「平和な日常」
あるところに一匹のタヌキの子がいた。名はタヌキ。いつも筆を口にくわえ葉っぱで作った和紙を背中に背負っておった。腰には墨の入ったつぼをぶらさげている。そして田んぼで稲を植える仕事や野菜の種植えや収穫を手伝いながら絵巻物語りというものを描いていた。
「やー、タヌキ、おぬし、絵巻き物語作家なるものを目指しているんだって?」
緑の皮膚を持ち、頭に水と日光によってきらめいている皿を持った河童の親父という化け物が、ははっと笑う。河童の親父はきゅうりをもぐと黄色いくちばしでシャクシャクと音を鳴らせながらかみ砕き胃の中に入れる。
「そうじゃ、何か悪いか?」
「おぬしは、あほうじゃ。そんな夢物語を見ていないで働け」
はっとして河童の親父を見るとにやにやと笑みを浮かべている。
「俺の夢を馬鹿にしとるんか?」
「ああ、してるよ。どうせお前みたいな馬鹿がそんなたいそうなものになれっこないってね」
そこへ、野ねずみの親子が通りかかった。野ねずみの親子は茶色い毛並みにくりっとした目をしていた。背中にはタケノコの入った籠を背負っている。河童の親父がおおいっと叫ぶ。野ねずみの子どもはこっちに走ってくる。親がそれを見て、
「待ちなさい。これ坊ちゃん。そんなに走ったら転びますよ」
野ねずみの子どもはわあいと叫んでくるくるとその場で踊る。
お天道様がかっきらきんときらめき渡り
入道雲がおおいと叫んで勢い余って雨降らす
ひまわりの花はのんきに黄色い花咲かせ
ウグイ君はきままに泳いでる
僕も踊ろう
そーりゃっさ、そーりゃっさ
そーりゃっさ、そーりゃっさ
野ねずみの坊ちゃんは子タヌキの前にやってくると、
「あー、ろくねなしだ。うちのかーちゃん言ってた。こいつ夢ばかり語って全く働かないごくつぶしだって」
ちなみにろくねなしはろくでなしという意味である。この野ねずみの坊ちゃんはまだ舌がそんなに回らないのだ。
遠くから野ねずみの母親が「あー!」と言いながら駆けてくる。野ねずみの坊ちゃんは、
「ねえ、またお話聞かせてよ。タヌキの兄ちゃん! この間のカエルが蛇と戦う話、また聞きたいな」
一体、褒められているのか、けなされているのかよく分からない。野ねずみの坊ちゃんは天真爛漫なのだ。思っていることを口に出してしまう。僕とよく似ている。だからこそ、
「いつでも聞きにおいで。また話作っとくよ」
「わーい」
そのとき、野ねずみの母親が追いついて、坊ちゃんの頭をぽかりとする。そして、
「まったく、この子は何言ってんだい」
「何すんだよ、カカア」
そのとき、野ねずみの母親は河童の親父に気がついた。
「そうでした。そうでした。何か御用ですか?」
河童の親父はむにゃむにゃと口ごもるとやがて言った。
「今日も天気がよくて気持ちいいね」
「むにゃむにゃ、そうですわね」
こうして今日ものどかな一日が過ぎていく。
タヌキは基本夢追い人という名の怠け者だと思われている。周りからはよく夢を追っていないでさっさと働けと言われる。
日課がある。
それは、イタチ大明神様に願を掛けに行くことである。イタチ大明神のお宮は裏山のふもとにある。青々とした木々がざわざわと気持ちのいい音を鳴らしている。吹いてくる風もさわやかで気持ちがいい。石の鳥居をくぐると、そこにちょこんと小さなお宮が祭られていた。
宮の前に座り、まんじゅうを捧げ祈る。そして石段に座り心の中でイタチ大明神と会話するのである。
「ねえねえ、イタチ大明神様。ぼく本当に絵巻物語り作家になれるのかな」
「・・・・・・」
「そうだよね、何でも神頼みじゃ駄目だよね。ぼくもっと絵巻物語り描くよ。だから見守ってくれるとうれしいな」
「・・・・・・」
そのあと石段にて筆を取り出し紙に物語をさらさらと描いていく。
いつしか一番星が空にきらめいていた。そっと立ち上がり
「じゃあね、イタチ大明神様。また明日来るね」
タヌキには友達がいない。だからここで石段に座り物語を書いたりイタチ大明神様に話しかけたりしているのだった。
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