ロドスの戦史

 ネルソン艦隊及びフレイランド艦隊は今、惑星コリントスでの戦闘を終結させ、帝都キャメロットへの帰路に着いている。

 フレイランド艦隊は司令官の戦死、そして主要艦艇のほとんどを沈められるという損害を被ったが、それに比べてネルソン艦隊は過酷な役回りを引き受けたにも関わらず、その損害は軽微な方だった。

 今回の作戦の総司令官フレイランド大将が戦死した以上、今回の作戦の武勲はネルソン提督の1人占めと言っても良く、ネルソン艦隊の将兵達は自分達の提督が上級大将へと上り詰めるだろうと喝采の声を上げる。それは戦勝祝いを上回るほどの勢いだった。

「我等が姫君は遂に上級大将!つまりあの皇帝騎士団ナイツ・オブ・エンペラーに肩を並べる御立場となられるわけだ!」


「我等の姫に乾杯だ!」


 帰路とはいえ、まだ任務中ではあったが、ネルソンは戦勝祝いにと任務に支障が無い程度という条件付きで祝杯の許可を出した。

 しかし、将兵達が祝ったのは戦勝にではなく、何の保障もないネルソンの上級大将への昇進だった。


 旗艦ヴィクトリーの艦橋には、まるで決定事項であるかのように昇進を祝う通信が多数舞い込み、通信回線はパンク状態になる。

「皆、止めてくれ!姫、姫と呼ぶのは!」

 ネルソンは恥ずかしそうに顔を真っ赤にし、それを見られないようにと咄嗟に両手で顔を覆ってしまう。


 常に堂々と兵達を指揮するその姿、そして宮廷の貴婦人も顔負けの美しい容貌から、ネルソンは艦隊の将兵達、特に若い男性兵士から高い尊敬と敬愛を受けていた。そんなネルソンは兵士達からは時折「姫」と呼称される事があるのだが、ネルソン本人はこれを迷惑に思っていた。


 ネルソン艦隊全体が祝杯ムードに包まれている中、戦艦アルビオンにいるジュリアスはコリントスでの戦いの疲れもあって自室で爆睡している。

 そしてトーマスとクリスティーナの姿は艦内に設けられている資料室にあった。

 トーマスは資料室に設置されているPCを操作し、その隣に立つクリスティーナと共に画面を注視している。

「惑星、ロドス?確か連合軍の軍事拠点があった惑星だと思いますけど、ジュリーはそこの出身だとトムは言うのですか?」


「それは分からないけど、少なくともジュリーとあのモンモランシーとかいう敵将はそのロドスで接点があるらしいだ」

 コリントスでの戦闘時、ジュリーとあのモンモランシーとかいう敵将の会話を通信越しに聞いていた僕は、その事をクリスに話した。

 するとクリスは、その数少ない手掛かりを元に調査をしようと言い出し、そして今ここにいるというわけだ。

「本音を言うなら、あの時のジュリーを考えると、あまり詮索すべきじゃないんじゃないかと思う。そっとしておいてあげた方が良いんじゃないかな」


「何を言ってるんですか!私は嫌です。ジュリーが何かに苦しんでいるのなら、それを知った上で支えるのが親友というものでしょう」


「でも、やっぱり知られたくない事はあると思うけどな。こういうのはジュリーが話したくなるまで待ってあげた方が、」


「では、ジュリーがあそこまで激昂した理由も時折悪夢に魘されている理由も知らずに、ずっとジュリーを割れ物を扱うように気遣いながら接するつもりですか?」


「……」

 クリスが言う事も分かる。確かにジュリーが苦しんでいるのとただ黙って見ているのも辛いし、できる事なら何とかしてあげたいと思う。でも、本当にこれで良いのかな?ジュリーがもし僕と同じ立場だったら、どうするかな。


