総統の過去・後篇

 シャムタール男爵に連れられて帝都キャメロットにやって来たコーネリアスは、まるで道化師のような派手で奇妙な恰好をさせられた。

 宇宙港を出た時点で周囲の注目を集め、シャムタールは得意気にほほ笑む。


「これが、帝都か」

 初めて目にする帝都に、コーネリアスは見るもの全てに驚かずにはいられなかった。しかし、それも無理はない。

 この帝都キャメロットは、銀河帝国の全てを司る都であり、人類が築き上げた最高峰の文明都市なのだから。貧しい田舎惑星から上京してきた者から見れば、立ち並ぶ超高層ビルの群れ、豪華絢爛な宮殿の数々は幻想的で現実感が無いだろう。


「おい。小僧、こっちだ。早く来い」

 やや荒い口調のシャムタールだが、コーネリアスのおかげで自尊心を擽られたのか、その表情はとても気持ちの良さそうな感じであった。


「は、はい。すみません」

 正直なところコーネリアスはシャムタールの事を嫌っていた。なぜなら自分の親代わりとも言えたシスター・クララを連れ去ろうとしている男だからだ。しかし、教会を守るためには彼の存在は必要不可欠。ならばできる限り、彼の機嫌を損ねないようにしなければ、とコーネリアスは考えていた。



 ─────────────



 アヴァロン宮殿の玉座の間。

 今ここには銀河帝国皇帝リヴァエル帝の姿があった。

 玉座に座り、頬杖をついた状態でうたた寝をしていた彼はおもむろに目を開く。


「陛下、如何なされましたか?」

 そう問うのは帝室執事長とも呼ばれる大家令だいかれいスタッフォード伯爵だった。彼は名門伯爵家の当主にして、閣僚の一人でもある大家令という要職に就く人物として宮廷でも屈指の権勢を誇る貴族だった。しかし彼は皇帝個人に仕える臣下としての領分を踏み越える事はせず宮廷の権力争いからも一歩引いた姿勢を貫いている。


「何かが来たらしい」

 リヴァエル帝は遠くを見据えるような目をして言う。


「何か、とは?」


「スタッフォード伯、今宵、どこかで大きな晩餐会を開く所はあるか?」


「は?えぇと、確かコンウォール公爵の邸で貴族を数百人招いてパーティを開く予定だったかと」


「……もしかしたらそこに現れるやもしれぬか。スタッフォード伯、余もそのパーティに参加しよう。至急、コンウォール公爵にその旨を伝えよ」


「で、ですが陛下、皇帝陛下ともあろう御方がそう気軽に臣下の邸を訪れるのは如何なものでしょうか?」


「今回限りだ。許せ」


「……御意。ではすぐに手配致します」



 ─────────────



 その日の夜。コンウォール公爵の邸にてパーティが開催された。銀河帝国でも有数の貴族が一堂に会するこのパーティは帝国貴族の中でも比類なき権勢を誇るコンウォール公爵の力を象徴しているものだった。

 一流のオーケストラが生演奏を披露し、貴族達が談笑に耽る中、シャムタール男爵に連れられたコーネリアスは男爵の思惑通り貴族達の良い見世物になっている。


「ほお。これはこれは珍しい。左右で瞳の色が違うとは」


「それでとても綺麗だわ。まるでルビーとサファイアが入っている様で」


「瞳も美しいですけど、容姿も中々のものですわね。シャムタール男爵、こんな掘り出し物を一体どこで見つけられたのです?」


「いや。我が領地に住む平民なのです」

 上機嫌なシャムタールは笑いが止まらないといった様子だった。


「まあ。羨ましい。ご自分の領地でこんな可愛らしい子が手に入るなんて」


「……」

 コーネリアスは豪華な衣装に身を包んだ貴婦人に頬に触れられ、頭を撫でられ、まあるで珍獣を見るような視線に晒された。一応褒められているので複雑な気分ではあるが、この貴族達は自分を人間とは思っていないと言わんばかりの言動に些か苛立ちを覚える。

 貴族達の言い草は、まるで領民を庭に生えた花か雑草のように考えている風にコーネリアスには聞こえたのだ。



 パーティが始まって1時間ほどが経過した頃、大広間には儀礼用の兵装をした近衛兵が続々は入り込み、出入り口から大広間の最奥に位置する豪華な装飾の施された椅子にまでの間に2つの列を作る。

 それは皇帝リヴァエル帝が姿を現す合図でもあった。事前に皇帝の行幸がある事を聞いていた貴族達は陛下の前で粗相をするわけにはいかないと、その列へと集まり、皇帝を出迎える準備に入る。


 やがて大家令だいかれいスタッフォード伯爵が大広間に足を運ぶ。

「皇帝陛下、ご入来!!」


 スタッフォード伯爵の言葉と同時にリヴァエル帝が大広間に姿を現し、近衛兵が築いた2つの列の間を通って奥の椅子を目指す。貴族達は一斉に頭を下げてリヴァエル帝を静かに迎え入れる。

