トーマス・コリンウッド

 ヴォルケス星系の戦いで大勝利を収めたネルソン艦隊は、銀河帝国軍の軍令を司る軍令部ぐんれいぶの命令によって任地のヴォルケス星系を後任の艦隊に託して帝都キャメロットに来ていた。


 軍令部がわざわざネルソン艦隊をヴォルケス星系防衛の任から外したのは、今回の勝利を大々的に讃えてネルソン提督を少将から中将に昇進させる事で、帝国軍の士気を鼓舞し臣民に向けて政治宣伝に利用するためだった。


 しかし、それはあくまで表向きの理由に過ぎない。

 今の所ネルソン自身も知らぬ事だが、軍令部は大規模な貴族連合領の重要戦略拠点攻略作戦を極秘裏に立案しており、ネルソン艦隊にもこの作戦に参加させようと考えていた。

 そのため星系防衛の任を解き、一旦惑星キャメロットに移動させる必要があったのだ。


 惑星キャメロットは、銀河連邦時代から700年以上に渡って全人類の首都であり続けた惑星である。

 惑星の赤道上、高度3万5000mの位置を取り巻く環状宇宙ステーション《ORオービタルリング》 が存在し、このリング上の宇宙ステーションは3本の軌道エレベーターによって地上と繋がっており、毎日何万何十万という人々が宇宙船の出入りをしている宇宙港である。

 毎日数多くの民間船がキャメロットの大気圏を出たり入ったりするのでは交通網に混乱を来しかねないという理由等から、交通整備を図るという目的で建造されたのがこの宇宙ステーションだった。


 このキャメロットの北半球に位置する都市キャメロット・シティこそ銀河帝国の帝都であり、皇帝の座所、全人類の心臓部と言われる町だ。通常、キャメロットと言えば、この惑星を指すと同時に、この町を指している。

 その街並みは銀河系の隅々まで見渡しても並ぶものがないほどの壮大さだった。

 視界いっぱいに広がる超高層ビル群が立ち並び、銀河帝国の経済の全てが集約している中央地区セントラル・エリア

 人類史上最も荘厳で華麗な西洋風の王宮アヴァロン宮殿を中心に地球時代の西洋風の建築物が軒を連ねて芸術作品の宝庫のような景観を生み出している皇帝地区インペリアル・エリア

 銀河帝国軍の軍事施設が軒を連ねる軍事地区ミリタリー・エリア。などが存在する。


 ジュリアス、トーマス、クリスティーナの3人の姿は、皇帝地区インペリアル・エリアの一角にあるクリスティーナの実家ヴァレンティア伯爵家の邸宅にあった。爵位を持つ貴族であれば、皇帝地区インペリアル・エリアに自分の邸を持つ権利が与えられる。名門の家系であるヴァレンティア伯爵家が邸を有しているのは当然であった。


 軍事地区ミリタリー・エリアには臨時の宿舎があり、本来であれば彼等はこの帝都キャメロットに滞在している間はこの宿舎に泊まるのだが、あくまで臨時の宿舎なため、あまり快適な部屋ではない。将官クラスであれば貴族の邸宅並の部屋を割り当てられるものの、残念ながら彼等3人は大佐で、将官には今一歩届かない。

 そうなると、豪華で広々とした部屋を幾つも持つクリスティーナの邸に泊まろうとなるのは当然の心理だろう。長い任務で3人ともくたびれており、少しでも快適な空間で身体を休めたいと思っていたのだから。


 キャメロットに到着してから最初の朝。トーマスは天幕付きの大きなベッドの上で目を覚ます。

 上半身を起こし、トーマスは左右に目をやった。彼の右にはジュリアス、左にはクリスティーナがそれぞれまだ布団にくるまって規則正しい寝息を立てていた。

 3人はこの大きな1つのベッドに一緒に入って眠っている。思春期の年頃の男女が布団を共にするのは何事か、と怒り出す者も多数いたが、当の3人は特に気にする事はなかった。幼い頃からずっと苦楽を共にし、友人や主従を通り越して家族のような存在とお互いに認識しているためだ。


