第40話 間話 化かし合い【2】
「そうなのですか? では、この薬はいったい……?」
「おそろしいですわ。捨ててしまわれた方がよろしいのでは?」
「“薬師の聖女”からの、贈り物と思っていたのですが違うのですか」
「……ええ、違いますわ」
一瞬、ルシアスの表情が非常に楽しげになった。
対応を誤ったか?
だが今更変えることはできない。
なんと言われようが、どうとでも返事ができる自信もあった。
なにも問題はない——はず。
「なるほど……やはりスティリア様は[鑑定]魔術をお持ちでないようだ」
「まあ……? 確かに相性が悪いらしくて[鑑定]は持っておりませんが……なぜ?」
ルシアスがピンク色のリボンが巻かれた小瓶を持ち上げる。
まさか、ルシアスは[鑑定]が使えるのだろうか?
簡易魔術に属する[鑑定]は、ある程度の知識や教養があれば、自然に[ステータス]から派生して使えるようになる。
王侯貴族なら、よほど相性が悪くなければ知識の増加とともに[鑑定]レベルが上がっていく。
スティリアは勉強が嫌い。
地頭がいいのと、[魅了洗脳]であらゆる努力を怠ってきた。
とにかく努力が嫌い。
美しくなる努力は好きだけれど。
ただ、[鑑定]が使えないことは高貴な血筋の者にとって弱点となりうる。
持っているのが当たり前のものだからだ。
だがそれは崖の国の話。
聖森国では[鑑定]を持っていない者の方が多い。
獣人は魔力が少なく、人間に比べて魔術を使える者自体が少ないからである。
ただ、獣人のルシアスが[鑑定]を持っていても不思議はない。彼には土聖獣と水聖獣の加護がある。
スティリアよりも、高い魔力を持っているのだ。
忌々しいあの余裕。
スティリアを小馬鹿にするような笑み。
こちらも余裕があるように微笑みを絶やさない。どのみち彼には、もう味方となる家臣は一人もいないのだ。
そう、笑っていられるのは今のうち。
ほくそ笑む。けれど——。
「私の[鑑定]には『聖獣治療薬』とあります。“薬師の聖女”たる
「……!?」
「ああ、そうだ。スティリア様には正妃の話もしておこうと思っていたんだ。スティリア様、あなたは第三妃に決まりました。私には元々婚約者が三人ほどいたのですが、そのうちのふたりと正式に来月結婚するつもりです。あなたが“薬師の聖女”なら第一王妃の椅子に座らせることも、考えていたのですが——獣人と人間では子を成せませんかりね、仕方ないです。最後のひとりも成人したら結婚の予定なので……最終的に第四妃になると思います。ご了承ください」
「な……?」
それは、あまりにも衝撃的な言葉だった。
この男はスティリアの価値を“ない”と言い切ったのだ。
確かに獣人と人間は子を成せない。
スティリアとしては、子どもなど他の妃が産めばいいと思っていた。
だから、それは構わない。
問題は“第三妃”というところだ。
しかも三人目の婚約者が成人したら、第四妃に降格させる、ときっぱり言い切った。
子を成せない妃に価値はない。
当然だろう。
もしスティリアを第一王妃——の椅子に座らせるのであれば、それはこの国にとってもっとも重要な『聖獣治療薬が作れる妃』でなければならない。
その価値がスティリアにはない。
なぜなら、本当に聖獣治療薬が作れないから。
見抜かれた。
そして、自ら「それは私が作ったものではない」と言ってしまった。
(やられた——!!)
もしスティリアが「自分が作ったものです」と嘘をついていたらどうだろう?
作った者を紹介されでもしたら、その瞬間に詰む。
完全に嵌められた。
最初から逃げ場がない、用意されていない案件だったのだ。
(つまりルシアス様はわたくしを今日、この場で切り捨てるつもりね。でも、そんなこと本気でできるとお思いなのかしら? わたくしには[魅了洗脳]があるのよ? 第四妃に降格したとて、這い上がればよいだけのこと。だって聖獣祭で現王たちまで[魅了洗脳]してしまえばわたくしの勝ちだもの)
つまり、今この場を切り抜け、聖獣祭に参加できる地位を保っていればよいい。
彼の周りは敵だらけ。
ここからどう挽回するつもりなのか、逆に楽しみになる。
スティリアは第四妃などという地位に甘んじるつもりなどない。
自分が一番幸せに、贅沢に好き放題できる最高権力者でなければ堪えられないのだ。
ルシアスは愛玩動物にすぎない。
自分を追い詰めたとしても、決定的にどうにかできると思っていなかった。
だから見下し、余裕の笑みを浮かべ続けられる。
「スティリア様?」
「! ……え、ええ、致し方ありませんわよね……どんなに愛し合っていても、子ができないのですから、わたくしたちは」
「そうでもないそうですよ。『真にお互いを信頼し合う、愛と絆で結ばれた者たちならば人間と獣人でも子を成せる』そうです。火聖獣様はその存在を“ヒト”と呼びました」
「……っま、まあ?」
獣人と人間が子を成せる?
ありえない。
思わず言葉に出しそうだったそれを、呑み込む。
今聞くべきことはそれではない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます