近衛軍団

 銀河帝国軍近衛軍団は、皇帝騎士団ナイツ・オブ・エンペラーを構成する近衛軍団長セイアドリー上級大将を最高指揮官とする部隊で、皇帝の護衛やアヴァロン宮殿及び帝都の防衛を主任務としている。

 近衛軍団本部は、その任務の性質から、総統府と同じくアヴァロン宮殿の敷地内に設置されていた。


 ジュリアス、トーマス、クリスティーナの3人は、軍団長セイアドリー上級大将の執務室に足を運んでいた。

 セイアドリーは伯爵家の当主である彼は、それに見合った風格を持つ初老の軍人だった。

 エリート意識が高い大貴族の子弟が多く集まる近衛軍団を纏め上げてきた人物なだけに、威風堂々としたその姿はジュリアスですら萎縮してしまいそうになる。

「ジュリアス・シザーランド准将に、トーマス・コリンウッド大佐、クリスティーナ・ヴァレンティア大佐か。まずはようこそ近衛軍団へ。総統閣下より話は聞いている。短い期間だが、ここでの経験が貴官等の今後のためになるよう祈っているぞ」

 近衛軍団特有の赤い軍服に、黒い軍帽を被ったセイアドリーは、形式ばった個性のない言葉を掛ける。


 ジュリアスを統合艦隊司令長官麾下ネルソン艦隊から近衛軍団に異動させる場合、トーマスとクリスティーナもそれに合わせて出向となるのが、銀河帝国軍の人事の奇妙な習慣である。

 ジュリアスはヴァレンティア伯爵の騎士ナイトであり、クリスティーナの騎士ナイトでもある。そのため、ジュリアスの配属先はクリスティーナと同じである事が帝国軍の人事では大前提となる。そしてクリスティーナが異動となった場合、彼女の従者であるトーマスも異動となる。


 こうした適材適所という言葉とは無縁の、貴族の私的な主従関係や社会的身分が人事を大きく左右する習慣が、帝国軍の人材の回転を停滞させ、組織の運用効率を大きく損ねていた。しかし、その一方でジュリアスはどの部署に行っても信頼できる友と一緒にいられるという事で、この悪習をありがたくも思っていた。


「承知の事と思うが、この近衛軍団は他の部隊とは性質が異なる。艦隊勤務での常識が通用するとは思わんでくれ。ヴァレンティア大佐には第1近衛師団へ行ってもらう。シザーランド准将とコリンウッド大佐には第2近衛師団に行ってもらう」


 近衛軍団は、大きく2つの師団で構成されている。

 第1近衛師団は別名・帝室親衛隊インペリアル・ガードとも呼ばれ、皇帝の護衛及びアヴァロン宮殿の警備に当たる、名誉ある近衛軍団において最も誉れ有る部署と言える。

 第2近衛師団は、キャメロット・シティの皇帝地区インペリアル・エリアの治安維持・防衛を担う。

 第3近衛師団は、皇帝が行幸する際に乗艦する御座艦及びその護衛艦で編成される宇宙艦隊。


 一通りの話を終えた後、ジュリアス達は執務室から退出した。

 そしてそれと入れ替わるように、中年の男性将官が執務室に入る。彼の名は近衛軍団副団長にして帝国軍大将アイリッシュ伯爵だ。

「子供の御守も大変ですな、閣下」


「まったくだ。れっきとした名門の出のヴァレンティア大佐はともかく騎士ナイト、挙句の果てには平民を栄えある近衛軍団に迎え入れねばならんとは。本来、騎士ナイトが近衛軍団に入る場合は、一介の兵士として入るのが常ですが、流石に准将を兵士として扱うわけにはいかんからな。まして平民など。近衛軍団にいるだけでも汚らわしい限り。一体、総統閣下も何をお考えなのか」


「卑しい身分の出同士、気が合うのでしょう」

 そう言いながら、アイリッシュ伯爵は鼻で笑う。

 帝国総統ローエングリン公爵は、リヴァエル帝の個人的な寵愛によって公爵や総統と言った現在の地位・権力を手に入れていた。しかも、それが名門出身ではないとなると、大貴族としては面白いはずがない。

