第43話 聖森国


 夏季中旬。

 崖の国および聖森国はこの時期になると聖樹様の快方を願う、聖獣祭を行う。

 思えば幼い頃——あ、ジミーアの幼い頃から、聖殿はその切り盛りで大忙し。

 祭りを楽しむ余裕はなく、ジミーアの大人になったあとも薬作りに励んでいたせいで気づいたら終わっている、ということがほとんどであった。

 崖の国にいた頃でさえそうなので、私が市民として参加した聖獣祭はこれが初めて、といっても過言ではない。


「わぁ……」


 聖森国王都フェリーデ。

 ルシアスさんに招かれ、私はダウおばさん、タルト、カーロとともに町に入る。

 人間の私とカーロ、半獣人と一目でわかるタルトは微妙な目で見られていたけれど、エンスさんが手前を歩いて案内してくれるから表立って絡んでくる人はいない。

 エンスさん——ルシアスさんが行商人のふりをして村に来ていた時、馬のふりをしてに馬車を引いていた人。

 それを聞いた時は、部下を馬として扱ってたなんてと呆れたものだけれど、「馬の獣人は馬車を引いたり、背中人を乗せて駆けるのが大好きなので気にしないでほしい」と言われたのでそれ以上はなにも言えなかった。

 なにより、エンスさんが瞳をキラキラさせながら「ルシアス様が背に乗るのは特に興奮します」とのことなので、はい、これ以上は本当になにも言いません。

 むしろこの話はこれ以後封印といたします。


「出店がたくさん出てるんだな」

「お買い物なさるのでしたら、すべて城の方でお支払いさせていただきますのでご自由に」

「え! いえ、そこまでしていただくわけには!?」

「お気になさらず。むしろミーア様には薬代をまだ支払っておりませんので」

「薬代?」


 首を傾げると「本日使う薬です」と言われた。

 今日使う薬? はて?


「聖獣様へ献上される薬のことだばか」

「!」


 カーロにま身内されてハッとした。

 せ、聖獣治療薬のことかー!

 別にいりません、と断ろうと思ったけれど、エンスさんにその権限はない。

 断るのならルシアスさんに、直接、と言われてしまった。

 ぐぬぬ……。


「あれ、なに?」


 タルトが城の側にある白い建物を指さす。

 というか、その手には肉串やら果物やらジュースやらが山盛り。

 いつの間に?


「あれは聖殿です。祭りの主催であり、聖殿と城の中間にある『聖獣の座』で聖獣様への献上の儀が行われるのです。一般公開されますので、見に行きますか?」

「見たい」

「オレも少し興味があるな。ミーアは?」

「うーーーん……ある?」

「なんで疑問系?」


 ないと言えばないのだが、それではジミーア時代と同じになってしまう。

 私は——ミーアはジミーアと違う、ジミーアの時には経験できなかったことを経験する女の子になるのだ。

 それが私が歩むべき贖罪でもある。

 火聖獣様が『祝福』により教えてくれたこの世界の美しさ。

 私は愚かにも、その美しさの一片も気づかぬまま薬作りに没頭していた。

 闇聖獣様が私に“死”をお許しにならなかったのも、無理はなかろう。

 あんなに美しいものを知らないまま自死しようとしていたのだ。

 もっと多くの、この世界のことを……見て、聞いて、知っていく。

 それがこの世界に生まれたものの義務だ。


「じゃあぜひ見に行きましょう! アタシも王都をこんなふうに見て回れるのは初めてよ! さあ、三人ともアタシの背中に乗って!」

「うん!」


 ダウおばさんもヒトを背中に乗せるのが好きなのね。

 三人でぎゅうぎゅうになりながらおばさんの背に乗って、儀式が行われる聖殿と城の間にある聖獣の座へと向かう。

 そこは大きな観客席に囲まれた、巨大な穴だった。


「あ!」


 観客席に着くと、中央の大穴の側に祭壇を見つける。

 その祭壇に佇むのは、儀式のための純白の服を着たルシアスさん。

 祭壇の周りは獣人の偉い感じの人がたくさん並んで座っている。

 一見するとみんな人間種みたいなのに、あれ全員獣人なんだよね。

 人間は人間の姿になっている獣人がわからない。

 獣人は人間と獣人を臭いで判別できる。不思議なものだ。


「お? なんでこんなところに半獣人と人間がいやがるんだ?」

「マジだぜ。ガキとはいえどういうつもりだ!」

「きゃ!」

「ミーア! っ!」


 酒臭い!

 そう思ったら酒瓶を持った男の人たちに突き飛ばされた。

 すぐにダウおばさんとカーロが私の横に来て、立たせてくれる。

 怪我もない。


「!」


 でも、なにより驚いたのはタルト。私たちの立っていた。半月剣は、持ってきてないのに!


「大丈夫かミスミーア!? 貴様ら……この方々はルシアス王太子殿下の客人だぞ!」

「ああ? なんだテメェ」

「私はルシアス王太子殿下の側近、エンス・ビーナ! もっともか弱い人間の少女を狙って突き飛ばすとは、貴様らそれでも獣人か!?」

「嘘つけ! 王太子付きがこんなところでガキや半獣人のお守りなんぞするわけがねぇ!」


 ど、どうしよう、なんか大変なことになってきた。

 周りの獣人も私たちを見る目が怖い。

 半獣人は差別、迫害がひどいとは聞いていたけれど……!


「半獣人と人間がこの国をデカいツラして歩くなん——」

「タルト!」


 拳を振り上げた男。

 エンスさんが腕を伸ばして男を捕らえようとした瞬間、その男は笑顔で居場所を交換したルシアスさんにより吹っ飛ばされた。

 最初、ルシアスさんと酔っ払いのおじさんが入れ替わったのかと思うほど綺麗に。

 なぜ寄ったおじさんが吹っ飛ばされたとわかったのかと言うと、砂埃を立てて悲鳴が遠ざかっていくからである。

 ちょっと見たことない光景すぎて脳が理解を拒んだというか、状況判断に時間を要したというか……え? あれ、死なない?


「そしてミーア! 愛しき我が婚約者殿! 来てくれたんだね!」

「?」

「さすがは英雄カルロのご子息! 無事に私の婚約者をここまで連れてきてくれたことに感謝しよう! さあ、土聖獣様、水聖獣様、ご所望でした“薬師の聖女”をお連れいたしました」

「え? あの……?」

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