結論は涙で濡れて

 マコト・イトウは“異邦人”だ。


 で、あれば強力な技能スキルを持っているはずなのだ。

 そして、最初から完成している。


 そういう存在であったはずだ。


 それなのに……


「そのは確かにあったんだ。俺はその時、マコトに引退を勧めた」

「じゃ、じゃあ……ワルヤさんが抜けたのって……」


 ワルヤは小さくうなずいた。カリトゥが反射的に声を上げる。


「そ、そんな見捨てるみたいな事――!」

「弱くなっていくマコトを見続けろと? その気持ちは君ならわかるはずだ」


 言葉を失うカリトゥ。


 カリトゥがに気付いたのは、もっと後になってからだ。マコトは今まで出来ていたことが、出来なくなっていたという事に。


 それはまるでになるかのようだった。


「それに、一緒に行動し続ければマコトは俺を羨ましがるかもしれない。嫉妬するかも知れない。自分を惨めに思うかも知れない――だから俺は離れた。でも……」

「マコトさんは……辞めようとしなかったんですね。探索を……」


 それもまた、カリトゥには理解出来た――どうしようもなく。

 

 気付いたカリトゥもまた、マコトに言い続けていたのだ。大迷宮に向かう事を辞めるようにと。

 探索者を引退する事を勧めてもいた。


 実際、アトマイアにも引退した探索者は多く暮らしている。

 マコトの功績から考えれば――

 考えれば……


「……もう……マコトさんは、アトマイアにも……」

「そうだな。あまりに存在が大きすぎる。あいつがアトマイアを出る判断をした事については、さすがと思った。俺が意外に思ったのは、君が残った事だ」

「だからそれは!」


 思わず立ち上がろうとするカリトゥ。

 だが、まだ回復できたわけではない。そのままよろめき、座り込んでしまう。

 そして、落とした視線のまま――


「……マコトさんが、そうしろって……先に進んでくれって」

「君は、それにしたがったんだな。自分の本心を大事にする事はせずに」


 ワルヤは、そのまま謎解きを進めた。


 カリトゥの行った面接。そして順番。

 確かに、その意図はマコトとの探索の追体験が主な理由なのだろう。


 しかしそうなると、わからない部分がある。


 カゲンドラだ。

 なぜカリトゥは、カゲンドラを選んだのか。


「君、最終的にはカゲンドラをつもりだったな?」

「……今はもう……」

「思い直したようで、何よりだ――もっともデニスのところに移籍すると、君が決める頃には、奴は追放になっていたようだがな」


 ワルヤを疑いの眼差しで見つめるカリトゥ。

 ここまで見抜かれていたとなると、改めてカゲンドラ追放の裏側に、この男がいるのではないかとカリトゥが考えてしまうのも無理はない。


「それで君は帰ったら、デニスのパーティーに加わるのか?」


 それはただ、改めての確認だったはずだ。

 だが、ワルヤの声にはとがめるような響きがある。


 カリトゥは、それに敏感に反応して顔を上げた。

 まなじりを決する。


 だが、敏感になると言う事は――それだけその確認が、カリトゥの心をえぐったという事。


「――だって、他にやりようが無いでしょ! ワルヤさんが何を言いたいのかはわかります! でもそんな事許されるはずがない!」

「マコトに言われたからか? 君が大迷宮にこだわるのは」

「それがマコトさんに言われたままだって言いたいんですか!? そんなこと……そんなことではなくて……」


 カリトゥの叫びは――

 叫びは……


「ああ、だいたいわかった。やっぱり、そういうことだったか。それなら君は先に進むべきだ」


 その叫びに、ワルヤは事も無げに応えた。

 何もかもを見透かしているかのように。


「結局……マコトさんと同じことを言うんですね」


 ワルヤの態度は、自分をからかっている。

 そうカリトゥが考えるのも仕方の無いところだろう。


 だがワルヤは首を振った。


「マコトが言ったような、努力目標みたいな事じゃ無くてだな。あっち見てみろ」


 そして左手で、広間ホールの奥を指さす。

 いや奥というのは、2人がホールに入ってきた場所から考えると逆側であるだけだ。

 

 今まで、そのを確認しなかった事はカリトゥの消耗度合いを、示していると言える。

 カリトゥもそれを実感するが、その後悔に似た感情はすぐに打ち消された。


 確認してしまったカリトゥは、驚きに満ちた声を漏らす。


「扉……? それに……これは……」

「やっぱりそう直感すみえるか」


 その扉は今までで見てきた、そして開けてきた扉とはあまりにもおもむきが違う。


 両開きである事は良い。


 だが、その扉はあまりにも巨大だった――いや巨大すぎた。

 冠蜥蜴バジリスクの巨体であっても、余裕を持って通り抜けられるほどに。


 それに施されている装飾も荘厳だ。

 見た事も無い黄金色の金属で扉は縁取られ、その内側には色とりどりの宝石がちりばめられている。


 これだけの存在感を示す扉。


 ――出口。


 そうとしか受け止めようがない。


               ▼


 巨大さからはうかがえない軽やかさで扉は開いた。

 

 扉に魔術が施されているか、あるいはとてつもない技術のたまものか。


 その異様さは2人に警戒心を抱かせたが、それはほんの一瞬だった。


 何故なら、開かれた扉の向こうを覗いてしまったから。

 誰も見た事が無い、大迷宮の向こう側――それを見てしまったのだから。


 まず無数に灯っている、青白い光が見える。

 まるで星のように。


 一瞬、外に出たのかと錯覚しそうになる。

 星空、だけでは無い。まるで青い月のような光までも見えたのだから。


 だが外に出たわけでは無いことにすぐに気付く。


 今まで地中深くに降りていったのだから、地上に出るはずが無いという理屈。

 そして月の光に見えた、青い光。


 それがさらなる低い場所にある深淵で輝いている事が理解出来るのだから。


 一瞬、月を映す湖のようにも感じたが、水が張っているわけでは無い。

 ただただうつろな空間から、青い光が溢れ出していた。


 その光に目が慣れる。

 やがて、耳がある事を思い出す。


 青い光が揺蕩たゆたっている深淵に落ちてゆく水の音。

 それが聞こえてくるのだ。


 それがいくつも重なっている。


 滝だ。


 何本もの滝が、深い場所へと落ちてゆく。

 青い光に照らされながら。


 では星のようにちりばめられた青い光は……?


「と、砦か? いやこれはもう……」

「お城……いやこれはもう……街……積み重なった街……」


 夢見るように。

 本当に夢を見ているかのように。


 カリトゥがつぶやく。


 2人が突破してきた「大迷宮」もまた、そのような造りだったのだろう。

 滝を飲み込む深淵の向こう側に、無数の青い光が灯された人工的な石壁がある。


 その光景は確かに美しかった。


 だが果たしてそれは「大迷宮」を突破した事が報われる光景だったのか?

 それとも、まだ探索する場所があると喜んでも良い光景であったのか?


 マコトが報告した、エルダー・バンパイアは果たして何処どこから現れたのか。


 この地下にある“城”の主は、そのエルダー・バンパイアなのか。


 わからない。

 何もかもがわからない。


 だがそんな光景を両手で抱えるようにしたカリトゥは一筋の涙を流す。


 ――まるで結論を見つけたかのように。

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