 言葉を詰まらせるトーマスを見て、クリスティーナはつい言い過ぎてしまったと若干の焦りを見せる。

「す、すみません。言い過ぎました。まあ、いずれにせよ。軍の公式資料で分かる事なんて限られているでしょうから、見ても見なくてもあまり差は無いかもしれませんが。もし嫌なら、私だけでも調べてみます」


「……いいや。僕もやるよ。もしジュリーが僕と同じ立場なら、そうすると思うから」


 トーマスが再びPCの操作を再開すると、帝国軍データベースにアクセスし、そこに集積されている惑星ロドスに関する情報を呼び出した。

 まず出てきたのは惑星ロドスの座標や惑星環境などの基本情報、そして次にロドスにおける帝国軍と連合軍の戦闘に関する情報だった。


「あった! これだね」


 惑星ロドスは、銀河帝国が誕生するより昔の銀河連邦時代より鉱山惑星として栄え、鉱山の鉱物資源が掘り尽くされると今度は宇宙港の整備が進んでいる事から周辺星系と銀河系中央部を結ぶ交通の要所として栄えるようになっていた。

 そして、エディンバラ貴族連合が発足され内戦が始まると、この惑星を掌握していた貴族連合軍はここを軍事拠点として活用するようになり、帝国軍はこれを奪取すべく侵略軍を派遣。ここに長い年月を費やした争奪戦が始まった。


「辺境の惑星ではよくある話ですね。帝国軍は開戦当初、貴族連合に帰順した辺境の星系の多くに無策のまま軍を展開した事がこの戦争の長期化の一因と聞きますから」


「もしジュリーがこの星の出身だとしたら、生まれた時から最前線に身を置いていた事になるね」


「ええ」


 帝国軍と連合軍による争奪戦は一進一退の攻防を繰り返して膠着化。

 以降、特出すべき点は見られないものの、銀河歴697年頃から連合軍は現地住民の子供を訓練して少年兵として戦場に送り出すという協定違反行為が確認されるようになった。


 トーマスは苦悶の表情を浮かべる。

「少年兵……。連合軍は少年兵を、帝国軍部隊を自分達の攻撃ポイントへと導く陽動部隊として運用し、帝国軍に多大な損失をもらたすも、少年兵の方にも多くの犠牲者を出していた」


「もし、ジュリーがこの少年兵の生き残りだとしたら、あの激昂ぶりもあの魘され様も納得です。それにしても、少年兵とは連合軍も卑劣な手に出たものですね」


 クリスは怒っているような悔しそうにするような顔をしていた。

 それも無理はない。本来、許されない行為を連合軍はやったのだから。そして、ジュリーがその被害者だと知らされれば、胸が痛まないはずがない。


 銀河帝国軍と貴族連合軍はお互いに相手を対等の国家とは認知していない。そのため当然、戦時国際法のような物は存在しないのだが、それに準ずる物は存在する。

『マグナクラウン戦時協定』である。これは300年以上前の銀河連邦時代に勃発したアータイル戦争時に締結された協定で、銀河連邦及び連邦の後継政府である銀河帝国はこれを戦時法として現代でも活用していた。この協定では12歳以下の徴兵及び軍事活動への参加は禁じられており、13歳から18歳の場合は本人及び保護者の同意が必要と規定されている。

 この協定のために貴族を育成する帝立学院インペリアル・アカデミーはどんなに飛び級をしたとしても、13歳未満では卒業ができず、勿論入隊も13歳になった者に限定される。

 しかし、ジュリアスは少なくとも8歳の時点では少年兵として軍事活動に従事していた事になる。


 ページを進めていくと、銀河歴708年の戦闘記録に気になる記述を見つけた。

 ロドスシティ攻防戦。

 惑星ロドスの星都にして、連合軍のロドス駐屯軍司令部が置かれているロドスシティに帝国軍の大部隊が侵攻した戦い。

 ドーム型シールドに覆われ、多数の対空砲台が設置されているこの町は城塞都市として機能しており、帝国軍は地上部隊を軸とした攻撃軍を編成していた。

 この攻撃で応戦していた連合軍はほとんどが少年兵であり、連合軍正規部隊の反撃は薄く、当初の想定よりも早く都市部に部隊を進められた。

 しかし、帝国軍の大部分が都市部及びその周辺地域に展開した所で、連合軍はロドスシティを核融合弾頭を爆発させて、都市の防衛部隊ごと帝国軍の攻撃部隊の7割を消滅させるという手段に打って出た。この戦いで被った損失は帝国軍に大打撃を与え、この2年後にはロドス侵攻軍のほとんどが壊滅。皇帝騎士団ナイツ・オブ・エンペラーはロドスからの全面撤退を余儀なくされる。


