暴行事件

 勤務時間を終えてジュリアスは近衛軍団本部の兵舎に戻っていた。

 ここも貴族の邸の一室のような広さと豪華さでとても兵舎とは思えない様式だった。本来であれば、ここはジュリアスとトーマスの2人に割り当てられた部屋で、クリスティーナには女性という事もあって別の部屋が用意されていたのだが、勤務時間外くらいは3人で一緒に過ごしたいというクリスティーナの希望もあって、この部屋を3人で使用していた。

 現在、クリスティーナは入浴中で、トーマスはインカーマン子爵などの大貴族からの嫌がらせで疲れ果てた様子で既にベッドでぐっすり眠っている。

 ジュリアスは、ブレスレット端末のテレビ通信機能を使ってネルソン提督と話をしていた。


「提督、帝都防衛艦隊の所属になった気分はどうですか?」


「退屈だな。たまに巡回任務で出港する事はあるが、基本的にはする事が無いからな」


 ネルソン艦隊は、これまでの連戦の疲れを癒せ、という名目から最前線から外されて帝都防衛艦隊に配属されていた。

 帝都防衛艦隊は、惑星キャメロットの赤道上、高度3万5000mの位置を取り巻く環状宇宙ステーション「OR(オービタルリング)」 に司令部を構える帝都の防衛任務に就く艦隊である。

 しかしその実態は、近衛軍団と良い勝負であり、近衛軍団に次ぐ大貴族達の巣窟となっていたが。


「それに何より。ジュリアス達がいないと我が艦隊は物静かでな。何とも味気が無いのだ」


「あはは。自分ってそんなに煩かったですか?」


「ピリついた会議の空気をぶち壊すくらいにはな。・・・まあ、あくまでこの措置は貴官等が戻るまでの間だけだし、しばらくは優雅な時間を楽しむさ」


「むぅ。その言い方、些か不本意ですね」


「ふふふ。気にするな。悪意は無い。……そういえば、この期間中に我が艦隊は増強がなされる事になったぞ」


「え?本当ですか?」


「ああ。前回のスターリング要塞攻防戦には間に合わなかったが、一応私も中将だからな。それに見合った部隊編成を、という事になったようだ」


 現在のネルソン艦隊の戦力は宇宙戦艦3隻で、これは少将が指揮する艦隊編成だった。ネルソンが中将に昇進した以上、艦隊もそれに合わせて再編されるのは道理と言えよう。


「具体的な編成はまだ決まっていないが、順当に行けば戦艦が2隻追加されるか、巡洋艦が4隻追加されるのかのどちらかだろうと思う。これで我が艦隊も大所帯になるからな。貴官も准将として皆をしっかりと纏めるよう期待しているぞ」


「はい! 任せて下さい! 必ずお役に立ってみせますから!」


 通信画面越しにネルソンは、ジュリアスに我が子を愛しむ母親のような笑みを浮かべた。



─────────────



 数日後の午前。今日は非番だったトーマスは、朝から近衛軍団本部訓練場にて1人で剣術の訓練に励んでいた。

 どこにいてもインカーマン子爵などの大貴族達から嫌みを言われたり、嫌がらせを受けたりするから、1人で外出するくらいなら部屋で大人しくしておいた方が良い。

 そうジュリーは言うけど、僕的には身体を動かした方が鬱憤晴らしにもなるしと思って、1人でこの訓練場へとやって来た。本当はジュリーやクリスと来たかったんだけど、ジュリーはまだ寝ている。いつもなら“非番だからって寝てばかりいちゃダメだ”って言って叩き起こすところだけど、昨夜は近衛軍団長セイアドリー上級大将が主催する近衛軍団の将官のみが出席を許されたパーティで夜遅くまで大貴族の相手をさせられたという事情もあるので今日は寝かせてあげる事にした。クリスの方は今日は勤務日で今頃は第1近衛師団に出仕している。


 僕は訓練剣トレーニングサーベルという文字通り訓練用の剣で素振りをしていた。この訓練剣トレーニングサーベルは刀身から柄まで金属製で、総重量は8㎏もある。この剣はアカデミーにもあったから、剣術訓練の時にはよく使ったものだけど、慣れるまでは苦労したものだ。今ではすっかり自由自在に扱えるようになって、軽い光子剣フォトンサーベル並に振り回せるようになっている。

 帝国軍人として戦場に出るようになってから、これまでに実戦で剣を使った事は1度も無い。艦隊勤務なんだから当然である。戦艦を並べて艦砲射撃で戦うのだ。剣が介入する余地があるはずもない。

 とはいえ、剣が実戦では無用の長物かと言えば、そんな事はなかった。要塞攻略戦などで白兵戦部隊が要塞内部に突入した場合、その主武装は光子剣フォトンサーベルである。白兵戦部隊は小火器レベルの光線銃は装甲服で防がれるし、重火器レベルの光線銃を機械だらけの要塞内で使用するのは敵味方ともに危険が大きいという事から、接近戦で敵兵だけを倒せる光子剣フォトンサーベルが活躍する環境が生じたわけだ。


