第9話 奴隷商館


 錬金術師ギルドを出たがまだ正午の鐘は鳴っていない。それでも小腹がすいた。


 錬金術を使うと腹が減るのかもしれない。


 ちょうど道端に屋台が出ていたので、そこで串焼きを二本買った。何の肉かわからないが、焼きたてだったせいもあり結構うまい。食べながら通りを歩いていくと、大きな店の前に立ったツルピカ頭のおっさんが、俺の方に会釈してくる。


 俺に用なの?


 身なりがいいから、客と思ったのかな。ここはなんの店かとそのおっちゃんに聞いたところ、


「ここは、この町で一番大きい奴隷商館です」とのこと。


 奴隷という言葉自体日本で使うと怒られそうだし、まして奴隷の売買となると……。まっ、ここは俺にとってはファンタジーワールドだ。軽く考えていいだろう。


 というわけで、


「へえ、奴隷売ってるの? 例えば、きれいなお姉さんなんかも?」


 つい、本音で聞いてしまった。


「もちろんです。美人の奴隷もいますし、家事全般をこなす奴隷などいろいろ取り揃えております」


「ほう、面白そうだね。少し中を見せてくれる?」


「もちろんです。お客さま、こちらにどうぞ」


 言われるまま、俺はおっさんについて店の中に入っていった。


 玄関に入ると、窓からの調光が良いせいか、広く明るい感じのホールになっていた。天井も高く、観葉植物の鉢植えなども置かれており、かなり洗練されている。かなり羽振りが良いのだろう。


 そうだ! かねができたら、何人か有能そうな奴隷を買ってそいつらに仕事を仕込んで働かせてやろう。俺が何もしなくても左団扇ひだりうちわで不労収入。まさにウハウハだ。


 体に障害がある奴隷がもしいれば、おそらく安く買えるだろうからなおのことウェルカム。俺のポーションがあれば一発で治せるもんな。


 さっそく商談開始だ。手持ちおかねはあまりないが、奴隷の値段は気になるからな。おそらく子どもの奴隷は成人した奴隷よりも安く買えるだろうし、分別ふんべつのついて軽い力仕事くらいできるなら子どものほうが物覚えが良さそうでいいような気がする。


「きれいなお姉さんは冗談だ。10歳から15歳くらいの子どもの奴隷が数名欲しいんだがな。その際、体に多少の障害があっても構わないから。障害があれば、多少は値引きしてくれるんだろ?」


「体に障害があっても構わないのですか? それでしたら、子どもですし、かなり値引き出来ますよ。そうですね、子どもの奴隷でも、一人当たり金貨五十枚はいただきますが、手足の不自由な者だと、金貨二十枚ほどで結構です。未成年の奴隷を預かればある程度の教育などを施す必要がありますので、国からの補助が幾分あると言っても、食費や衣料費などを考えれば足が出ますので」


 子どもの奴隷はおそらくニーズは少ないだろうが、国から補助が出るならある程度あずかっておけるわけだな。こういった店で預かれば浮浪児も減るし、国からみれば補助の意味合いは大きそうだ。しかし人間一人、子どもだと言っても意外と安い。この際だから、このままここで買ってしまうか?


「じゃあ、何人か見繕ってくれるかい?」


「かしこまりました。ここに連れてまいります」


 おっさんは、控えていた丁稚みたいな若造になにやら言うと、若造は奥の方に駆けていった。


「しばらくここでお待ちください」と、丸机の前の椅子を勧められた。


 椅子に座って待つことしばし。


 若造が子どもを四人ほど連れてきた。


 四人とも10歳くらいに見える。全員女の子だった。意外にこざっぱりしている。そりゃ、商品だものな。


「うちで今抱えています10歳から15歳の奴隷はこの四人になります。この子は、事故で両親を失ったとき片足が不自由になり、身寄りもなかったため、ここで引き取りました。残りの女の子三人も孤児ですが、体に障害はありません」


「ここの子どもの奴隷はほとんど孤児なのかい?」


「左様でございます」


「なるほど。

 それじゃ、全員買うとすると、金貨百七十枚かい?」


「四人まとめてお買い上げくださるのなら、お客さまとはこれからもご縁がありそうですので、金貨百五十枚で結構です。

 ご契約前にお客さまに確認事項がございます」


「何だい?」


「まず、奴隷は国外へは移動できませんので、お含みおきください。国外へ奴隷を連れだそうとした場合、または連れ出した場合、厳しく罰せられます」


 見つかることはまずないと思うが、魔法が普通にある世界だから、意外とそういったものは簡単に見つかるかもしれないし。なんにせよ、そういう決まりなら従うだけだな。


「こういった子どもの奴隷は、借金したわけでもありませんし、罪を犯したわけではありません。ただ運悪く孤児となった子どもたちです」


「うん。そうだな」


「そういうわけでして、孤児奴隷は成人する18歳で奴隷から解放されます。従いまして、奴隷から解放された者はそれまでの主人のもとを離れる自由を得ます。今まで通り主人のもとで働く場合は奴隷ではなく一般雇用契約に基づいて奉公人として扱う必要があります」


