剣聖は勇者を口説きたい

中田カナ

剣聖は勇者を口説きたい

「いい加減にしてください!私には好きな人がいるって何度も言ってるでしょう?!」

 今日も今日とて魔王討伐パーティの女勇者を口説こうとしたのだが、予想通りいつもの返事が返ってきた。

「だが、お前の男はどこか遠くにいるんだろ?そんな奴より近くにいる俺の方がいいじゃないか」

「だから、そういう問題じゃないんですってば!あの人とは将来を誓い合った仲なんですから」

「じゃあ何でお前は魔王討伐なんかに行くんだよ?そいつと仲良くしてりゃいいじゃねぇか」

 小柄な女勇者が俺を見上げてにらむ。

「私達が一緒になるためには魔王を討伐しなきゃならないんです!お願いだからしばらく私に話しかけないで!」

 女勇者は野営のテントにもぐりこんでしまった。

 見た目がいいだけじゃなく、腕も立つし度胸もあっていい女なんだがなぁ。料理は壊滅的だけど。



 女神様より剣聖の加護を受けた俺は、王宮騎士団に入って実戦でも活躍してきたが、どうにも集団行動や上下関係というものに馴染めず、騎士団を辞めて冒険者になった。剣の腕前のおかげで食うには困らないし、仕事もそれなりに選べるから気楽でよかった。

 だが、冒険者ギルドを通じて国から極秘任務である魔王討伐の一員に加わるよう要請されてしまったのだ。国からの依頼は断れないというルールがある。

 魔王討伐パーティは、剣も魔法も使える女勇者、防御や治癒などを担当する聖女、ちょっとした攻撃魔法と空間魔法が使える荷物持ちの男、そして俺の全部で4人。俺は魔法を使えないので、バランス的には魔法使いもいるといいと思うのだが、適任者がいなかったのだろうか?


「剣聖様、あんまり勇者様にちょっかい出さない方がよろしいと思いますわ。ほら、荷物持ちの方がにらんでいますわよ」

 聖女にたしなめられ、ふと荷物持ちの男を見るとすぐさま視線をそらされた。

「どうも気にくわねぇんだよな、このパーティは」

「どうしてですか?」

 聖女が小首をかしげる。

「何かはわからねぇが、俺達に知らされてねぇことがあるだろ。そもそも魔王討伐が極秘任務ってのもおかしい。昔は王都で派手な壮行パレードをやったとか聞いてるぞ」

 小さくうなずく聖女。

「私も今回は剣聖様と同様に違和感を感じておりますわ。おそらく国としては何か隠したいことがあるのでしょうね」

 聖女は大神殿に勤めていたが、なにやら事情があったとかで現在は大神殿を離れて冒険者として登録している。お互いに特定のパーティには加わらず、単独行動かサポートメンバーとして動くのが基本だが、何度も仕事で組んだことがあるのですっかり顔なじみだ。

