第32話 王太子からの依頼


『なんというおぞましい姫だ。そのような者が崖の国に……』

「カルロは、捧げられた王子が加護を受けても生き延びられると思えなかったと言っていた。すると案の定、王妃の侍女ルタが加護を得た王子を連れて追われているところに遭遇したという。……その王子がカーロ。本当の名をエルフォルド・ゲイプという」

「え! カ、カーロが崖の国の……王子様!?」


 これにはダウおばさんもびっくりしていた。ダウおばさんも知らなかったのか。

 というか、カーロが崖の国の王族だなんて!


「……あ!」


 でも、その事情を聞いてしまうとカーロが持っていた火聖獣様の加護の説明がつく。

 カーロは火聖獣様の加護を隠していた。

 彼もまた私と同じように、スティリア王女に命を脅かされ、隠れていたのだ。

 体が震える。

 スティリア王女——なんて恐ろしい人。


「そうだそれだ。余がせっかく加護を与えたのに、あれから一度も顔を見せぬ。汝ら、余が加護を与えた王子の居場所を知っているのなら案内しろ」

「しかし、彼は今もスティリアから身を隠している状況なので……」

「それが気に食わぬ。なんのために加護を与えたと思っている? あの女と戦うためだ。聖森国の王子よ、主もあの女に肩入れするのなら燃やすぞ」

『これこれよさぬか! お主そうやってヒトの世の事情に足なり首なり突っ込んでかき回すから、水のや土のと大喧嘩になったのであろう! 忘れたのか!』


 え、そ、そんな理由……!?

 聖獣大戦の勃発理由……確かに信仰心の奪い合い的なものだったと伝承にあったけど……。


「あの、殿下……それでは、二年前にカルロとルタを殺した賊は……まさか……」


 不安げなダウおばさんが、恐る恐るルシアスさんに尋ねる。

 すると、ルシアスさんは少しだけ目線を落とした。


「そうだ。二年前にカーロとルタを攫い、助けに向かったカルロ——タルトの両親を殺したのはスティリアの手の者だ。俺がもっと早く駆けつけていれば……」

「……そうだったのですね……。どうして身寄りのないカーロとルタが攫われたのかと、ずっと不思議だったのですが……」

「……っ」


 タルトの両親。カーロが声を出せなくなった事件。

 スティリア王女がカーロの暗殺を諦めていなかった、ということ。

 身の毛もよだつとはこのことだ。

 執念深いにもほどがある。

 タルトの両親のこと、誰も教えてはくれなかった。川に落ちた時にカーロが少しだけ話してくれた程度しか、私も知らない。

 優しくて勇敢な人たちだったと。


「カーロのこと、タルトの両親のこと……そして真の“薬師の聖女”——ジミーア、あなたのことで確信した。スティリア・ゲイプは邪悪そのもこだ。あの女はなにも持ち得ない。他者から奪うばかりで与えることも導くこともしない。王族に相応しい者ではない」

「っ」


 ルシアスさん……行商人ではなく、王族の顔。

 私もそう思う。

 スティリア王女は人を導くとか、そういうことをする人ではない。

 私が無頓着なばかだったとはいえ、あらゆるものを奪われてしまった。

 でも、たとえ私が無頓着なばかでなくても結果は同じだったように思う。

 彼女は王女、私は孤児の薬師。

 地位も権力も違う。

 そして彼女は私以外に対してもそうだった。いえ、私は命が残っただけマシだったのだ。

 まさかそこまで恐ろしい人だったなんて……。


「だからこそ、“薬師の聖女”殿に頼みがある」

「え!? ……え? な、なんですか?」


 正直“薬師の聖女”と呼ばれるのに抵抗を覚えてきた。

 それは、スティリア王女が自らを称賛させるために呼ばせた呼称だからだ。

 私が得るべき功績と称号だった、と言われても、あの王女が関わったものだと思うと気持ちが悪い。

 呼ぶのはこれで最後にしてもらおう。


「魅了無効の特効薬を作ってほしい。報酬は望むままを」

「み、魅了無効? でもそれは……」


 魅了無効——[魅了]は怪我や病ではない。魔術だ。

 たとえるならそれは私の【紋章魔術】を無効化する薬、ということになる。

 そんな、魔術を無効化する薬なんて作ったことないし、存在も聞いたことがない。

 存在が、ない。

 つまり一から新薬として開発するという……。


「…………魔術の無効化ということは魔力を遮断すればいいのだから[魔術封じ]を薬に付与できればいいんだろうけれど、紙以外の素材にやったことないし、相性の問題もあるし……」

「さすがだな。この世にないものを依頼したのにすでに考えがまとまりつつある」

「あ」


 し、しまった、薬のこととなるとつい!


「ミーア、スティリアは[魅了]の【紋章魔術】を使う。俺はこの通り、水聖獣様と土聖獣様の加護をいただいているから通用しないが、城の者はそうではない。このままではエルメスがまた危険にさらされかねないのだ」

「! 魅了の……! それで魅了無効の特効薬を……」


 そして、ルシアスさんが恐れているのは来月の聖獣祭。

 聖獣治療薬をスティリア王女に依頼したのだが、今の話と私の話を聞いて「ろくなことにならない」と判断したらしい。……私もそう思う……。

 なんなら王侯貴族の勢揃いする聖獣祭を利用して、より多くの聖森国要人をスティリア王女の[魅了]の餌食にされるのではないか、とルシアスさんは案じているのだ。

 ……やりそう。

 というか、絶対やるでしょ、スティリア王女。

 それはヤバいですね。

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