 しかしその間、リヴァエル帝は歩きながら妙に周囲に視線を送って何かを探している様だった。

 そんなリヴァエル帝の視線は、他の貴族達と違って頭を下げる事なくこちらをじっと見つめている赤と青の瞳をした銀髪の少年に一時固定される。

 皇帝と目が合った、と思った少年は反射的に身体をビクッとさせて金縛りにでもあったかのように身体が動かなくなった。


 少年の隣に立つシャムタールは、少年が頭を下げていない事に気付くと、右手で彼の頭を抑え付けて無理やり頭を下げさせた。


 リヴァエル帝は少年から視線を外す。そして奥の椅子まで歩みを進めるとそこへ腰掛けた。

「コンウォール公、此度は急な事ですまなかったな」


「いえいえ。滅相も御座いません。皇帝陛下に御御足おみあしをお運び頂き、我がコンウォール家の誉です」

 コンウォールは深々と頭を下げた。


 リヴァエル帝の傍に立つスタッフォードが一歩前へ出て口を開く。

「皇帝陛下よりコンウォール公及びこの場に集まった皆様に感謝のお気持ちとして帝室御用達の菓子とワインの用意が御座います。皆様に存分にご堪能頂く事を陛下はお望むであられます」


「感謝致します、皇帝陛下」


 パーティは再会され、貴族達は再び談笑を始めた。

 リヴァエル帝が用意した上物のワインが貴族達を程よく酔わせ、会場を包む活気はより高まったようである。


 その中でリヴァエル帝はスタッフォードを自分のすぐ近くへと呼び寄せた。

「会場にいる赤と青の瞳をした銀髪の少年が何者か調べよ」


「仰せのままに」



 ─────────────



 パーティも徐々に終幕に向かい、中には帰宅する者も現れて、シャムタールもそろそろ帰ろうかと考えていた頃。

 彼の下にスタッフォードが現れ「皇帝陛下がその少年をご所望です」と告げた。


「な、何!? それは本当ですか?」

 シャムタールは感激のあまりに、酔いが一気に覚めるのを感じた。

 自分の連れてきた子供に皇帝の興味が向いたのだ。うまく行けば自分の栄達にも繋がるかもしれない。


 一方、教会では既に寝ている時間のコーネリアスは、散々貴族に玩具のように扱われた疲れもあって立ったままうたた寝している。


「このガキ! 何をボケッとしてやがる!」

 声を荒げてシャムタールの拳がコーネリアスの頭に炸裂した。


「イッテ!」

 急に頭を殴られた痛みに眠気は一気に吹き飛ぶ。


「しゃ、シャムタール男爵、これはくれぐれも内密にお願いします」

 スタッフォードが慌てた様子でシャムタールに顔を近付けて耳打ちする。


「ん? あ、ああ。申し訳ない。この子供はどうぞ連れて行って下され。陛下のお気に召す事を」


「ええ。陛下も男爵の忠誠心にはいずれ厚く報いる事でしょう。……では君、私と一緒に行きましょうか」


「え? は、はい」

 突然一緒に行こうと言われて、コーネリアスは不安そうな眼差しをシャムタールに送るも、彼がそれに応えてくれる事は無かった。

 しかし幸いだったのは、スタッフォードの物腰が柔らかく、優しい微笑みをコーネリアスに向けていた事だろう。そのおかげもあってコーネリアスは多少心細さを和らげられた。


 スタッフォードに手を引かれてコーネリアスはリヴァエル帝が休憩をしている奥の部屋へと案内された。


「来たか」


 部屋に入ってきたコーネリアスを目にしたリヴァエル帝は不敵な笑みを浮かべながら座っていた椅子から立ち上がり、コーネリアスに近付く。


「こ、皇帝陛下!」

 コーネリアスは慌ててその場に跪いて額を床に擦り付ける。


「そう硬くなるでない。顔を上げ、名を名乗るが良い」


「……こ、コーネリアス、です」


「コーネリアスか。……コーネリアスよ。そなたは運命によって選ばれた存在なのだ。いずれそなたはこの銀河系の支配者となる。余の手を取るが良い」


「え?」

 急に訳の分からない事を言われてコーネリアスは唖然とする。そして差し出された手を反射的に取ろうとするが、すぐにそれを躊躇する。自分のようなただの孤児があの皇帝に触れるなんて恐れ多い事を、と理性が必死の制止を掛けたのだ。


「ふん。遠慮する事はない。言ったであろう。そなたは支配者となるべく生まれてきたのだからな」


「は、はい」


 リヴァエル帝に促されて、コーネリアスは皇帝の手を取った。

 この瞬間こそがただの孤児でしかないコーネリアスが、後に銀河帝国を支配する独裁者になるための最初の一歩を踏み出した瞬間だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る