「まぁ、俺達はやれることをやるだけだがな」

「そうですわね」



 襲ってくる魔族達をなぎ倒しながら旅は進み、とうとう魔王城にたどりついた。

 魔王城の内部でも戦いは繰り広げられたが、いよいよ謁見の間にいる魔王と相対することとなった。

 いかにも魔王らしく、黒い冠をかぶって黒いマントを羽織り、大きな黒い杖を持っている。

 だが、想像していた魔王とはどうも違っていた。

「なんか貧相な男だよなぁ」

 ずいぶんと痩せていて顔色もよくない。

 顔立ちそのものは男前の部類に入るのだろうが、その眼は赤く光っている。


「魔王!その人を返してよ!」

 突然、女勇者が叫んだ。よく見ると涙を流している。

「ハハハ!いくら勇者が強かろうと、この身体には手を出せまい。お前の愛しい男の魂もこの身体の中にあるのだからな!」

 魔王の高笑いが響き渡る。


「どういうことだ?」

「おそらくあれが勇者様の恋人で、今は魔王に身体を乗っ取られているのでしょう」

 聖女の言葉にしばらく考える。

「なるほど、それはやっかいだな」

「ええ、死なせるわけにはまいりませんものね」

 どうにかしてあの身体から魔王を追い出す必要があるわけだが。

「何かいい方法はないものかな?」

「そうですわね…勇者様の恋人の魂と魔王との力関係に変化が生じれば勝機はあるかもしれません」

「なるほど、魂を揺さぶってやればいいわけか」


 ふと思い立って女勇者の隣に立ち、小声で聞いてみる。

「おい、お前はあの男とどこまでいってるんだ?」

「どこまで、とは?」

「身体の関係までいってるのかって聞いてんだよ」

 一瞬で顔が真っ赤になる女勇者。

「そ、そんなこと、結婚前なのにあるわけでしょうが!」

 こいつはおそらくいいとこのお嬢さんなんだろうなぁ。

「そうか、でもキスくらいはしてんだろ?」

 女勇者は赤い顔のままだが、否定の言葉は返ってこなかった。


 俺は女勇者の肩を抱いて魔王に向かって叫んだ。

「おい、魔王じゃなくてこいつの恋人さんよ。その玉座からよ~く見ておきな!」

 女勇者を抱き寄せて、小さな声で話しかける。

「悪いがこれも作戦の1つだから許してくれよな。幸いファーストキスじゃねぇようだしさ」

 いきなり女勇者の唇をむさぼる。

「んん~っ!」

 片手で女勇者の細い腰を抱き寄せ、もう片方の手は彼女の後頭部にまわして逃げられないようにする。

 舌を絡ませていくうちに女勇者の抵抗がなくなってくる。

 キスは経験済だったようだが、こういう深いキスは未経験だったのかもしれない。

 まぁ、これくらいいいよな、うん。


「ううっ!」

 突然、魔王が苦しみ出した。

 すぐに唇を離して叫ぶ。

「聖女殿、そっちは任せたぞ!」

「わかりましたわ!」

 聖女がまるで歌のように聞こえる呪文を唱え出すと、魔王の苦しみはいっそう増したようで、その場でのたうちまわる。

 やがてその身体から黒いもやのようなものが見えてきた。

「勇者よ、しっかりしろ!魔王の本体があの身体を離れたら、すぐさま聖剣でぶった切れ!」

「は、はい!」

 女勇者はキスの後しばらく呆然としていたが、聖剣を抜いて魔王に駆け寄る。

 魔王の装束を身につけた身体から大きな黒いカラスのような鳥が出てきたところで、女勇者は聖剣を振るった。

「魔王、覚悟しろ!」

 聖剣で切られた黒い鳥は奇声を発した後に砂になり、風に飛ばされていった。


 女勇者は横たわっている男に泣きながら抱きつく。

「ああ、また君に会えてうれしいよ」

 さっきまで真っ赤に光っていた男の眼は澄んだ青に変わっていた。

「私がどれだけ心配したと思ってるのよ?もう絶対離さないんだからね!」

 あ~あ、見てらんねぇわ。



 しばらくしてようやく落ち着いてきた頃、ようやく話を聞くことが出来た。

 魔王に身体を乗っ取られていた女勇者の恋人は、我が国の第三王子殿下であることが判明。

 魔法マニアである彼は興味本位で禁忌の実験を行って失敗し、魔王に取り付かれてしまったらしい。

 そりゃあ魔王討伐が国の極秘任務になるわけだ。

 そして女勇者は王宮騎士団長の娘だった。かつて騎士団にいた俺は団長とも面識があるのだが、俺を魔王討伐の一員として推薦したのは団長だったらしい。それにしても顔が親父さんに似なくてよかったなぁ。

 ちなみに荷物持ちの男は騎士団長の家に勤めている者で、女勇者のお目付け役とのこと。だからちょっかいを出すとにらまれてたのか。


 第三王子殿下は体力がかなり落ちていて、旅はまだ無理だろうということで、辺境の町でしばらく療養してから王都に戻ることになった。女勇者も彼に付き添って残ることにした。