 この内容を目にしたクリスは怒りを堪えるように唇を噛み締める。

「核兵器の使用も列記とした協定違反のはず。しかも、味方ごとを敵を葬り去ろうとするとは、何と非道なッ」


「この時の連合軍側の指揮官はあのモンモランシー中将みたいだね」


「これで確定ですね。ジュリーは、このロドスで少年兵として戦っていたのでしょう」


 その時、出入り口の扉が開いて、その奥からジュリアスが入ってきた。

「お!いたいた。こんなところに籠って何やってるんだ?」


「ジュ、ジュリー!? どうして、ここに!?」

 驚いて、トーマスはつい声を上げてしまう。


「な、何でそんな驚いてるんよ。起きたら2人ともいないし、ネーナに聞いても分からないって言うから、艦内を探し回ってたんじゃないか」


「あ、ああ、なるほど」

 しまった。今のは明らかに不自然過ぎた。どうしよう。どうやって誤魔化そう。

 そんな事を考えている間に、ジュリーは僕とクリスが見ていたPC画面を覗き込んだ。


「何を見てたんだ!? ……ロドス」

 ジュリーの顔から、いつもの明るい笑顔が消えていくのが手に取るように分かった。

 マズい。2人でこそこそとジュリーの過去を詮索していたなんて、一番見られたくない状況だよ。クリスも僕と同じ心境なのかそわそわしている。

「あのジュリー、これはですね」


 クリスが何かを言い掛けた時、それを遮るようにジュリーが口を開く。

「何だ。わざわざ調べてたのか。帝都に帰ったら話そうかと思ってたんだけどな」

 ジュリーは思っていたよりも陽気に答えた。


「もう大方分かっているとは思うけど、俺はこの星でここに書いてある少年兵の1人だった。そんで、このロドスシティ攻防戦にも参加していた」


「え? でも、核弾頭で町ごと吹き飛ばされたんじゃ?」


「弾薬庫代わりに使ってた核シェルターがあってな。核弾頭が爆発した時、俺はちょうど弾の補給のためにシェルターに入ってたんだよ。おかげで俺は助かったんだけど、他の仲間は全員死んじまった。シェルターから出た後、俺は廃墟になった町中を走り回って生き残った奴がいないか探し回ったけど、俺が出会ったのは仲間じゃなくて帝国軍のセグメンタタ。そのパイロットが父上、ガリオス・シザーランドだったというわけさ。後は2人も知ってる通りだ」


「ジュリー……。うぅ」

 ジュリーのこれまでの苦労を思うと、胸が痛い。目から涙が溢れてきて止まらない。


「っておい。何でトムが泣いてるんだよ?」


「だ、だって。だって!」


 服の袖でごしごしと顔を擦って涙を拭う僕を見て、何だかジュリーは嬉しそうに笑いながら僕の肩に右腕を回す。次いで空いている左腕をクリスの肩に回した。僕とジュリーとクリスの身体がグッと引き寄せられて、互いの吐息が顔に掛かる位まで顔を近付け合う。


「俺は今、すっごく幸せだよ。トムがいてくれて。クリスがいてくれて。2人が一緒にいてくれれば、どんな事だって乗り越えられる。だからこれからも宜しく頼むよ!」


「ああ! 勿論だよ。僕等はずっと親友なんだからねッ!」


「ええ。改めて言うまでもありません。私達は生涯の友なのですから」

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