「まだこんな時間か。もう少し寝ていようかな」

 トーマスはそう呟いた。

 壁に取り付けられている時計に表示されている時刻は午前7時前。今日は丸一日が休暇となったため、特にする事もない今日くらいは惰眠を貪ろうというジュリアスの提案、というより懇願で目覚まし時計を設定していない。とはいえ、寝てばかりいるのも健康的ではない。そこでトーマスはこっそりと午前8時頃に目覚ましを設定していた。


「それにしても、改めて考えると、まるで夢でも見ているようだよ」

 平民出身であるトーマスは、貴族でもなければ決して使用する機会が無いであろう、大きくふかふかのベッドで一夜を明かしたのだと思うと、そう思わずにはいられなかった。


 トーマスのコリンウッド家は、極一般的な平民の家柄である。

 しかし領主でもあるヴァレンティア伯爵家によって同い年である事、貴族たる者は庶民の声にも耳を傾ける必要があるというヴァレンティア伯爵の意向もあって、数ある候補の中からクリスティーナの召使いに抜擢された。それが5歳の頃の話である。


 トーマスはふと、気持ち良さそうに眠り続けるジュリアスに視線を向ける。


 考えてみたら、僕等3人はこの9年間、片時も離れずに一緒にやって来た。

 実を言うと、僕はジュリーの過去をよく知らない。僕が知っているのはシザーランド家に養子として入ってきた8歳以降の事。それ以前は孤児だという事くらいしか知らなかった。

 シザーランド家は爵位を持たない準貴族の騎士ナイトの家系で代々ヴァレンティア伯爵家に仕えてきた。その縁で僕はジュリーと出会う事になる。

 最初に会った時のジュリーの顔は今でもはっきり覚えている。敵意と警戒心が全面に出ていて、まるで怯える小動物のようだった。

 一体過去に何があったのかは分からないけど、きっと酷い目に会ってきたに違いない。孤児だったのだから、家族を戦争で殺されたとか。故郷を戦火で焼き払われたとか。

 でも、わざわざその過去を穿り返そうとは思わない。今のジュリーは僕の親友で信頼できる戦友なんだ。それだけで充分だから。

 最初は苦労したけど、僕等が仲良くなるまでにはそう時間は掛からなかった。ジュリーは無邪気で活発な奴になって、いつの間にか僕等を引っ張るリーダーのような存在になった。


 そして僕等が10歳になった時、ジュリーは軍人になると言い出した。シザーランド家は代々軍人を輩出する家系で、養子として育ててもらった恩を返すのなら軍人になってシザーランド家の名に恥じない戦果を出すのが一番だって言い出したんだよね。


 それに合わせるように、クリスも軍人を目指すって言い出した。クリス曰く貴族である以上、兵達の陣頭に立って戦うのが責務だって言う。生真面目なクリスらしい考えだと思った。


 そして僕は、2人の後を追うように軍人になる事を決めた。

 ジュリーと僕はクリスの実家のバックアップを受けて、平民出身なのに貴族しか入れない帝立学院インペリアル・アカデミーに入学できて、貴族と同じ待遇で帝国軍に入隊できた。

 それから戦場で死に掛けるほどの苦難に何度も直面したけど、僕等はそれを乗り切ってここまで来た。

 聞いた話によると、平民出身者で未成年の大佐は帝国軍史上で僕が初めてらしい。でも、それを喜ぶ気にはなれなかった。なぜなら、僕が大佐になれたのは僕1人の力じゃないからだ。そもそもスタート地点からして僕はクリスのおかげで他の平民出身者達よりかなりリードしていた。そして、これまで戦い抜いてきた戦場でも僕が武勲を立てられたのはジュリーが僕を引っ張っていってくれたからに過ぎない。