 荷物持ちの男も残ることになったが、予備のマジックバッグを俺達に貸してくれた。黒い王冠とマントと杖を魔王討伐の証拠品として王宮へ持ち帰るためだ。


 出立前、宿のベッドで横になっている第三王子殿下に呼ばれた。

「貴方には大変感謝している。だが、彼女の唇を奪ったことだけは許しがたい」

 感謝していると言いながら、にらまれるのは少々むかつく。

「だいたいアンタが馬鹿なことをしでかさなきゃ、そんなことにはならなかったはずだろ?まずはしっかり養生して反省するんだな」

 不敬と言われようが知ったことじゃねぇや。

「俺達はもう行くからな。文句があるなら続きは王都で聞いてやる」

「ああ。それから…本当にありがとう」


 女勇者からも出立直前に話しかけられて感謝の言葉を告げられた。

 キスに関してはふれたくない話題だったのか何も言われなかったが、やっぱりにらまれた。

 気持ちはわからんでもないが、事前に言えば拒まれるのは確実だったしなぁ。

「でもまぁ、魔王に打ち勝つほど愛されててよかったな。幸せになれよ」

 頭をくしゃくしゃとなでてやると、その顔は少し赤くなった。

「ん、ありがとう」

 勇ましい女勇者もよかったが、今みたいな乙女なところもかわいいと思う。

 だが、きれいさっぱりあきらめるとするか。



 聖女と2人で王都へ向かう。荷物持ちの男は馬車を手配してくれていた。

「剣聖様は、これからどうなさいますの?」

「王宮で報告したら、しばらくはゆっくり休みたいね。あと、面倒ごとは避けたいから、あの第三王子が戻ってくる前に王都を離れたいかな」

 聖女は何か思いついたようにポンと手をたたく。

「それでしたら西の魔の森で魔獣の大量発生の兆候があるそうですわ」

「そうか。じゃあ西へ行こうかな。聖女殿はどうするんだ?」

「そうですわね、私も西へ行こうかと考えておりますの」


 やがてのどかな農村地帯を馬車は進む。

「それにしても、また振られましたわね」

「また、とは失礼な奴だな」

 御者台の隣に座ってくすくす笑う聖女をにらむ。

「だって剣聖様はいつも恋人がいる女性を好きになるんですもの」

 聖女には冒険者になってからのことをいろいろと知られているので反論できない。

「あ~、なんでだろうなぁ?恋をしている女はきれいに見えるからなのかね?」


 聖女はため息をついた。

「そういう女性は目ざとく見つけるくせに、どうしてご自分に寄せられる好意にはとことん鈍いのかしら?」

 俺に好意?ありえんだろう。

「見た目もいまいちで図体がやたらとでかい。おまけに剣しか使えない粗野な俺を好きになる女なんているわけが」

「残念ながらここにおりますわ。全然気付いておられなかったようですけれど、初めて一緒に仕事した時から好きでしたのよ」

 聖女に言葉をさえぎられるも、どう答えていいか思いつかない。


「お、俺なんかのどこがいいんだよ?」

 なんとか言葉を絞り出す。

「裏表がなく、いつでも真っ直ぐで、弱者には迷わず手を差し伸べる。いつでも恐れることなく敵に立ち向かい、仲間を労わることも忘れない。ほら、いいところがたくさんあるではございませんか」

 そう言って微笑む聖女の顔は、今までのどんな女よりも美しく見えた。

「王都に戻るまで、まだたっぷりと時間はありますわ。しっかりと考えてくださいませね?」

 そんなの考えるまでもないだろう。


 俺は人通りのない木立の中で馬車を停めた。

「いくら作戦とはいえ、勇者様とキスされた時はとても悲しかったんですのよ?」

 上目遣いで俺を見る聖女。

「そ、それは申し訳なかった」

「そう思われるのなら、どうか態度で示してくださいませ」

 女勇者とした時よりも濃厚なキスを交わす。

 馬車が再び動き出すまでしばらく時間を要したのは致し方ないことである、うん。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

剣聖は勇者を口説きたい 中田カナ @camo36152

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