第9話 行商人のルシアスさん


 狭間の村にきて、村人たちが私の歓迎会をしてくれた翌朝。


「うっ……またお肉……」

「大型のボアだったからね! 残りはミンチにして腸詰めにするから、ステーキはこれが最後よ!」


 朝から元気なダウおばさん。

 焼かれたお肉がどんどん重ねられ、竈場の前にあるテーブルに並べられた木皿に載せられていく。

 昨日、カーロとタルトが狩ったボアは、村人全員で食べてもまだ半分以上が残っていた。

 それほどの大物だったらしく、今日ら村総出でさらに解体と日持ちするように加工する。

 私はそれの、お手伝い。


「アラ?」

「?」


 朝食は村人が竈場に集まって摂る。

 声の出ないカーロを除いて、だが。

 なので、村人たちが東の方に集まって行くのに首を傾げた。


「アラアラ、きっとルシアスさんだわ! タルト! タルト! ミーアを連れてってあげて!」

「ん!」

「え? え?」


 ダウおばさんは、角切りにしたお肉をドボドボとスープ鍋に入れていく。

 手が離せないようだ。

 私はなにがなにやらわからないまま、皿の準備を手伝っていたタルトに手を引かれてみんなの集まる村の東へ連れて行かれた。


「タルト!」


 村の人たちに囲まれていたのは、若くて綺麗な男の人。

 タルトが駆け寄ってくるのを見るなり、満面の笑顔で手を振る。

 村人たちはそれをわかっていたのか、道を開けてくれた。

 いやいや、どちら様?


「タルト、元気そうでよかった。変わりない?」

「変わりあった。ミーア来た」

「んん? ミーア?」

「は、初めまして」


 相変わらずタルトは言葉が足りない。

 私は初めましてだよ、と頭を下げると彼は爽やかに「初めまして! そうか、村の仲間が増えたんだね」と察してくれた。

 頭を上げると、彼はしゃがんで私とタルトに目線を合わせるようにしている。

 子どもの好きな人なのだろうか? とても優しい笑顔。

 そして——私が生きてきた中でもっとも美しい男の人だと思った。

 微笑まれただけで、その笑顔に見惚れてしまう。


「ルシアス」


 と、タルトの声がして我に返る。

 ルシアス——という名前の男の人、っていう、紹介かな!?


「ルシアスだ。行商人をしてて、時々この村に物を売りに来るんだよ。なにかほしいものがあれば、次に来る時に持ってくるからなんでも言ってほしいな」

「ぎょうしょうにん……?」


 とは?

 私がよほどわかりやすい顔をしていたのだろう、近くにいたダルオブさんというゴリラの半獣人が「商人だよ。店を持たずに、いろいろな場所を点々と渡り歩いているんだ」と教えてくれた。

 へぇ〜、そんな職業の人がいるのね〜。


「行商人が来た時にしか手に入らないものが多いから、重宝してるんだ」

「ルシアスさんしかこの村には来てくれないしね」

「逆に物を売ってお金を得ることもできるよ」


 ダルオブさんの説明を皮切りに、他のみんなも行商人について教えてくれる。

 なるほど、移動販売みたいな感じなのね。

 お店のない村の人にとってルシアスさんは重要な外との繋がり、ということのようだ。

 それでこの大歓迎っぷりだったのか。納得。


「さ、それじゃあ馬車を入れるから皆さん離れてくれるかな?」

「ああ、そうだルシアスさん! 今から朝食なんだ、一緒にどうだい!?」

「ほんと? それはいいタイミングの時に来たな。ダウおばさんのスープ美味しいもんね」


 確かに、麦粥……病人食でなければそれなりに美味しいと思う。

 城の食堂と比べてはいけないけど。

 聖殿のご飯より断然美味しい。

 そうして今朝はルシアスさんを加えた朝食となった。

 なんとなく昨晩の、歓迎会の延長みたいなノリと空気だ。

 朝食が終わったら後片づけのお手伝いをして、ルシアスさんの持ってきた商品を見せてもらうことにした。

 荷馬車は天井にテントが張られたもの。

 左右が開いているので、商品をそこから見たり手に取ったりできる。

 ほとんどが調味料や日用雑貨、お酒などの趣向品。

 たまに布や糸、縫い針など。

 この村ではこういうものと、各家が仕事で作っている物を物々交換したりお金に換金したりするんだそう。

 たとえばダウおばさんと私たちの場合は狩りで得た加工肉。

 それを聞いて、ただこの村の中で食べるのではなく、ルシアスさんが来た時に物々交換したり売ったりするためなのだと知った。


「ミーアはいつからこの村に?」

「え、えっと……五日前……?」


 降ってきた声に顔をあげると、ルシアスさんが隣にしゃがんできた。

 顔面がキラキラしている。

 なんだこの人、すごい。

 しかし、いつからこの村に……?

 二、三日熱で意識がなかったから、明確な日数は自信がない。


「そうか。僕は月に一度しか来ないんだ。だから今度は来月になる」

「そ、そうなんですか」

「ので、お近づきの印に服をプレゼントしよう。肌着とか替えの服はあった方がいいだろう? 女の子だものね」

「あ」


 そ、そう言われると、そういえば!

 私が今着てる服も大人の頃のモノをとても適当に結んで、それっぽいワンピースみたいにしてる。

 肌着もあるけど、それも大人の時のもの。

 ダウおばさんは、私が着てるものを見て「きっとやむにやまれぬ事情があったのね、ミーアの母親は!」と勝手に妄想に耽って泣き出してしまったものだ。

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