 トーマスはすやすや寝息を立てるジュリアスの頬をそっと撫でる。

 その時、背後から物音がしたので振り返ってみると、クリスティーナが目を覚ましていた。

「んん。……おや? トム、もう起きていたのですか?」


「うん。何だか目が覚めちゃってね」


 本来主人であるクリスティーナが、召使いだったトーマスに敬語で話し、逆にトーマスはクリスティーナにため口で話す。一見、妙な感じではあるが、これはまだ2人が幼い頃にクリスティーナがトーマスに主従ではなく、友人と思って接してほしいと強く希望した事に起因していた。そしてクリスティーナは幼い頃より貴族の令嬢として上品な話し方を教え込まれた事からため口がどうもなれず、誰に対しても敬語を話すようになったのだ。


 クリスティーナは視線をトーマスのよりも奥にいるジュリアスに向けた。

「ジュリーは、……起きているはずがありませんね」


「ふふ。ジュリーが僕等より先に起きてるはずがないだろ」


 トーマスがそう言うと2人は笑い声を上げる。3人は同じ屋根の下で寝泊まりする際には必ず一緒に寝るようにしているが、最初に起きるのはいつもトーマスかクリスティーナのどちらかで、ジュリアスはいつも最後に起きていた。それも2人に起こしてもらう形でだ。


「まあ、今日は1日休暇ですし、好きなだけ寝させてあげますか」


「いいや。それもどうだろう。前にもそう言って起こさずにいたら、昼過ぎまで寝てて、起きてきた時に何て言い出したか覚えてる?」


 少し考え込んだ後、クリスティーナは小さく笑みを浮かべた。

「……。どうして起こしてくれなかったんだ? 朝飯を食べ損ねたじゃないか、ですか?」


「うん。それそれ。まったく食い意地の張った奴だよね、ジュリーは」


「ふふ。そうですね。……私は夕刻からウェリントン公爵の招きを受けて公爵の邸の晩餐会に出席する事になっていますが、2人は今日はどうしますか?」


「特に考えてないかな。ジュリアスとのんびり過ごす事にするよ」


「そうですか。この邸は好きに使ってくれて構いませんから、自由に寛いで下さい」


「うん。いつもありがとうね」


 平民の僕や騎士ナイトのジュリーと違って、クリスは列記とした名門貴族。

 他の貴族達との交流も責務の1つだった。僕等が非番で休んでいる時もクリスはよく貴族達のパーティや舞踏会に出席するために豪華で動き辛そうなドレスを着て邸を出ていったものだ。

 そして帰って来る度に、クリスはとても不機嫌になっていて僕等に愚痴を零していた。それを聞く度に貴族っていうのも大変なんだなと呑気に考えるのもいつもの事だ。


「はぁ~。2人が羨ましいです。あんな強欲な上級貴族に囲まれたパーティなど下劣極まります。せめて2人が来てくれれば、どんなに気が楽になるか」


 気が重い、という様子のクリスを見て、僕はただ空笑いをするしかできなかった。

「あはは。上級貴族のパーティは僕みたいな平民はまず参加できないし、ジュリーも騎士ナイトとはいえ招待状が無ければ会場には入れてもらえないからね」


「……分かっています。ちょっとぼやいただけです」


「ふふ。まあ、僕は邸に寝泊まりさせてもらってる身だし、話を聞いてあげる事くらいしかできないから、愚痴があるならいくらでも聞いてあげるよ」


 クリスが如何に名門貴族で、貴族にとって社交界のパーティが重要だと言っても、彼女に拒否権が一切無いわけじゃない。

 招待の全てを断るのは流石に無理だろうけど、今回みたいに戦場から帰還して間もない頃なら、理由を付けて断る事もできたはずだ。でも、そうしないのには理由がある。社交界のパーティには上級貴族が集まる。つまり軍の上層部を担っている貴族や軍の上層部に影響力のある貴族も大勢来るという事だ。

 そこでクリスは僕等が出世しやすい環境を作ってもらえるよう貴族達に働きかけてくれている。


「ありがとう。……まあ、あの連中の馬鹿馬鹿しい話を聞く事で2人の助けになるなら、良しとしましょう」

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