司令官アレックス・バレット大将だ。


「何せ全長は5000mって話だからね。あのヴァンガード級よりも大きいわ」

 溜め息混じりに、第2艦隊司令官ヴィクトリア・グランベリー大将が呟く。


 いつもは明るく意気揚々としている彼女だが今回は違い、あまり元気が無い様子である。

 それは敵が途方もなく巨大だからではない。

 強敵と戦うのは軍人家系の名家に生を受けたグランベリーにとってはむしろ望むところである。

 しかしながら、第2艦隊はエディンバラ戦役での損害が激しく、既にマルガリータ防衛という名目で残留が決定しているのだ。

 共和国存亡の危機にも関わらず、先陣を切って戦えない自分が情けなく思えて仕方が無かった。


「それにしても、そんな艦隊を密かに建造していたとは、まったく驚きですな。今の共和国軍の戦力では、この敵を正面から打ち破るのは不可能でしょう」

 ハミルトンが残酷な現実をはっきりと口にする。


 彼の言った事は、誰もが認めざるを得ない事実だった。

 これまでに銀河の覇権を懸けて繰り広げられてきたネオヘル軍やエディンバラ軍との戦争によって、共和国軍の戦力は大きく落ち込んでいる。


「旧帝国やエディンバラ協定同盟を取り込んだ事で、共和国は支配領域を急速に拡大させました。それはつまり防衛しなければならない範囲が広くなったという事です。今の共和国軍の戦力でこれを全てカバーし切るのは難しいでしょう」

 険しい表情でクリスティーナは告げる。

 彼女は遠回しに各戦線から防衛艦隊を引き上げさせて、首都マルガリータの守りを固めるべきではと言っているのだ。


「だからと言って見捨てるわけにはいかないよ。共和国に帰順して間もない旧帝国やエディンバラに、共和国を離脱する気を与えてしまう事態にもなりかねない」

 トーマスの指摘も尤もである。

 マルガリータ同時多発テロ事件によって民衆の信頼が失墜した地球聖教だが、それでも未だに教会の影響力は侮れない。

 共和国があまり弱腰の姿勢を見せると、帝国側に寝返る星系が現れる危険性があった。


「トムの言う事は当然だ。だが、現実問題として、あの艦隊をまともに迎え撃つのは正直難しい。だけど、これは好機でもある!」


 ジュリアスは皆に、いつものように満面の笑みを見せる。

 その自信に満ちた笑顔の根拠は一体何なのか、とこの場にいる一同は不思議がる一方で、それに期待をかける気持ちもあった。


「ジュリー、好機というのはどういう事ですか?」


「だってよ。敵は一気に勝負を着けるために艦隊を四方八方に展開してるんだろ。って事は、今の地球は守りが手薄になってるはずだ」


「つまり地球に奇襲を掛ける、という事ですか?」

 クリスティーナはジュリアスの考えを瞬時に理解するが、同時に無謀だと感じずにはいられなかった。


 しかし、当のジュリアスは至って真面目である。

「そうさ! 地球を制圧して神聖皇帝を倒せば、神聖銀河帝国は指導者を失って空中分解だ」


 ジュリアスの考えは決して間違ったものではない。

 神聖銀河帝国は、ネオヘルと地球聖教、そして旧ヘル勢力の寄り合い所帯という性格が強く、これを利害の一致、そしてローエングリンという強力な指導者によって1つの政権へと纏め上げていると言って良い。

 もしローエングリンがいなくなれば、神聖銀河帝国は旧ヘルのように内部分裂を起こして自滅する事は疑う余地も無い。


「で、でも、ジュリー、一体どうやって地球まで攻め込むのさ? 地球へと続く主要航路は全て教会艦隊が固めているはずだよ」


「だったら、その主要航路を使わなければ良いだろ」

 そう言ってジュリアスは悪戯っ子のような笑顔をトーマスに向ける。


 その笑顔を見た瞬間、トーマスは背中に悪寒のようなものを感じた。

「じゅ、ジュリー、ま、まさか……」


「ニシシッ! 流石はトム! 分かってるじゃないか!」


 トーマスの不安に気付いているのかいないのか。ジュリアスはニッコリとした笑みを見せるのだった。

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