ヴォルケス星系の戦い・後篇
自分達が罠に嵌っているとも知らず、ウェルキンは艦隊を前進させ続けた。
多数のビーム砲が斉射され、膨大なエネルギーを伴った閃光が小惑星帯を駆け抜けて帝国軍ネルソン艦隊を襲う。しかし、そのビームの多くは小惑星が防御壁の代わりになる事でネルソン艦隊に届く事はなかった。
小惑星帯に入ったウェルキン艦隊は、小惑星との接触を避けるために速度を下げて慎重な航行を行おうとするも、小さな隕石が次々と船体にぶつかっては艦に大きな衝撃が走る。
「シールドのエネルギーを艦首に集中させろ!」
小さな隕石が船体にぶつかるとすれば、それは艦の前方に集中していた。隕石が多数ある宙域を進んでいるのだから、進行方向に浮かぶ隕石が次々とぶつかるのは仕方がない。艦の装甲を覆うエネルギーシールドのパワーをその艦首方面に集中させる事で、隕石がぶつかるであろう箇所の装甲を強化した。
大きな小惑星に激突すれば、流石に沈没は免れないが、小さな隕石程度であればこれで充分防げる。
そして徐々にネルソン艦隊との距離を詰めていき、そろそろ小惑星の影響を受けずに砲撃戦が展開されようかというその時。
「こ、これは!?」
オペレーターの1人が驚きと動揺に満ちた声を上げた。
「ん?何事か?」
その声にいち早く反応したのはクリトニーだった。
「こ、これをご覧下さい!」
説明するよりも直接確認してもらった方が早い。そう判断したオペレーターはパネルを操作して、クリトニーとウェルキンの正面に立体映像のモニターが浮かび上がる。
そこには今、自分達が挑もうとしているネルソン艦隊の姿があった。2隻のドレッドノート級宇宙戦艦とその戦艦と同程度の大きさで表面に何か金属のメッキのようなものが施されている小惑星が。
「んな!こ、これは!?」
ウェルキンは即座に全てを察する。敵は小惑星の1つを戦艦1隻に偽装していたのだ。これでレーダーを誤魔化して、さらに小惑星帯の奥深くに陣取る事で偽装艦を小惑星の影に隠し長距離カメラや目視による確認を遅らせたのである。つまり自分達は完全に誘い込まれたという事だ。
正にその時、ウェルキン艦隊の背後に新たな艦影がアレシアのレーダー波に反応した。それはジュリアスの指揮するアルビオンだった。アルビオンはつい先ほどまで船体に多数の隕石を取り付けて小惑星に偽装し、さらに艦のエンジンも止める事でウェルキン艦隊をやり過ごしたのだ。
仮にその途中で敵に気付かれたなら、アルビオンはエンジン再始動をする前に集中砲火を浴びて撃沈していただろう。
しかし結果的に、ジュリアスはその危機を乗り越えて敵の後ろを取る事に成功した。
ジュリアスはアルビオンの艦橋にて意気揚々と指示を飛ばす。
「全砲門、撃ち方始め!」
彼の攻撃命令を受けてアルビオンはその火力の全てをウェルキン艦隊に叩き付ける。
ドレッドノート級は四角錐型の形状をしている事から、正面の敵に攻撃している時が最も高火力を叩き出す事ができた。その特徴をジュリアスは遺憾なく発揮できる状況を作り出したのだ。
隕石との衝突に耐えるためにシールドのエネルギーを艦首方面に集中させており、艦尾方面のシールドが脆弱になっていたウェルキン艦隊の各艦はアルビオンのビーム砲撃に成す術なく蹂躙されてしまう。
本来、対空専用に用いられる火力の低い副砲群ですらマジェスティック級の装甲を突き破り、大きな損害を負わせるほどだった。
ウェルキン艦隊の各艦は、船を反転させて迎撃を試みる。マジェスティック級は正面及び側面には多数の艦砲が配備されているものの、艦尾は動力炉や推進装置の存在もあってあまり艦砲が配置されておらず、このままでは一方的な戦いを強いられるためである。
しかし、周囲を多数の小惑星に囲まれ、狭い空間内で巨大な宇宙戦艦が一斉に回頭を始めたのだ。それもウェルキンの司令官命令によるものではなく、各艦の艦長の判断によって。それぞれがバラバラに慌てて迎撃を急いだために戦艦同士の衝突や衝突を回避しようとして近くの小惑星に激突してしまう艦が相次いだ。
この好機を逃すまいとネルソンもウェルキン艦隊への砲撃を命じた。
