インペント ~その者、人にあらず~
鉄華巻
第一話 ドラ息子とゴミ虫
「今日はいい天気。雲一つない、まさに絶好の狩り日和!」
少年はそう言って、木の上からあたりを見回していた。背中にはお手製の石槍を携えているのもあって、服装に気を留めなければ完全に原始人のようだった。
そして少年は、木陰で小休憩を取っている鹿に狙いを定めると、音もなく鹿の脳天めがけて全体重をのせて槍を突き出した。もはや野生の肉食動物である。
そのまま鹿の頭を串刺しにした青年は、地面におりたつと鹿の目の前で手を合わせ
「ふふん、これなら....充分だろ。ありがとうございます。いただきます。」
そう呟いて、慣れた手つきで鹿の血ぬきの準備を始めた。
その後。
「ノアさまぁぁぁぁ?!そんなモノを持ったまま屋敷にお入りにならないでくださぁぁぁい?!」
血抜きなどもろもろを近場の川でやった後、血の付いた服で鹿をくるみ野生児の風貌で帰宅したノア。当然、同じ年代の子がやることではないその異業に対して世話係のレイハムは卒倒しそうになってしまった。
「うるさいなぁもう....いいでしょーべつにぃー。」
毎度のごとく素っ頓狂な声を上げるレイハムに内心うんざりしながら、ノアは口をとがらせた。
「そんなことをおっしゃらないでください!わずか十年足らずで大商人となり、いまや都の『リンベル』で活躍なさっている。あのリョウヘイ・イグチ様から直々にあなた様の教育を仰せつかっているのですよ?絶対に私が、ノア様を優秀にして見せなければならんのです!」
そう言いながら大げさなジェスチャーをするレイハム。
今年33を迎えたらしい、この”風船野郎”を、正直あまりノアは信用していなかった。というか嫌いだった。なぜかはノア自身よく分からなかったが。
「.....そんなこと言ったって、じいちゃんが大きくなったのもここの酒の商売がうまくいったからでしょ?まったく、あんなくっさいしまっずい飲み物、なーんであんな売れるんだか。」
そう言って、レイハムをまねて大げさにお手上げのポーズをとるノアと、あれは大事なんですよ特に仕事終わりとか...などとつぶやき始めたレイハム。毎日無事平穏である。......
.....「そもそもここ、何もなさすぎるんだよなぁー。大きい獣が出て、皆がピンチ!そこをカッコよく討伐する!みたいなカッコいいことがしたいなー。」
あの後、服を着替え鹿肉を練習通りに焼いておくように使用人に言いつけた後、レイハムの勉強を受けるノア。
「そんな縁起のないこと言わないでくださいよ。というかここ。ノックスの村じゃ、そんなことそうそう起きませんよ。そんなこと言ってないで、お勉強の続きをいたしますよ。ほら、本を開いて。」
「....はーい。」
そう言って、本を手に取る。
『インペントと呼ばれたヒト達。 アッシャー・ピペット著』
という本だった。内容は、
『インペントとは、簡単に言ってしまえば『魔法』を使うことのできないヒトのことである。ただそれだけの違いだが、人々の優越感を煽るのにはそれだけで十分だった。そも、語源は『魔法』が使えなかったことを何らかの病気ととらえていた時の仮の病名に過ぎなかったが、今は侮蔑の意味を込めて使われるようになってしまった。とされている。
追記、インペントはどうやら、親から子に遺伝しているとの情報が報告された。』
とのことだった。.....インペント、ねぇ....。
「....そういや、どうやって人とインペントの違いを判別してるの?」
ノアは、単純に気になったのでレイハムに聞いてみた。
「それは....あっ、聞いたことありますよ。確か、そのインペントを狩る部隊がいて、そのヒト達は特殊な『キカイ』を使って見つけてくるんだそうです。まぁ、こんな田舎には来ないでしょうがね。......なので大方、インペントとして売られるのは都付近の連中か国外から来たヤツだけですよ。」
そう言ってちらっと窓のほうにいる彼女を細目で見るレイハム。なぜかノアは、その行為に激しい嫌悪感を覚えたが、ぐっとこらえて窓のほうを見る。
そこには、小さいながらも頑張って窓を拭く女子、ソフィアの姿があった。
彼女は、数年前にイグチ家に”買われた”インペントだ。ノアのじいちゃん..リョウヘイ・イグチが、ノアの遊び相手にと隣国の『ギデーテル王国』から買い付けた。
最初は、ノアも好きなようにこき使える給仕係程度にしか認識していなかったが、彼女が動くたびに揺れる長い金髪や優しげなたれ目、そして何より笑顔や、仕草、その明るさにひかれていき、次第に異性として意識するようになっていた。
だが、この世界の『人』であるレイハムにとってみれば、たとえ子供の女の子だとしても、大人のインペントとなんら変わらぬ軽蔑の感情しか湧かなかった。
「はぁ.....リョウヘイ様も物好きな人だ。あんなゴミ虫などに大事な資金をお使いになるなど....ドブに捨てたほうが時間の浪費がない分まだ建設的だというのに。」
....わざとだ。わざとこの風船野郎ソフィアに聞こえるように言ってやがる。
一発ぶん殴ってやると握りこぶしを作った時に、ノアはソフィアと目があった。
気にしてないと言わんばかりに少し肩をすくめる彼女に、”分かったよ”と目配せしてから、レイハムの腹に全身全霊の一撃をぶち込む。完全に油断していたレイハムは、「フゴっ?!」と無様な声を上げて椅子から吹っ飛ばされる。
一発KOだ。ざまあみろ。
「よーし勉強終わり!何々?遊びに行っていい?そりゃあ良かった!じゃあな風船野郎!」
失神したレイハムの首を上下にがくがくとさせて、強制YESをさせると、まだ目を丸くしているソフィアの手首をひっぱって屋敷の外に出た。ついでにさっき焼かせた鹿肉も持って。
「ちょっちょっと、ノアさまぁ?!私まだお仕事がぁ....」
「あとで俺も手伝う!それでもなんか言ってくるやつがいたら...『”ドラ息子”に無理やり引っ張られた』とでも言っとけ!使用人はみんなそれで黙る!」
「それは、そうですけどぉ...」
そう言いながら、ノックスの外れに向かう。途中幾人かの人とすれ違ったが、全員そろって、何か言いたげな目線を向けてくる。
この目線の理由は明白だった。この村の子たちが親の家業を手伝っている中で、一人”あの”インペントと嬉々として行動を共にし、最近では獣を狩ってくる。なんて芸当も行っていた。村の大人達はそれを見て気味悪がり、陰で”ドラ息子”だの、”服を着た獣”だのさんざんに言い合っていた。
ノアはそのことを知っていたし、知ったうえで振舞っていた。だが、謎でしかなかった。なぜ、魔法が使えないだけでここまでのことをされるのか不思議でならなかった。
(.....そんなに、そんなにインペントを連れてることがおかしいかよ!)
