共和国の英雄
銀河歴723年
銀河共和国とネオヘルは全面戦争に突入した。
かつて銀河帝国とエディンバラ貴族連合が50年に渡って繰り広げた銀河系全域を巻き込む戦乱の時代が再び始まったのだ。
双方は一歩も引かぬ一進一退の攻防を繰り広げ、戦いは早くも1ヶ月が経過しようとしていた。
トラファルガー共和国軍の実戦部隊を構成した
それは銀河共和国発足時に“共和国軍艦隊”へと名を改める事になるが、ジュリアス・シザーランド元帥直轄の共和国軍第1艦隊の別名として今も親しまれている。
第1艦隊を構成するのは、共和国に移住してきた旧帝国や旧連合の技術者が結集して創設した“ユニオン重工業”が建造した新造戦艦、インディペンデンス級宇宙戦艦7隻。
鯨を彷彿とされる形状をしており、旧連合軍のマジェスティック級宇宙戦艦の面影を感じる。
全長は1800mと旧帝国軍のドレッドノート級宇宙戦艦よりもかなり大きく、多数の艦砲やシールド
旧帝国軍と旧連合軍の造船技術を融合させて建造されたこの艦は、銀河屈指の性能を誇る戦艦と言って良いだろう。
そんな戦艦で構成される第1艦隊の旗艦にしてインディペンデンス級のネームシップ艦であるインディペンデンスの会議室には艦隊の高級幹部が集まっていた。
彼等がその身に纏っているのは、旧帝国軍の軍服でも旧連合軍の軍服でもない。
かつてジュリアスが提案し、トーマスが資金を工面する事で実現した共和国軍オリジナルのスカイブルー色の軍服だった。
「このようにネオヘル軍はビテュニア星系に我が軍の主力隊を引き付けつつ、敵の別動隊が近隣のガラティア星系を迂回して主力隊の背後を取る目論みだというのが、シザーランド司令長官の推測です。今回、私達の任務はこの敵別動隊を撃退。余力がある場合には、逆に私達がガラティア星系を迂回して敵本隊の背後を突く。というものです。ここをもし突破されれば、その後方にある我が軍の補給基地が丸裸となり、最悪この辺り一帯の戦線が劣勢に立たされます。それだけは何としても阻止しなければなりません」
手元の資料や会議室に設置されているメインモニターに映し出されている映像を利用しながら解説をするのは、第1艦隊司令長官ジュリアス・シザーランド元帥の副官を務めるネーナ・シザーランド大尉。
17歳になったネーナは、
また、3年前にジュリアス、トーマス、クリスティーナの3人が下した奴隷解放宣言により、共和国内における奴隷制度の全面撤廃された。
それと同時にネーナは、ジュリアスと正式に義兄弟の契りを交わして、ジュリアスの妹になっていた。
説明を終えたネーナが、会議室に集まっている一同の様子を見渡したその時だった。
「んん~。ネーナ、もう食べられないよ」
会議室で一番奥の席に座っている、この艦隊の司令長官ジュリアスは周囲の目など気にせずに堂々と眠りに着き、幸せそうな寝言を呟いた。
その寝言を聞いた一同は思わず吹き出して、緊迫した空気に包まれていた会議室内に笑い声が飛び交う。
「もう! ジュリアス様、いい加減起きて下さい! もう会議は始まってるんですよ!」
背と髪も伸びて大人びた雰囲気を出すようになったネーナは、真面目でしっかり者な性格もあって妹と言うより、ジュリアスの姉のようなポジションに立つようになっていた。
ネーナはジュリアスの身体を揺すって起こそうと試みると、ジュリアスはまったく起きる気配が無い。
6年が経過した今でも、ネーナはジュリアスを文字通り公私ともに支えており、ジュリアスは彼女無しには生活もままならない有り様だった。
「す、すみません、皆さん。ジュリアス様は今回の作戦の立案と準備のために昨日は徹夜だったので、きっと疲れが溜まっているのだと思います」
ジュリアスがどうしても起きてくれないので、ネーナは止むを得ず皆に謝罪する。
戦いの前の大事な会議。居眠りなど以ての外だ。まして最高指揮官が堂々と寝るなど非常識過ぎるというもの。
しかし、ここにいる者達はジュリアスの人柄をよく知っているので、特に不満の声が上がる事は無かった。
「気にしなくて良いよ、ネーナちゃん。シザーランド元帥がそういう人だってのはよく知ってるから」