ヴィクトリーとセンチュリオンが全面攻撃に出た事で、ウェルキン艦隊は統制が乱れた状態で前後から挟み撃ちに会うという事態に陥った。
「流石はネルソン提督だな。実に良いタイミングで攻勢に出てくれた」
ジュリアスは感嘆の声を漏らす。
「艦長、敵艦隊7隻の内、2隻は撃沈。3隻は推進装置に損傷を受けて航行不能。もはや艦隊としては機能しなくなっております。ここは
そうジュリアスに進言したのは、指揮官席に傍らに立つ長身痩躯にスキンヘッドの頭をした今年38歳の軍人だった。彼の名はアントニー・ハミルトン。平民出身であるが、銀河帝国軍少佐であり、アルビオンの副長を務めている。
「いや。その必要は無いだろう。敵は既に統制も乱れて混乱状態だ。このまま砲撃を加えるだけで容易に撃滅できると思うが」
「ですが、敵もただやられているばかりではないでしょう。敵はあのウェルキン提督です。打てる手はすぐに打つべきかと」
「……」
ジュリアスは決断をしかねていた。ここで
ジュリアスが思案を巡らす中、オペレーターが声を上げた。
「敵艦2隻が撤退を図っています!」
その艦はウェルキンの旗艦アレシアとその僚艦だった。
「逃がすな! 砲火をその敵艦に集中させよ!」
ジュリアスはそう指示を飛ばす。
しかし彼の指示は実行が極めて困難であった。なぜなら、その敵艦2隻は既に撃沈された戦艦や近くの小惑星を盾とする位置を航行して撤退を図っていたためだ。
結局、ネルソン艦隊はその2隻を沈めるには至らず、撤退を許してしまう。
とはいえ、戦艦3隻で、7隻の敵艦隊を相手に善戦して2隻を撃沈、3隻を拿捕するという華々しい戦果の挙げたのだから、結果としては満足すべきものだろう。
「……ハミルトン少佐」
敵を殲滅するには至らず、悔しそうな表情を浮かべつつ、元気のない声でジュリアスは副官の名を呼ぶ。
「貴官の言う通り
「この戦いは大勝利に終わりました。その最大の功労者たる艦長が、敵将を取り逃がしたくらいで気落ちなさいますな。それよりも皆とこの勝利を祝いましょうぞ」
「……ふふ。そうだな。めそめそするなんて俺らしくないものな。よし。旗艦ヴィクトリーに行ってくる。シャトルを用意してくれ」
「承知致しました、艦長」
─────────────
小惑星帯を抜けた後、直ちにワープ航行に入ったウェルキン艦隊はヴォルケス星系から撤退した。
しかし、アレシアの艦内には被弾した箇所の応急修理や負傷者の手当てなどで余談を許さない状況が続いている。
「どうやら敵は追撃してくる気はないらしいな」
ひとまず手を巻いた事に安堵するウェルキンだが、それを素直に喜ぶ事は今の彼にはできなかった。
「提督、ひとまず艦の航行には支障はありません。このままエディンバラに帰還致しますか?」
「……止むを得んだろう。針路をエディンバラに設定しろ」
「承知しました」
そう言ったクリトニーはこのアレシアの航海長に指示を出しに行く。
そしてウェルキンは思い詰めた表情で艦橋の奥にある指揮官席に腰掛ける。
今回の戦いでウェルキン艦隊は7隻から2隻に減らされるという大敗を喫しただけでなく、敵艦を1隻も沈める事はできなかった。
連戦連勝を重ねた事で奢っていた。そう考えて彼は自分を責めずにはいられない。
そんな彼を心配してクリトニー中佐が恐る恐る声を掛ける。
「あまりお気になさいますな。提督は今回の戦いに至る以前に、多くの勝利を得ました。多数の勝利と1回の敗北。天秤に掛けるまでもないでしょう」
「……戦争とは勝った負けたの数で決まるものではない。この敗北で我が艦隊は練度の高い優秀な兵士を大勢失った。これからの戦いを支える兵士達を、だ」
「提督……」
「50年も続いた戦いの中で、人類は総人口の3割を失った。その3割にはこれからの人類を大きく発展させる人材も多くいただろう。それは今日の戦いで死んでいった兵士にも言える事。今日の損失が貴族連合の明日を奪う結果になるやもしれん。そういう事だ」
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