「なるほど。具体的には?」


「仕事に見合った給金を支払う必要があります。

 そういった制約がありますが、それでも、この子たちをお買いになりますか?」


「もちろんだ。要は18歳になるまでに一端いっぱしの人間にしてやればいいってことだろ?」


「左様でございます。奉公人に支払う最低の給金は市庁舎に張り出されていますのでそのときご確認ください」


 なかなかよく考えられたシステムじゃないか。こういったシステムを以前ラノベで読んだことがあるが、アレの題名は確か『真・巻き込まれ召喚』とかだったような。あれは面白かった。


「わかった。

 じゃあ、四人まとめてもらおうか」


 金貨百五十枚をアイテムボックスから丸机の上に取り出す。一々数えなくても金貨が十枚重なって、十五個出てきた。さすがはアイテムボックスLvMax。かゆい所に手が届く便利機能付きだ。


「確かに、金貨百五十枚お受け取りしました。こちらが領収書を兼ねた買取り証書になります。失くさないようお願いします。それでは、改めてありがとうございます。今後ともよろしくお願いします。私、当店の店長代理を務めておりますフッター・ロードと申します。失礼ですがお客さまのお名前は?」


「ゼンジロウという。こちらこそ今後ともよろしく」


 何やら書かれた五枚の羊皮紙を受け取った。サインとかはいらないらしい。そのまま、ポケットを通してアイテムボックスに入れておいた。



「それじゃ。お前たち、俺についてこい」


 偉そうに言ってみただけでも、ちょっと偉くなったような気がした。


 先に奴隷商会の外に出て、四人の出てくるのを待っていると、恐る恐るといった風に四人が固まって、扉から出て来た。


 その後ろで、フッター・ロード氏がお辞儀をしている。


 俺は怖いおじちゃんじゃないんだけどな。


「お前たち、もうちょっとシャキッとして俺の後についてこれんのか? シャキッとしろシャキッと! 返事は?」


「「はい。ご主人さま!」」


「それでいい。おまえたちメシはまだだろ? 昼メシにしよう」


 すぐに目についた店はいていた。その店にぞろぞろと入る。


 あちゃー! こいつら、裸足かよ。先に身の回りの物を買っとけばよかったな。


 裸足で床の上を歩くとペチャペチャと音がして、なんだか俺の方が赤面する。まあ、店の人も何も言わないからいいのだろう。


 いていた長めのテーブルに五人で座り、


「おーい! 昼のお勧め五人分」


 店の人が見えないので、奥の方に向かって大声をだしたら、


『あいよ』


 元気に店の奥の方から小太りのおばちゃんが顔をのぞかせて返事をしてくれた。なんかいいね。



「あいよ。今日の定食五人分」


 おばちゃんが、器用に皿を五枚持って戻ってきた。


「スープとパンは、すぐに持ってくるからね」


 おばちゃんは、テーブルの上に皿を並べ、奥のキッチンに戻っていった。


 皿の上には、ハンバーグぽい何かとポテトっぽい何かが乗っている。


 木でできたナイフとフォークとスプーンがテーブルの上の籠に束になって置いてあるのを手分けしてみんなに配る。


 おばちゃんが、トレイに載せたスープを持って帰ってきた。丸パンが山盛りになった籠も器用に抱えている。


「パンは食べ放題だからね。なくなったら遠慮せずに言っとくれ」


 そう言っておばちゃんは戻っていった。


「そういうことだから、みんな遠慮せず食べろよ」


 四人は黙々と食べ始めた。


 定番だと、ここでそろって『いただきます』と言って食べ始めるところだが、そのうちでいいか。


 さきほど串焼きも食べているし、俺にとっては、あまりおいしいと思われないメシだが、奴隷の少女たちにとっては違うらしい。


 とてもうれしそうにほおばっている。会話はないがどこかほほえましい。


 俺はスープにパンを浸して口に運びながら、これからのことを考えていた。


 まず、こいつらの身の回りの物を買わないとな。


 それから、宿屋。


 もう少し金が貯まったら、拠点となる家も欲しい。




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