皇帝と総統

 銀河帝国皇帝の居館・アヴァロン宮殿。人類は歴史上、時の皇帝や国王のために豪華絢爛な宮殿を無数に築いてきたが、このアヴァロン宮殿はその集大成と言える建築物だった。


 そんな立派な宮殿の回廊を、ある銀髪の美青年が進む。

 この宮殿の主人である皇帝の全権代理人とも言える帝国総統ローエングリン公爵である。そんな彼の後ろをピンク色の髪をした奴隷エルザと青年士官ボルマン大尉が続く。


 そしてローエングリンが前から歩いてくる貴族2人組とすれ違いそうになった時。

 その2人の貴族は渋々脇に移動してローエングリンに道を開けつつ軽く会釈をした。

「ふん。あの若造め。ますます調子に乗りおって」


「まったくだ。貧乏貴族のせがれ風情が皇帝陛下のご寵愛を良い事に」


 ローエングリンが通り過ぎると2人はこのような陰口を言い出した。

 これは決して珍しい光景ではない。ローエングリンに対して不満を持つ貴族は多いのだから。しかし、ローエングリンが皇帝より帝国総統の地位を得た3年前に比べるとかなり少なくなった方ではある。3年前であれば、本人の前で直接罵声を浴びせる貴族も少なからず存在した。

 当時と今では何が違うのかと言えば、ローエングリンに取り込まれた貴族が増えたという点であろう。

 ローエングリンの政策は、効率的で理に適ったものばかりであり、大衆から高い人気を集めている。さらに行政の実務を実行する官僚達の間でも利害関係や派閥争いで政策が二転三転する大貴族よりもローエングリンの政策の方がずっと受けが良く、彼等からも高い支持を得ていた。


「しょせんはガキ大将の類だ。平民どもの人気を集めて調子に乗っているだけのな」


「このような若造に頭を下げねばならんとは。嘆かわしい限りだ」


 2人がローエングリンの陰口を言う中、誰もいないはずの背後から、その2人に掛ける少女の声が現れた。

「このような場所で一体何のお話ですか?」


「「ッ!!」」

 突如背後から聞こえてきた声に2人の貴族はこの世の終わりを見たかのような驚き様で振り返る。

 そこにいたには桃色のショートヘアをした、メイド姿に奴隷の首輪を嵌めた奴隷少女だった。


「な、何だ!? いつの間に後ろに?」


「た、確かお前は、あのわか、いや、総統閣下の奴隷の、」


「エルザと申します。以後お見知り置きを」

 そう言ってエルザは優雅な動作で一礼をする。


「奴隷風情が、名誉ある我等帝国貴族に口を聞くな!」


「そ、そうだ。奴隷は奴隷らしく床に頭を擦り付けていれば良いのだ!」


「これは失礼致しました。お詫びにこの拙い命をお捧げします。と言いたいところですが、この命はご主人様の所有物でして、私の一存では決められません。ですので先ほどのお話と共にご主人様に全てをご報告申し上げた上でご処罰を賜ろうと思いますので、それまでご猶予頂けますか?」

 謙虚な口調と姿勢に徹するエルザの表情は、お淑やかさの中に辛辣さが潜んでいるという感じだった。

 それを直感的に感じ取った2人の貴族は、本能的に背筋が凍る思いがした。

「い、いや。結構だ。その必要は無い!」


「さ、さっさと主人の下へ戻れ! 目障りだ!」

 そう言い残して2人の貴族は小走りで立ち去っていく。

 その逃げ去る2人の背中を見送ると、エルザは勝ち誇ったような笑みを浮かべて先行している主人の下へと向かった。


 エルザが戻った時、ローエングリンはわざわざ足を止めて彼女が戻ってくるのを待っていた。そして彼はやや不機嫌そうである。

「エルザ、あんな雑魚に構うなと言ったはずだ」


「雑魚だからこそ調子に乗って面倒な事をしでかす前に脅かしてやったんです」


「ふん。まあいい。だが勝手に私から離れるな」


「了解です」


 しばらく長く立派な回廊を進んだ後、玉座が置かれる“金剛の間”へと続く控えの間に辿り着いた。ここでローエングリンはエルザとボルマンに、ここで待つようにと告げて1人で金剛の間へ入っていく。

