第四章 マコト

カリトゥの帰る場所

 あらゆる意味でが限界だった。

 わざわざ2人で照らし合わせる必要も無い。


 帰り道にも、モンスターとは当たり前に遭遇エンカウントした。

 しかし、深層区画であっても2人は問題無く突破してしまう。


 冠蜥蜴バジリスクを倒した事で、2人は報償EXP、レベルアップを果たしていたのだから。


 カリトゥなどは完全に回復したとは言えなかったが、数回の休息の間に、どんどん体調は良くなっていった。

 何処どこか開き直ったような笑顔と共に。


 「大迷宮」の上層部、それに洞窟部分はまったく障害にならなかった。

 やがて2人は面倒そうに、この区画は走り抜ける事を選択する。


 ワルヤの速度スピードに合わせてだ。

 カリトゥ単独であれば、もっと早くなった可能性もある。


 そしてバビタ・ルートの入り口で、おざなりに休憩を取っていたときに、


「まだ、大騒ぎしてるみたいですね」

「らしいな」


 と、交わされた言葉が久しぶりのだった。

 意味は説明するまでもないだろう。


 ここまで他の探索者とすれ違ってはいない。つまり探索者の本拠地であるアトマイアがまだ揺れている、という事になる。


 その後、2人は再び黙り込み、さらなる駆け足で洞窟を突破した。

 洞窟から出たとき、運良く太陽はまだ高い位置にある。


「計算出来たか?」

「出来るわけないでしょ」


 太陽の下に帰ってきた事で、2人の口も軽くなっていた。

 何事も限度というものがあり、2人はその限界を超えていたのだろう。


 大迷宮には20日以上潜っていた事になるのだから。


 地上に帰還した事で、2人はそのをおろす事が出来たのである。

 人間、いつまでももぐり続ける事は難しいようだ。


 例えそれが最高位ハイエンドの探索者であっても。


「……それじゃ帰るか」

「ずっと帰ってますが……そうですね」


 何とも気の抜けた会話が続く。

 探索者でなければ、この大迷宮の入り口からアトマイアまで、下手すれば3日の旅程になるが、2人ではさすがにそんな事にはならない。


 時にはルートをショートカットして、アトマイアに向かっていた。


「ワルヤさん、一応念のために聞きますけど」

「なんだ、もったいぶって」

「ワルヤさんは“異邦人”じゃないんですか?」


 山道を飛び跳ねながら、カリトゥが尋ねる。 

 それに対して、斜面を転げ落ちるように下るワルヤが答えた。


「ああ、ちがう。シャマル・マンジー生まれだ。親戚もいるぞ」


 シャマル・マンジーとは帝国の首都の名前だ。

 当たり前に人口も多い。だからこそ、ワルヤのようなよくわからない人間が棲息していている可能性はある。


 ただ……


「そういう風にあっさりと答えられると、何か怒りが……」

「何でだよ」


 ワルヤの顔に笑みが浮かんだ。

 そして、何かに気付いたように続けた。


「理不尽と言えば――」

「なんて繋げ方ですか」


 今度はカリトゥが笑みを浮かべた。


「あいつ、なんだってあんなに自分の名前嫌がってたんだ?」

「……マコトさんの話ですか?」

「他にいるか。あんなに自分の名前嫌がってた奴。名前で呼ぶだけで一苦労だった」


 そこでタイミング良くと言うべきか、2人は比較的平坦な山道に着地する。


「それは……そうですね。私も苦労しました」

「俺は結局、理由聞けなかったんだよ。名前で呼ぶだけで精一杯だ」


 2人の視界には、すでにアトマイアが収まっていた。

 雪山狼スノーウルフの群生地も、あっという間に飛び越えてしまっている。


 あとは普通に歩いて行けば、陽の高いうちにアトマイアに着く事が出来るだろう。

 ここまで来れば、さすがに人影も見える。


「なんでも同じ名前の人がいたそうですよ」

「ああ……つまり“異邦人”の故郷に、もう1人『マコト・イトウ』がいたわけだ」


 カリトゥがゆっくり歩を進めた。

 ワルヤがそれに並ぶ。


「つまり……そいつと同じ名前なのが気にくわないと」

「そこまで簡単なものでは無いみたいですよ。そのもう1人の方が有名だったらしくて」

「ずいぶん詳しく聞いたんだな」


 それにカリトゥは寂しげな笑顔を見せた。


「私は……少しだけ有利でしたから。ワルヤさんよりは」

「どういうことだ?」

「もう1人が有名になった原因はですね……女癖の悪さ」


 それを聞いたワルヤは棒でも飲み込んだような表情を浮かべた。

 あまりに意外だったのだろう。


「それでまぁ、刺されて殺されたそうなんですけどね。それでも人からは『マコト死ね』なんて言われ続けたらしくて……」

「それはマコトも災難だったな――なるほど自分の名前を嫌がる理由もわかる」


 ワルヤは難しい顔で深くうなずいた。

 それに対して――カリトゥは、何かを振り切ったような表情。


 決意を感じるには、何処どこか後ろ向きで。

 自棄やけになった割には、希望が溢れている。


 ワルヤはまっすぐに前を見ながら、ボソリと呟いた。


「そんな他愛のないやり取りが……好きだったんだな」

「そうです」


 カリトゥは即答した。

 やはり迷いは――無い。


                ▼


 ところが街に入った途端、聞こえてきた声にカリトゥは動揺してしまった。


 そしてそれを見透かしたように、ワルヤがこんな事を言いだす。


「カリトゥ。君は忘れていたな。自分が質問した事を」

「な、何を……!?」


 カリトゥの動揺は激しい。

 今すぐにでも走り出したいが、それも思い切れない。


 そんなためらいの合間に、ワルヤは指摘したのだ。

 カリトゥのミスを。


 兜に隠されて口元しか見えないが、それでも伝わって来る悪戯いたずらな――そして優しい笑みと共に。


「俺がアトマイアを出て、何処どこに行っていたのか? 答えは『テンペンタ』。ずっと南に行った港町だが……それは君にとって重要じゃ無いだろ?」

「ま、まさか……本当に……」

「俺が呼んだんだ。をな」


 そうだ。


 アトマイアの混乱はカゲンドラ追放の影響が長引いていたわけではない。

 

 マコトだ。


 マコトがアトマイアに現れたのだ。

 だからこそ、アトマイアは再び混乱したのだろう。


 カリトゥは駆けた。


 迷う必要は無かった。


 マコトはアトマイアの中心。

 だからこそ、その居場所は――


 マコトは跳ねた。

 広場目がけて。


 多くの探索者が集まっていた。


 アルジュンがいる。リタとルパがいる。

 デニスもいる。エクレールもミランもシーラもみんな。


 けれど、そんな探索者の中で、間違えようがない後ろ姿が見える。


 長い漆黒コール・ブラックの髪。

 アトマイアの乾いた風にさらされても尚、その艶やかさにかげりは見られない。


 その髪をかき上げるようにして振り向いた。

 そしてカリトゥの姿を見つけて、けぶるような笑みを浮かべる。


「カリトゥ。慌てなくて良いよ」


 その声。その響き。


 カリトゥの胸をうつ。


 そう。こそが“異邦人”――マコト・イトウだった。

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