この度、逆後宮の主になれと強いられまして。
稲井田そう
第1話
この国では、女系制で血をつなげている。
元々は男児が国を統べていたが、ある代の多情な皇帝が様々な女と関係を持ったことで体制が変わったらしい。
次々に王の血を引いているとされる子供が現れ、権力争いとともに内乱が激化、国力は著しく減退した。
以降、王位継承権は女のみに与えられ、後宮が設けられることになった。
次期皇帝の父の座は、男であるならば皆が求める地位に変わった。野心を持ち皇女に近付く男が増えたため、次期皇帝の父となる男を選別できるよう王家が望んだからだ。
何千人という者の中から選ばれた者のみが後宮入り、皇帝に寵愛を求め、夜伽を待つ。 蜘蛛のように巣を巡らせ、皇女が罠にかかるのを待つように。
わたしはそこに皇帝として入る予定だった。
しかし妹の王位継承を絶対のものとしたい母の思惑の元、わたしは都を追い出された。
周囲には第一皇女は病弱で静養が必要と伝え、留学と称し自国で最も貧しい田舎町に捨て、わたしが死ぬのを待っていたのだ。
晴れて皇帝の地位が絶対となった妹は、妖精と称される容姿をしているといえど、性格は苛烈で、唯我独尊という言葉がふさわしい。
わたしの持っているものをねだり、私を罠にはめ、両親に罰を与えられる姿を観察することを日課にしていたくらいだ。後宮で思うままに暮らしているに違いない。
一方のわたしは、都を出て書き物小屋をしている老夫婦に拾われ、畑を耕し薪を割りながら字や算術を学びに来る子供たちと過ごす日々をおくっている。
貧しくても幸せだ。城にいた頃は、誰からも邪魔もの扱いされていたのだから。
しかし、わたしが城を追われ十年が経過した今日、私は王家から城に来るよう命が下り、皇帝の前に立っていた。
「こちらが第一皇女シオン様……」
「二十歳……年齢より若く見える」
王城の中。広間に立った私に、この国の宰相や役人たちの視線が集中する。
「静まれ」
居心地の悪さを肌で感じていれば、玉座に座る皇帝がざわめきを断ち切った。
数々の政策により転覆寸前とも噂されたこの国の乱れた政を正した賢帝であり、この国で最も美しいとされる、女帝。そんな彼女は自分と瓜二つの第二皇女を溺愛していた。
本来、十八歳に王位継承の儀を済ませてからではないと後宮入りは許されないが、妹は十五歳から後宮に出入りしていたらしい。
「お前の妹、メメが消えた。行方も生死もわからぬ。確実なのはこのままだと尊き血が途絶えるということだ。魔物への抑止力が薄れることがあってはならない」
魔物──動物にも魚とも似つかない異形の存在だ。
人を襲い、食らう化け物への対抗手段は様々あるが、最も効果的なのが王家の血を持つものが代々受け継いでいるという聖なる魔力だ。
この王家に女として生まれれば、皇帝となり血を繋ぐ。男として生まれた場合は、魔物の討伐にあたったり、結界を張るなどの役目が生じる。そうしてこの国の平和は保たれてきた。
しかし厄介なのが、その聖なる力は代々継承されるものであれど、継承は力を持つ者が最初に生まれた年から三年以内に限るという制限が存在することだ。
要するに、長女が生まれた年を含めた三年以内に生まれた子供でなければ、王家の力を得ることはできない。
わたしと妹は二歳の年の差があり、魔力継承の刻限は過ぎてしまった。今目の前にいるこの女が後宮に入り子供を産もうが、その子に力は引き継がれない。
私は右腕につけているブレスレットに触れてから、皇帝を見やった。彼女がこちらに向ける目はただただ冷ややかで、本当の意味でわたしに関心なんてなかったのだと分かる。
「お前は後宮に入り、男と契り血を結びなさい。幸い、メメは王位継承の儀行っていない」
皇帝の言う通り、王位継承の儀は半年後。つまり、妹は皇帝になる半年前、姿を消したということだ。しかし、死んだわけではない。
「……皇女様が戻られたら、どうなさるおつもりですか」
その言葉に、皇帝は答えようとはしない。おそらく妹が戻れば私を殺す気だ。子供がいれば、万が一の為にと奪う気だろう。
「時の流れは止まらない。本日中に後宮に入り、婿参りをせよ」
「はっ」
皇帝の言葉に、私の後ろに立っていた女官が返事をして頭を下げた。皇帝はもう話は不要と主張するように溜息を吐いた。私は女官に促され、広間を後にしたのだった。
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