 銀河帝国において皇帝に謁見できる者は限られているのだ。基本的には男爵以上の爵位を持つ貴族。そして軍人であれば准将以上の将官クラス。

 また、これに該当しない者でも皇帝の許可さえあれば特例で謁見が認められる事はある。その多くは皇帝が任命した騎士ナイトや近衛兵などだ。

 そして、帝国総統には事前の連絡も無しに自由に皇帝に謁見ができる特権が与えられている。

 しかし、その一方で、奴隷であるエルザや平民出身で尉官クラスのボルマンはこのいずれにも該当せず、金剛の間に入る事はできないのだ。


 ローエングリンが金剛の間に入った時、玉座は空席の状態だった。

 そして辺りを見渡すと、白い無地の装束に身を包んだ白髪の老人が、一面ガラス張りの壁から外の庭園を眺めている。

 ローエングリンはその老人の傍まで歩みを進め、その場に跪く。

「お呼びと伺いましたが、何事に御座いましょうか、陛下?」


 自身を呼ぶ声に対して銀河帝国皇帝リヴァエル帝は、身体を動かすことなく答える。

「この宇宙のどこかで種が芽吹くのを感じた」


「陛下もお気づきでしたか」


「無論だ。この日が来るのを50年待ちわびた。……ローエングリン公、余は銀河帝国が如何にして始まったか、帝国が如何にして栄えたのか、そして如何に衰退の道を歩んだのかを知っている。だが、それは全て避けられぬ歴史の定めというもの。運命と言っても良い」


「アドルフ大帝陛下は腐敗し切った衆愚政治に陥った銀河連邦を滅ぼし、その上に銀河帝国による独裁政治の時代を打ち立てました。そして帝国は大帝陛下の主導の下で大いなる繁栄の時代を築いた。これは偉業と言って良いでしょう。しかしやがて、大帝陛下のご威光を忘れた大貴族が自らの利益と保身のために、帝国より与えられた権力と特権を濫用する悪しき時代に成り果てた。この状況を打破するために私を拾って下さったのでしょう?」


「そうだ。初めてそなたに会った時、その身に宿る力に気付いた。新たな皇帝の器となり得る力をな」

 リヴァエル帝は振り返り、ローエングリンの方を見る。

 しかし、窓の外から差し込む日光によって、ローエングリンからはリヴァエル帝の顔がよく見えなかった。


「勿体なきお言葉です」


「余の帝国を継げる器は、そなただと思っていた。だが、事情はやや異なりつつある。その訳がそなたには分かっていると見たが、どうだ?」


「それとなく、ですが」


「ほお。では、その者の名を聞かせてもらおうか」


「ジュリアス・シザーランドと申します、陛下。先ほど陛下が私と初めて会った時に力を感じたと仰いましたが、私もジュリアス・シザーランドと初めて会った時に感じました。理屈ではなく直感でです。この者こそいずれ帝国を統べる器になるだろうと」


「そなたがそこまで言うか。ではいずれ会ってみたいものだな」


「落ち着きましたら、謁見の場を設けましょう。しばらくは大貴族どもの相手をせねばならぬ故、すぐにとはお約束できませんが」


「構わぬ。余は50年も待ったのだからな。それが少し伸びたところでどういう事はない。……そなたの働きには期待しておるぞ」


「拾って頂いたご恩返しはさせて頂きます。私にできる最大限の事は。貴族とは名ばかりでその日の食事に事欠くような貧乏貴族の出だった私が、今の地位にあれるのは全て陛下のおかげですから」


「ふふ。では行くがよい。そして余の帝国に真の平和と秩序をもたらすのだ」


仰せのままに陛下イエス.ユア・マジェスティ

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