浮く家 (ein Glückliches fällt)

 浮く家に住んでいたなら

 震えに怯えることもないだろう

 浮く家に住んでいたなら

 地滑りも足元を掠めないだろう

 浮く家に住んでいたなら

 安らいで眠ることができるだろう

 だが浮く家に住んでいたなら

 地に足を下ろすことは永遠にないだろう


 うけいて固めた父祖の土は もう 跡形も無いから

 江湖の狭間に場所を求め 鉄刀木たがやさん

 罅割れ砕けた沮洳そじょの身には 実りを望むべくも無いなら

 敷物とせよ 宿直着とのいぎ奴輩しゃつばら



 浮く家に我々は住んでいたろう 確かに 一時

 しかしそれを浮かしめていたのは 無数の物言わぬ人骨であったろう

 浮く家の中での安穏は その内外での屠りにあずか

 いしずえの傾きを見ぬことによってのみ成り立っていたろう

 果たして人骨は耐えかねて 担うに値せぬ家屋を落とした

 驕奢な伽藍が地のおもてを打った

 しかしその音には聴き憶えがあった

 いかにも それは鍬の音であった


 浮かばれぬかばねの一々を 如何に洗い清めやも

 そも 汚れたるは我らの腕か

 如何いかんせん不浄の手指でもて

 土 耕すことのほかには

 目廢めしいのが垂れる前に

 しのぎの

 


 そして我らが立っているのはただの地べた

 誰が逃げたかは知らないが たった今しがた決めた

 これからはもう誰も追わないし誰も拒まない

 浮かばれない無数の屍がこの脚を離さない

 結局は、この庭を耕すしかないのだから

 ただの地べたで 誰一人 置き去りにされないように祈ろう

 いや今度こそは 誰一人 置き去りにしないと誓おう

 ここから 我らが


 浮く家の潰え この歌とて

 誰も歌う者が無いなら

 響くことさえも無かったろう 今生に

 然して 何かの因果によって

 在らしめられたこのも看板

 だが居たいだけ居るがいいさ

 好きなだけな


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