尸者


からすが黒い」の対偶は、「黒くないものはからすではない」である

 アイルランド系イングランド男性の配偶はUSA国籍の日本女性である

 黒い鳥に飛ぶように促す曲が収録されている白いアルバム

 別のアイルランド系イングランド男性が訥々とつとつと弾き語る

「アイルランド人は西欧の黒人」かもしれないがアイルランド人は黒人ではない

 イングランド人はインド人をアイルランド人と見做さないために別の生贄を探したい

「アイルランド人は西欧の黒人」の対偶は、

「西欧の黒人でないものはアイルランド人ではない」

 である が この調とないは未済みさい

 次の羊が屠られるにはまだ

 一画足りない



 硯砕けてもう五日

 墨の無い書房の時間

 うつけた不得手の足し算

 おもの表に 映えたのはもう何時か

 澄み切ったともの雪花

 融けて射干玉ぬばたま ああたれが留め措けたか


 何も描かれてない九相図の真贋を言い争う

 まなこすら開いてない坊やたちなりの鑑賞法

 その世にも稀なる至宝が独りで造られたとでも?

 ならば導いてやろう あの名すら無い匠どもの方



 その話、誰から訊きました?

 もう随分噂にもなってなかった気がした

 いや私も自信がないんですが、確か

 明日の宵ごろじゃなかったかしら

 とは言ってもね、ここら一帯の営みは

 もはや昼も夜も無いもんだから

 どこか山っぺりで手頃なましらでん取っち来て備えたがよか


 真実ならば計りか何かで

 目方めかたいくらか測れようが

 隠逸いんいつなまま知らばっくれよって

 行方眩ました慮外者りょがいもん

 またぞろ岸辺ですなどって

 裂いた鰯をひさぎようか

 死臭隠すべくうずたかく積まれた

 魚どもの重さを測るには


 一画足りない 計りの針が無い

 帳尻が合わない 一画足りない



 草臥くたばった者どもの塚 覆しても探し物が

 見つかりませんか? 愚弟さん

 あな口惜しや あなたの姉の

 たばかられた阿呆どもが

 捏ね上げた土器かわらけが 砕けちるきわ噬臍ぜいせい



 屠られるまでには未だ一画足りない



 くたす身をひらに押し延べて

 喚ばうふみとよもす

 差し出すおのこに名はもはや無い

 知らぬおとの便りが吃る



 届くこと信じて疑わぬ便箋の

 にも思い上がり甚だしい赤心を

 いっそのこと焼いて焼いて焼いて黒ずませよう

 白くも在れぬ無様晒すがその身に相応


 ほのめくお前は何者にもなれない

 灰となるにさえまだ二画も足りない

 ほむらに舐めてもらえるだけの肉さえ持たない

 垣間見るだに闇は極まりお尻が懐胎


 妙なる手練てだれたる姉のとないに

 会えてもなお悟らぬあだの隣に


 お前どもの寝ぐらごと焚き付ける藁火わらび

 の周りではしゃぎ回って暖を取るわらし

 よく寝てよく喰べて何よりもよく笑い

 そのうち童どもが自ずと催す歌垣うたがき


 尸者どもの行列に終わりはなく

 背と腹かえながら輩と居並ぶ

 尸者どもの行列に終わりはなく

 しかと聞こえはした韻律に学ぶ


 姉の詩は誰の死で おとおとそぞごと



 黒かった烏が死んで昏くなったように

 お前もまた新たな色を帯びてここに来た

 ひとつの生を終えた者がかろうじて与る褒美

 その証を取ってこい 私たちは豊かだった


 こちら側に移行したならば もう前の世のことは手遅れだ

 しかし誰もが忘れたことをお前だけが憶えている

 夜にも似ない黒さでお前だけが響かない

 その音に刻まれた名前をここで焼きなさい

 


 屠られるまでには未だ一画足りない




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