ミッドファル星系の戦い・前篇

 共和国とネオヘルの双方が艦隊をエディンバラ大公国に向けて派遣する中。

 その情報をいち早く察知したのはエディンバラ大公国だった。


 マリー・ドトリッシュ・エディンバラ大公夫人がその情報を知ったのは、宇宙ステーション“クラモンド”の一室で4人の行政官達と今後の交渉について協議をしている時だった。


「共和国とネオヘルが艦隊を、ですか」

 エディンバラ大公夫人は小さく笑みを浮かべて特に動揺している様子は見られない。


「如何致しましょう?大公国の武力は強化していると言っても、共和国軍とネオヘル軍の侵攻に対してどこまで持ち堪えられるか分かりません」

 エディンバラ大公夫人に仕える若い執事フィリップは不安そうにしながら主人に問う。


「落ち着きなさい。おそらくこの艦隊派遣は牽制が目的でしょう。今すぐに我が国を侵攻するつもりは無いはずです」


「しかしながら大公夫人、敵対している勢力同士の軍隊を我が国の領内なり国境沿いに近付けるのは危険です。何らかの処置が必要となるものと考えますが?」

 大公夫人の言葉に、老齢の行政官マザラン男爵は苦言を呈する。

 マザラン男爵はエディンバラ貴族連合時代より外務官として外交任務に携わり、その手腕を披露してきた人物だった。

 貴族連合がベルナドット伯爵によって政権を掌握され、銀河帝国に対して降伏した際は帝国との交渉を一手に引き受けて戦後処理を迅速に進めるのに一躍買った

 今は当時の人脈を生かして、大公国と他の旧連合勢力を結ぶパイプ役を担っている。


「……ではいっそのこと、この状況を利用するのはどうかしら?」


「と言いますと?」


「共和国かネオヘルのどちらかにこの情報を流して、もう片方の艦隊を大公国領に入る前に撃退させるのです。そして見事撃退したら同盟を結ぶという条件で」


「なるほど。しかし問題も多いですぞ。もしそのもう片方が勝利した場合、我が国の立場が危うくなります」

 マザランはエディンバラ大公夫人の計略に敬意は払いつつも、やや難色を示した。


 すると今度は、執事のフィリップが口を開いた。

「あの、いっそ双方に情報を流してはどうでしょう? 今回の会談のように、勝った方に味方するという条件を付けて天秤に掛けるのです」


「ほお。それは面白いアイデアです。見事ですよ、フィリップ」


「あ、ありがとうございます、大公夫人!」

 主人に褒められて、フィリップは頬を赤くして愛らしい笑みを浮かべた。


「で、ですが、それではどちらが勝っても、後で面倒な事になります」


「いえ。敵艦隊の情報を流すという恩を売った。相手方には何も伝えてない。これで押し通しなさい。同盟締結が成れば、これで引き下がるでしょう」


「承知しました。ではそのように双方に連絡を取ります」

 やや不安は残るとは思いつつも、マザランはエディンバラ大公夫人の主張に賛同した。



─────────────



 エディンバラ側より流された情報を受けたジュリアスとクリスティーナは直ちにそれをエディンバラに接近している共和国軍艦隊に連絡。そしてエディンバラに接近中というネオヘル軍艦隊を撃滅するようにという大統領令を発令した。


 この命令を受理したのは、共和国軍第2艦隊司令官ヴィクトリア・グランベリー大将である。

 彼女が率いているのは第2艦隊、そしてマーカス・ウォード中将が指揮する第6艦隊の計2個艦隊だった。


「エディンバラからの情報提供ねぇ」


 第2艦隊旗艦グラディエーターの艦橋で、グランベリーはやや浮かない顔をしながら呟いた。


「何か御懸念でも?」

 そう問うのは、副官のニールズ中佐。上官であるグランベリーよりも6歳年上の30歳の男性ではあるが、彼女の事をとても尊敬しており、長年に渡って彼女の補佐を務めてきた人物だ。


「いや。ちょっとね。シザーランド元帥もこの命令書で指摘しているけど、そもそもこの情報が正しいのかって思ってね」


「確かに情報の裏付けは何もありませんからな」


「一応、その辺の事は忠告してきてるし、元帥達もリスクは覚悟の上なんでしょうけどね」


「元帥閣下達は、いざという時にはどう対処するように仰っているのですか?」


「ふふふ。それがね。責任は全部こっちが持つから好きにやってくれ。ですって」


「な、何とそれは、また……」

 ほぼ丸投げに近い命令にニールズは唖然とする。


 しかし、当のグランベリーはどこか楽しそうであった。

「本当に、あの子達の下にいると楽はさせてもらえないわよねぇ。人使いは荒いし、無茶ぶりはしてくるし」


「そ、その割には楽しそうですね」


「あら。分かっちゃった?そりゃね。考えてもみなさいよ。昔の大貴族様様のご時世だったら、こんな国の行く末を左右しかねない戦いなんて見せ場は絶対に任される事は無かったわ。こき使われるのは一向に構わないけど、それならもっと権限をよこしなさいよって話よ」


「そ、それは確かに、そうかもしれませんが」


 グランベリーは名門伯爵家ではあったが、代々軍人を輩出する硬派の家系で大貴族からは重宝はされるし、軍内部でもそれなりに厚遇されていたが、それは大貴族達が嫌がる最前線へ赴任する司令官職を押し付ける相手としてであった。

 無論、歴代当主の中には武勲と実績を重ね続けて帝国軍のトップ層にまで上り詰めたものは大勢いたが、そのほとんどは前線勤務に堪えられない老齢になってからであり、退役前に花を添えてやろうという粋な計らいという部分が大きく、隠居前の老人と周りから厄介者扱いされがちだったという。


「その点、あの子達は話が分かって助かるわ」


「それは提督が信頼に足る人物だからですよ」


「ふふ。嬉しい事を言ってくれるわね。でも、信頼してくれた以上はそれに応えないといけないわ」

 先ほどまで水を得た魚という風だったグランベリーの表情は一気に真剣なものへと変わる。


「はい。不測の事態に備えられるように通常の索敵網より範囲を広く、哨戒機の数も増やしましょう。敵が本当にいるにせよ、いないにせよ。それを一刻も速く確かめなければ、次の動きが取れません」


「そうね。念のために、該当宙域に到着する少し手前から哨戒機を展開させて索敵を徹底させるとしましょう」


「了解しました。これよりすぐに哨戒機部隊の編成に取り掛かります」


 それから第2艦隊及び第6艦隊は、針路を変更してネオヘル軍艦隊の迎撃に向かった。

 しかし、グランベリーは知る由もないが、共和国軍艦隊の接近はエディンバラ大公国を介してネオヘル側にも筒抜けであり、向こうも向こうで共和国軍艦隊を迎え撃つべく動き始めていた。

 とはいえ、双方が得た情報はその程度のもので、具体的な所在地や編成に関する情報は皆無に等しい。

 あまりにも情報不足なため、どちらも自分達が奇襲を仕掛けるという想定で動いている。仮に自軍よりも大兵力だったとしても奇襲であれば勝率は自ずと高くなるからだ。

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