会議

 銀河歴708年。

 辺境の惑星ロドス。銀河連邦時代より鉱山惑星として多くの採掘企業や労働者で賑わったこの星もおよそ100年前には鉱物資源がほぼ取り尽くされ、近年では宇宙港の整備が進んでいる事から周辺星系と銀河系中央部を結ぶ交通の要所として栄えるようになっていた。

 しかし、今ではエディンバラ貴族連合軍が軍事拠点として活用し、度々銀河帝国軍の攻撃を受けるようになり、宇宙港を中心に広がる都市部は戦渦に巻き込まれて荒廃を極めるようになった。


 戦場と化した都市からは住民が消え去り、摩天楼を形成するビル群は悉く崩れ落ちていた。


 廃墟となっているこの都市の中を、身の丈に合わない大きな銃を両手で持って駆け回る1人の黒髪の少年の姿があった。


「くそ! ……くそ!誰か、他に生き残ってる奴はいないのか!?」

 10歳にも満たないであろう少年は、今にも泣きそうな顔で廃墟の中を走り続けた。


 そんな彼が進む先に見える廃墟ビルの物陰から、少年の10倍の身の丈はあるであろう巨大な鋼鉄の装甲に覆われた巨人が姿を現した。


「くッ!!」


 灰色の巨人は頭部に設置されているメインカメラが少年の姿を捉え、巨人は両手に握っている巨大な銃を少年に向けた。


 少年は恐怖心に駆られて一目散に来た道を戻って逃げ出した。

 しかし、もう手遅れだ。巨人の銃は確実に少年に照準を定め、銃口からは今にも銃弾が放たれようとしていた。



─────────────



 銀河歴717年。


「ん、んん。……夢、か」

 銀河帝国軍大佐にして宇宙戦艦アルビオン艦長である黒髪の少年ジュリアス・シザーランドはそう小さな声を呟きながら目を覚ます。

 開かれた瞼の奥から姿を見せた赤色の瞳は、すぐには焦点が定まらない様子だった。

 ジュリアスは黒を基調として各所に金色の装飾が施された軍服を着ていた。

 両肩には階級章の役割も持つ金色の肩章が装着されている。

 そして、左肩から右の脇腹に向けて白いゆったりとした布が掛けられていた。


「ジュリー。起きて」

 俺の肩を揺すり、そう言って俺を起こそうとする声。その声の主が誰なのかはすぐに分かった。


「んん。トム? あぁ、おはよう。ふぁ~」


 俺を起こしてくれたのはトーマス・コリンウッド。俺の幼馴染で、あだ名はトム。俺と同じ銀河帝国軍大佐であり、宇宙戦艦の艦長だ。

 俺と同じ17歳で、綺麗な金髪はやや癖があってふわふわとしている印象を受ける。温厚な性格が滲み出るような目鼻立ちで、幼さを残したその容姿は、ちょっとメイクをするだけでかなりの美少女になれると俺は密かに確信していた。


 まだ眠い目を擦りながら欠伸をした俺は、目の前に立つ人物の存在に気付くと背筋が凍る思いがした。なぜなら、今は会議中だからだ。そう。俺は会議中に居眠りをしてしまっていたのだ。

 そして今、俺の前に立っているのは、俺の上司であるマーガレット・ネルソン少将。帝国貴族にして軍人家系のネルソン子爵家の当主。そして俺が所属するネルソン艦隊の司令官だ。

 少将であるネルソン提督は将官のみが着用を許されたマントを纏っている。色は特に定められておらず、オーダーメイドで好みの色にする人も多いが、ネルソン提督は標準色である白色のマントを身に着けていた。金色の肩章からは、金色のモール紐が垂れている。

 茶色の髪は後ろで一本に纏めて腰の辺りまで真っ直ぐ伸びており、綺麗な蒼い瞳を持つこの方は、今年で24歳。艦隊司令官としては比較的若く、年が近い分俺としては親しみやすい上官だ。提督らしい凛々しさと貴婦人らしい美しさを兼ね備えた才色兼備の尊敬できる上司だと思っている。ただ、この人は怒るとすごく怖いのだ。


「ね、ネルソン提督!」


「ふふふ。おはよう、ジュリアス。よく眠れたかな?」


 ネルソン提督は表情こそ笑みを浮かべているものの、その笑みは強張っており、この方がこうなった時はいつ爆発してもおかしくない状況だという事を俺は知っている。


「あ、いえ、その」


 グウウウ~


 俺が言葉を詰まらせている時、俺の腹が豪快に音を立ててしまった。

 考えてみれば、今は昼過ぎ。そして俺は会議に遅刻してしまいそうになり、昼食を食べ損ねていたのだ。

 この会議室に詰めている他の人達は笑いを堪えている様子だが、ネルソン提督だけは眉を一瞬動かしただけで表情はほぼそのままである。


「そうかそうか。お腹が空いたか。……ふふふ。そうだな。ジュリアスも今や戦艦の艦長という大任を任された身と言っても、まだまだ育ち盛りだからな。私のつまらない話を聞くよりもたくさん食べて、たくさん寝たい年頃なのだろうな」