ノックスは、プラテオール帝国の最北の村で周りを山脈に囲まれているような地形をしている。
ノアが言うじいちゃん。リョウヘイ・イグチがここで酒屋を始めるまでは、ただの集落に過ぎなかった。だが、インペントがいなくても昔から自分たちの魔法を駆使してやりくりしていた村人たちはインペントを所持してはいない、故に、村で唯一のインペントであるソフィアにはあまり皆良い感情を抱いてはいなかった。
.....ノックスの村をでて、山を少し登る。するとノアがソフィアと一緒に(というか半強制的に)作った秘密基地があった、洞穴をくりぬいたところに屋根を立てたようなチープな代物だが、二人で行動するときはいつもここが拠点だった。
「さて、今日は何の日でしょう?」
秘密基地に着くなりソフィアに訪ねるノア。
「ええっと....何かありましたっけ?」
特に思い当たる節はないと彼女は首をかしげる。
「んなっ?!今日はお前の誕生日だろーが!大事なものなんだから忘れんなよ!」
ノアの突っ込みでようやく思い出したようだった。
「あぁ、今日でしたか。うっかり。」と言って、てへへと笑うソフィア。
その仕草すらドキッと来るノア。
「だから、その、あの...誕生日プレゼントだ、喰えよ。フォークとかはないからそのままだけどな。」
そう言って、さっきの鹿肉を手渡すノア。
「いいんですか?ありがとうございます!.....えへへ、懐かしいな鹿肉。」
「あ、あぁ、今日の為に何度も狩ってきたんだ!味わって食べろよ?」
いただきます。と言って、肉をほうばろうとするソフィアは動きを止めた。
「ノア様は食べなくていいんですか?」
ノアは一瞬ビクッとした後「いらない」と答えたが、腹の正直さには勝てなかった。
ギュルルゥとノアの腹が鳴る。ソフィアは微笑んで、「一緒に食べましょうかといった。」
「硬ってえな。」
自然の鹿の発達した筋肉は想像以上に硬く、ノアがいつも食べている肉とは別次元の硬さと言って差し支えなかった。だが、
「でもおいしいですよ!これ、」
口いっぱいにほうばるソフィアを見ていると、表現しがたい幸福感が彼を包んだ。
いつもの、ただおいしいだけの飯を一人で食べている時には感じたことのない感覚だった。
肉を食べ終わると、いつものように山で遊んだ、木登りだったり四葉のクローバー探しだったり、動物観察(ノアはまた狩りに行こうとしたが。)をして遊んだ。
それは、いつも二人でやっていることだったが、飽きなかった。むしろ、いつまでも.....
遊び疲れて草原で寝転がっていると、ソフィアがこう話しかけてきた。
「今日はありがとうございました。ノア様。久々に鹿肉を食べれましたよ。おいしかったなぁ」
また食べたいなぁと、味を思い起こしているのか満面の笑顔のソフィア。彼女の横顔を眺めながらノアは口を開いた。
「ならまた、取ってきてやるよ!.....それと、俺と、その、ふ、二人でいるときは敬語なんて捨てちまえ!こ、これは、主人としての命令だ!」
歯切れ悪く言うノアに対しソフィアは嬉しそうに「分かったよ!ノア!」と言った、だが。
「でも、もう獣は取ってこなくていいよ?屋敷で聞いちゃったけど、あなたこの村の近くで血抜きとかやってるんでしょ?危ないよそれ、いくらノア様は魔法を使えるからって、オオカミは群れでくるんだよ?血の匂いにつられて来たらどうするの?」
魔法、という言葉にピクッとしたが、平然を保ってノアは、言い放った。
「ふ、ふん。大丈夫だよ。俺の『身体強化』の魔法は最強なんだぜ?」
そう言って自分の胸板をバンッと叩くノア。ソフィアは「....そっか。」と言って、話題を切り替えた。
「そういえば、ノアさま...じゃなくて、ノアって私と同い年だっけ?」
「ン?...あー、俺いま13だから少し遅いかな。」
「へー、じゃあ私のほうがお姉さんなんだ。」
「んなっ?!おれの方が偉いぞ!」
「...................」
「.................」
「..............」
そんな他愛もない談笑を、日が落ちるまで続けた。
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