そう優しい口調で言うのは、第1艦隊副参謀長ジルベール・アントニー准将。
茶髪に青い瞳をした優しそうで端整な顔立ちをした彼は、今年25歳とジュリアスよりも2つ年上の軍人だった。
「まあ、そうだな。元帥は昔から食べたい時に食べて、寝たい時に寝る。そういう方だ。だが、やる時はやる方でもある」
そうジュリアスをフォローするのはアルバート・グレイ准将。第1艦隊
旧ネルソン艦隊時代より7年以上に渡ってジュリアスと共に幾多の戦場を戦い抜いてきたエースパイロットで、共和国軍内において純粋なパイロットの中では最高位の准将の地位にいる男だ。
「まあ、元帥からは既に作戦案も受け取っている事だし、今は寝ててもらっても支障は無いだろう」
艦隊参謀長ルイス・ハミルトン少将はジュリアスがこの会議の前に作成した作戦案に目を通しながら言う。
結局、会議はジュリアスが居眠りをしている横で何事も無いかのように進められた。
会議はネーナの的確な進行もあって滞りなく進み、終盤に差し掛かろうとした時だった。
「ふぁあああ~」
大きな欠伸が会議室に鳴り響く。
ジュリアスがようやく目を覚ましたのだ。
「ジュリアス様、おはようございます」
「んん。あぁ、ネーナ、おはよう。って、あれ?」
5年前からあまり変化の無い、幼さを残した少年のような顔立ちをしたジュリアスは、自分の名を呼ぶネーナの声に反応し、辺りを見渡して自分の状況を置かれている状況を呑み込んだ。
そして恐る恐る自分の横に立つネーナに視線を向けてみると、自身を怖いくらい満面の笑みを浮かべながら見ている愛する妹の顔があった。
「ジュリアス様。よぉく眠れましたか?」
「あ、ああ。おかげさまで、うぅ~! ね、ネーナ! 待ってくれ!」
ネーナは両手でジュリアスの頬を思いっ切り引っ張った。
「い、痛い! 痛いよ、ネーナ!」
「ジュリアス様は一体お幾つになったら、ご自分の御立場を弁えて下さるのですか!?」
ネーナは今も昔と変わらず、ジュリアスに絶対の忠誠と敬愛の念を抱いている。
しかし、変わった点が1つあった。それはジュリアスに対して遠慮が無くなったという点である。かつては奴隷と主人という距離感を頑なに守っていたネーナだが、正式に義兄弟となった事でその距離は一気に縮まった。
今では必要とあらばジュリアスに鉄拳制裁を下す事も厭わなくなった。
ジュリアスはそれを喜ばしい傾向だと歓迎してはいるのだが、彼自身は怒ったネーナにまったく頭が上がらない。
「は、はい。反省してます。してますから許してぇ」
あまりの痛みに涙を流しながら懇願するジュリアス。
「本当に反省しましたか?」
「うん! うん! したよ!」
ジュリアスの言葉を聞いたネーナは、彼の頬を掴む手を離す。
「だいたいちゃんと休息も取ると約束しましたのに、ここ数日ずっとそれを守って頂けなかったのもいけないんですよ! もっとペース配分というものを考えてもらわなくては困ります!」
「そ、それは、」
ジュリアスが言葉を詰まらせると、さらにネーナは畳みかける。
「見て下さいよ。私の肌、ジュリアス様がいっつも夜遅くまでお仕事をされているから、寝不足で肌が荒れちゃったじゃないですか!」
「別に俺に付き合って起きてる必要なんてないのに」
「そうはいきません! ジュリアス様は私が目を光らせていないと何をしでかすか分からないですからッ!」
「俺は子供かよ」
「はいッ!」
何の迷いも無く、ネーナは屈託のない笑みで返事をする。
そんな2人のやり取りを見て、皆の表情に笑みが零れて会議室は笑いに包まれた。
ジュリアスは、大統領という立場にありながら今日まで幾多の戦場を勝利に導き、共和国を銀河系最大の勢力へと押し上げた立役者である。
兵士達はジュリアスをまるで軍神のように崇め、一般市民は英雄として崇拝していた。
しかし、彼が真に皆から尊敬の念を集めているのは、どれだけ高い地位に昇ろうとも、子供のような無邪気さを忘れず、誰にでも気さくに接する人柄にある。
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