 とはいえ、ローエングリン公爵に真っ向から対立する度胸がある者も稀であり、たいていはこのように陰口を叩く程度であったが。


「ふふ。なるほどな。だが、それならもっと他に適当な部署があろうに」


「近衛軍団は、皇帝陛下に近しい組織です。陛下の側近でもある総統閣下としては我等が目障りなのかもしれません」


「つまりは嫌がらせか?」


「あくまで予想ですが」


「ふん! 向こうがそう来るなら、こちらも相応の対応をせねばなるまい」


「相応の対応、で、ございますか?ですが一体、」


「期間は1ヶ月との事だが、何か問題が発生すれば、早々追い払う事もできよう。理由さえあれば、総統閣下も納得せざるを得まい」


「……軍団長、それでしたら私に1つ、良い知恵がございます」


「何だね?」


「我々は節度ある大人です。子供の我儘にもある程度は肝要です。しかし若い連中は血の気が多いですからな。下賤な輩に近衛軍団を汚されたと思ったら何をするか」


「ふふ。なるほど。では、近衛軍団の一員としてどうすべきか、節度ある大人としてはしっかりと教授してやれ」


「心得ました、閣下」



─────────────



 大人達が悪意に満ちた企てをしている頃、ジュリアス達は更衣室にて近衛軍団専用の軍服に着替えていた。

 随所に白と金の装飾が施された赤い軍服に、左肩から右の脇腹に向けて白いゆったりとした布が掛けられ、黒い軍帽を着用している。そしてジュリアスだけは黒地に金の双頭の鷲の装飾が施されたマントを纏っていた。これは近衛軍団の将官のみに着用が許される特別仕様のマントである。

 軍服の基本デザインはこれまでジュリアス達が着用していた通常タイプの軍服と同様だが、細部の装飾は明らかに豪華なものなっていた。


「同じ軍隊内だってのに、どうして違う軍服を着なきゃいけないんだよ」


「まあ、そんなに嫌がらなくても良いじゃない。たまには違う軍服に袖を通すっていうのも悪い気分じゃないし」


「トムは前向きだな~」


 ジュリアスがそんな事を言って関心していると、クリスティーナが不安そうな表情を浮かべる。


「そんな事よりもトム、本当に良かったんですか?近衛軍団は何かと家柄を気にする部署です。平民のトムが近衛軍団に入ったとなったら、それを不満に思う輩が出るでしょう。もしかしたら、何か嫌がらせをしてくる者が出てもおかしくはありません。ジュリーに付き合わなくても、私から話しておくので、ネルソン艦隊に戻っていても良いんですよ」


「貴族からの嫌がらせなんてアカデミーでもう慣れっこだから大丈夫だよ。それに僕はジュリーやクリスと同じ場所にいられるのなら、どこだって構わないから」


「そ、そうですか」


「うん!」


「お! 嬉しい事を言ってくれるじゃないか!」

 ジュリアスは左腕をトーマスの肩に回し、右手でトーマスの髪をごしごしかき混ぜる。


「ちょ、や、止めてよ、ジュリー」


「ジュリーもです! いくら騎士ナイトとはいえ、騎士ナイトの、しかも未成年の准将というのは近衛軍団としても異例です。慣習を破る事を嫌う大貴族から見れば、あなたも充分煙たいはずです。気を付けて下さい」


「そういうクリスだって。つまらない男に言い寄られて、ほいほい付いて行ったりしないよう気を付けろよ」

 何気ない冗談のつもりで言うジュリアス。

 しかし、クリスティーナはムスッとした表情を浮かべる。

「ジュリーは、私の事をそんな軽い女だと思っているのですか?」


「え?あ、いや、違う! 違うよ! 別に悪気があったわけじゃ、」

 ジュリアスはつい口を滑らせてしまったと思い、慌てて弁明する。

 それが功を奏したのか、クリスティーナの表情は和らぐ。

「ふふ。ええ。分かっていますよ。あなたに悪意が無い事くらい」


「ふぅ」

 ジュリアスは胸を撫で下ろす。

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