 僕が素振り1000回を終えて、訓練用アンドロイドを相手に一本試合をしてみようかと考えていたその時、訓練場に入って来る数人の足音が耳に届く。

 ふと出入り口の方に目をやると、僕は途端に不快な気分になった。なぜなら、訓練場に現れたのはあのインカーマン子爵とその取り巻き2人だったからだ。


「おや? コリンウッド大佐ではないか。今日はいつも一緒にいるシザーランド准将はいないのか?」


「彼は昨夜のパーティで少々疲れているようでして、まだ部屋で休んでおります」


「ほお。そうか。彼も昨日は大勢に囲まれて大変な様子だったからな」


 近衛軍団の大貴族と言っても、彼等の僕とジュリーへの対応は年代によって大きく差が出ていた。僕等と同い年くらいの比較的若い貴族は僕等に嫌味を言ったり、嫌がらせをしてきたりしているけど、年配の貴族達は友好的だった。でもそれは僕等に好意的だったからじゃない。僕等の後ろにいるクリスやヴァレンティア伯爵への心象を良くしようとしているのは明白だった。きっとジュリーも昨夜は大変だった事だろうと思う。


「シザーランド准将は皆様にお目を掛けて頂いて大変楽しい時間を過ごせた、と話しておりました」

 嘘だ。ジュリーはそんな事は一言も言っていない。そもそも部屋に戻るなり、すぐに寝ちゃったので感想自体聞いていない。


「いや~。その言葉を聞けて私も嬉しく思うよ。シザーランド准将はあのような場は不慣れだろうと私なりに同い年のよしみで色々と助け船は出したのだが、楽しんでもらえたのか少々不安でいたのだ」


「シザーランド准将に対してお気遣いを頂き感謝致します、インカーマン子爵」


「礼には及ばんさ。貴官等のような低階級の者に施しを与えるのは我等貴族の務めなのだからな。……ただ、聞く所によると、貴官等とヴァレンティア伯爵令嬢は同室で過ごしているそうだな」


「その通りです、子爵」


 僕の言葉を聞いた途端、インカーマン子爵とその取り巻き2人は不愉快そうな顔を浮かべた。


「如何に姫と騎士の間柄とはいえ、男女が同室で寝泊まりとはあまり感心できんな」


「……」

 これについて僕は反論する気はなかった。僕等の間では当たり前のようにしているけど、世間一般では貴族・平民問わず、年頃の男女が同じ部屋で寝泊まりするのは喜ばしい傾向とは思わない。その事は充分に理解しているから。


「貴官もシザーランド准将も顔だけは、そこそこ良いからな。よもや、その顔で伯爵令嬢をたらし込んだのではあるまいな?」


「そのような事があろうはずもありません」


「あの伯爵令嬢も低身分の男を2人も同室させるとは、落ち着いた見た目とは裏腹に中々の男漁りな姫だな」


 クリスを馬鹿にされた。そう思った時、僕の頭の中は真っ白になった。


 我に返った時、僕は右手でインカーマン子爵の顔を思いっ切り殴った後だった。

 インカーマン子爵は背中から床に倒れ込み、殴られて鼻血が出ている鼻を手で触れる。


「貴様! 子爵に何て真似を!」


「その場に跪いて謝罪しないか!!」


 インカーマン子爵の取り消せはそう叫ぶが、それには一切耳を貸さない。


「今の発言を取り消せ!!」

 僕はどんな嫌がらせや悪口にも耐える自信があった。現にアカデミーに入学してから今日までの7年間、僕は大貴族の子弟から何をされてもずっと我慢してくる事ができたんだから。ジュリーやクリスとずっと一緒にいられるのなら、そのくらい大した事じゃない。そう思ってきた。でも、ジュリーやクリスが公然と侮辱されるのだけは我慢できない。


「貴様、分かっているのか? 私は名誉ある子爵。対する貴様は平民だ。法に照らし合わせれば貴様は死刑確定なのだぞ!」


「それがどうした!!」

 クリスを侮辱した罪を償わせてやれるなら、僕の命なんか惜しくはない。

 僕はそのまま床に倒れ込んでいるインカーマンに掴みかかる。


 このままもう1発、ぶん殴ってやろうとしたその時。

「何をしているか!!」

 たまたま訓練場に居合わせていた近衛兵の通報を受けた憲兵隊が駆け付けてきた。

 僕はあっという間にインカーマンから引き離され、手錠を掛けられる。


「ま、待って! 待ってくれ! まだ僕はあいつに!」

 数人の憲兵に取り押さえられながらも僕は必死にインカーマンの下へ行こうとした。

 しかし、それは叶わず、嘲笑うようなインカーマンの笑みに見送られながら僕は連行されてしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る