「あ、い、いや、そんな事は!」

 もう言葉を詰まらせている場合じゃない。すぐに謝らなければ、すぐにも雷が落ちてしまう。本能が俺にそう告げ、謝罪をしようとする。


 しかし、その前に俺の隣の席に座っている、俺の親友トーマス・コリンウッドが勢いよく席を立った。


「す、すみません! い、今のは僕です!」


「「え?」」

 俺とネルソン提督はほぼ同時に疑問の声を上げる。


「今のお腹の虫はトーマスのものだと?」


「は、はい! 申し訳ありません!」


 ネルソンは僅かな沈黙の後に、ジュリアスとトーマスの双方に目をやり、軽く溜息を吐く。

「まあいい。ジュリアス、今日のところはお前の良き友人に免じて許してやる。ただし、次は無いからな」


「はい! 肝に銘じます!」


「ふむ。では会議を続けるぞ」



─────────────



 会議が終わった後、俺はすぐにトムに助け船を出してくれた事の礼を言った。

「ありがとうな、トム。おかげで助かった!」


「本当に世話が焼けるんだから。一時はどうなる事かと思ったよ」


 トムは呆れた様子で言う。でもトムは何だかんだ言って、いつも俺の事を助けてくれる頼りになる親友だ。


「まったくです。ジュリーには困ったものです。会議中に居眠りをするなんて。あなたをここまでバックアップしてあげた私の実家に恥を欠かせるつもりですか?」

 ジュリアスとトーマスの前に一人の少女が腕を組み、眉間に皺を寄せながら姿を現す。

 まるで純金のような輝きを放つ綺麗な金髪は、腰の辺りまでまっすぐ伸びている。綺麗な蒼い瞳は、怒気を含んだ鋭い視線をジュリアスに送り続けていた。


「い、いや!そんなつもりは無いよ!」


 この金髪碧眼の少女の名は、クリスティーナ・ヴァレンティア。あだ名はクリスだ。このネルソン艦隊のナンバー2とも言える艦隊参謀長という地位に就いている。

 俺とトム、クリスの3人は幼馴染で、クリスは俺が住んでいた星の領主の家系だった。

 ヴァレンティア伯爵家はしかも名門中の名門の家柄で、俺が帝国軍に入隊するに当たって色々と便宜を図ってくれたりもした。

 銀河帝国軍の地位というのは、実力や実績ではなく、家柄である程度決まってしまう。

 その一例として銀河帝国の貴族は、貴族の義務ノーブル・オブリゲーションとして帝立学院インペリアル・アカデミーに入学して、ここで3年間、帝国貴族としての心得や政治の事、そして軍事に付いて学び、卒業すると自動的に佐官以上の階級が、家柄に応じて授与される。

 対して平民出身者が帝国軍で出世するには、まず士官学校に入学して5年間学んで卒業する必要がある。しかも、入隊しても階級は佐官より下の少尉。そして平民は多くの場合、大尉止まりで少佐に出世する前に退役する者が多かった。


 そしてジュリアスは、貴族と平民の中間に当たる準貴族階級・騎士ナイトの位に属する。世襲ができない一代限りの位で皇帝や貴族による授与を受けた者のみが名乗れる。尤も近年ではこの騎士ナイトの世襲は暗黙の了解となっており、ヴァレンティア伯爵家より騎士ナイト号を授与していた父親を持つジュリアスは入隊と同時にヴァレンティア伯爵家から騎士ナイトに任じられていた。

 ジュリアスはヴァレンティア伯爵家より騎士号を授与されて、帝立学院インペリアル・アカデミーに入学したのだ。本来、帝立学院インペリアル・アカデミーに準貴族である騎士ナイトは入学できないのだが、貴族の従者という事であれば騎士ナイトでも平民でも特例で入学でき、ジュリアスはクリスティーナの従者として帝立学院インペリアル・アカデミーに入学していた。

 以後もヴァレンティア伯爵家はジュリアスに対して何かと便宜を図り、彼の出世をサポートしてくれていた。


「勿論、クリスの実家には感謝してるよ。心の底から」


「ほお。そうですか。では、いずれその感謝の意が形となって返ってくるのを」


「え!? あぁ、いや、それは……」


 ジュリアスが慌てふためくと、トーマスとクリスティーナはクスリと笑みを浮かべた。

「ふふ。ジュリー、そんなに心配しなくても、時間を掛けて返してもらうつもりですから」


「ほ、本当か?」


「ええ。ですから、戦場で居眠りをして戦死したりしないで下さいね」


「おう! 任せとけ!」

 そう言ってニコッと無邪気な笑みを浮かべるジュリアス。


「まったくジュリーはいつも調子の良い事を言って。僕は頭が痛いよ」

 トーマスは困った様子で頭を抱える。

 彼はジュリアスとは違って平民階級の出身で、元々はクリスティーナに召使いとして仕えていた。その縁で彼女と親しくなり、彼女が帝国軍に入隊する際に共に入隊したのだ。トーマスもジュリアスと同様、ヴァレンティア伯爵家の全面的なバックアップを受けており、平民出身者が20歳未満で大佐にまで昇進したのは銀河帝国軍の歴史上彼が初めてと言われる。

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