「急転落下」
あるいつもののどかな昼下がりだった。いつもの通りイタチ大明神様に話しかける。
「大明神様、おらあ、ずっと絵巻物語を描いていたいな」
すると、チリンチリン、チリンチリンとかすかに鈴の音が鳴った。そして、
「ほうか」
と頭の中でまるで大きい木づちで地面を叩きつけたようなそんなプレッシャーのあるずしりとした声が響きわたる。
遠くで雷の音が聞こえる。
ごろごろごろ
どこからか墨汁のような真っ黒い雲がわき上がってくる。どんどん真っ黒い雲が空を覆っていく。空がぴかぴか光っている。雨がぱらぱらと降り出す。急いでお宮の軒下に隠れて雨宿りをする。
またさっきの野太い声が聞こえる。
「その言葉、ずっと絵巻物語を描いていたいって言葉、本気なんじゃな」
びしゃん! びしゃん! どっがらどっがん!
ぴかりと閃光が走りそのあとすぐに胃がパンチでなぐられたようなそんな重くそしてまるで地上の神様が怒りを解き放ったかのようなそんな激しい爆発音がした。
「お前は何を為したい」
「お前は何を対価として差し出すのか?」
「お前の魂をよこせ!」
脳に声が響きわたる。身体がまるで氷がまとわりついたかのように凍える。思わず目と耳をふさぐ。目の前が真っ暗になる。ざーざーと黒く重たい雨が降りしきる。
「我を見ろ タヌキ」
「我を聞け タヌキ」
「我を感じろ タヌキ」
「我を嗅げ タヌキ」
「我に触れよ タヌキ」
怖い 怖い 怖い
一瞬怖い物みたさでちらっと目を開ける。そこには、一本足のにぶく白くかがやく骸骨が腰のひょうたんをあおって立っていた。何の動物かは分からない。右手には杖を持っていた。液体は口からのどに入るがバシャバシャと地面に流れ落ちていく。
骸骨の目のあたりのくぼみがこちらを見ている。
びしゃん! びしゃん!
とめどなく雨が降り注ぎ、雷鳴がとどろき渡る。骸骨がじっとこちらを見ている。目をそらせない。やがて片手を振り上げた。
「闇を知れ。小童が!」
かたかたかたと骨が笑う。
雷がずどんと落ちる。目の前が真っ白になる。身体に激痛が走る。
「あ、あ、あ、あ、あ、あ」
ばたんと倒れてしまう。身体がびくびくとけいれんする。そして意識が遠くなっていった。
気がつくと山の中で一人横になっていた。起きてびっくりした。周りの木々が黒く焼け焦げ、地面からは肉の焼けたにおいが漂っていた。
「お前、死んじまえ」
「お前、周りみんなから嫌われているよ」
「お前、息したな」
「お前、今死のうとしたな」
「お前、今呼吸が荒くなっているな」
「お前、今うんこしたいだろう」
脳に常にこんな言葉が響きわたる。
「助けて欲しければ田んぼの稲を全部抜いてしまえ!」
「助けて欲しければかっぱの親父の前で半裸になって踊れ!」
「助けて欲しければ!」
「助けて欲しければ!」
「助けて欲しければ!」
「お前の命を捧げよ」
頭を抱えて座り込む。
うるさい! うるさい!
うるさい! うるさい!
うるさい! うるさい!
頭の中で音楽が鳴り渡る。
そーりゃっさ そーりゃっさ
あれやこれや あれやこれやの
そーりゃっさ そーりゃっさ
ぐでぐでぐで ふぐふぐふぐ
あっあっあっ あっあっあっ
どでんがだん どでんがだんの
そーりゃっさ そーりゃっさ
わけがわからなくなる。たまらなくなって走り出した。脳の中の声は半裸になれと命令する。上着を脱いで捨て去った。
そのまま山を降り河童の親父の家へと駆ける。扉をどんどんどんと叩く。
「だれじゃあ、うるせえぞー」
「僕じゃ、僕じゃ、タヌキじゃ」
扉ががらっと開く。そこには野ねずみの坊ちゃんが突っ立っていた。その場で踊り出す。苦しい。苦しい。苦しい。死にそう。脳の中にいるこいつが命令してる。逆らえば殺される。
うんだっだ うんだっだ
うんだっだ うんだっだ
「お兄ちゃん、何やってんの?」
その時、金切り声が聞こえた。
「坊ちゃん、良い子だからこっちにいらっしゃい」
野ねずみの坊ちゃんがタヌキを指さす。
「ねえねえ、お兄ちゃん、何やってんの?」
野ねずみの母親の顔は蒼白になっていた。
河童の親父が走ってきた。そして荒縄で身体をぐるぐると縛られた。そしてかつがれてどこかへと運ばれる。
ある藁ぶきの家へと連れてこられ何かの薬を飲まされる。布団に寝かされた。まだ脳の中で声が聞こえる。声が聞こえる。声が聞こえる。
ああ、眠くなっちゃったな。
ああ、眠くなっちゃったな。
床で何日も眠り込む。
ぐーぐーぐー
ぐーぐーぐー
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