第7話 狩り【前編】


「[浮遊]せよ」


 もしかして、使える?

 そう思って唱えてみると、バケツが浮いた!

 操作も思ったほど難しくないので、そのまま川にバケツを突っ込み、持ち上げる。

 満タンの水が入ったバケツが楽々持ち運びできた!


「や、やった……! できた!」

「加護か? すげー」

「うん!」


 タルトの持っていたバケツも浮かせて運ぶ。

 ダウおばさんに「マア! ステキ!」と褒められた!

 おかげで今日の仕事はこれでおしまい! 遊んでおいで、と送り出される。

 しかし遊べと言われても、私は一日のすべてを火聖獣様への祈りか掃除に費やす聖殿出身なので、同年代の子どもと遊んだ記憶はない。

 それにこの村はどう見ても遊ぶ場所がないんだが……。


「狩り行く」


 と、タルトが私を外で待たせ、ダイニングにいたカーロを連れてくる。

 カーロは手に弓矢を持っていた。

 驚く私にタルトが「狩り、ミーアに教える」と言う。“遊び”とは、狩りのことらしい。

 森に向かう私たちに、畑を耕していた熊の獣人、タックさんが「大物を期待してるよ」と手を振った。

 この村は畑を作る家、木を切る家、木炭や薪を作る家——と、家ごとに仕事が決まっていて、ダウおばさんの家は狩りと竈場管理が仕事。

 竈場とは、村の真ん中にある調理場のこと。

 村の女性陣がそこで料理をして、村人全員で朝晩食事する。

 ただ、カーロはあまり人と食事をするのを好まないらしくて、だいたい家のダイニングで料理だけもらってきて食事してるそうだ。

 それで今朝もタルトやダウおばさんと食事の時間が違ってたのね。

 それでも一応村の住人として意識はあるらしくて、狩りは毎日同行しているのだそうだ。


「狩りは?」

「え? ……ない」


 相変わらず言葉の足りないタルトたが、今のは「狩りはしたことがあるか?」的な意味だと思う。

 そう答えると「知っとけ」と言われた。

 この森の中で生きていくには、森の獣を狩り、時に魔獣も狩って解体して食べる——ところまで覚えなければならない。

 万が一迷ってお腹が空いたら、その知識と経験は絶対無駄にはならない。

 自分が森の獣の餌にならないために、最低限でいいから知っておけ、と。

 タルトの少ない言葉から、それを読み取ってしまうと私はもう「怖い」とは言えなくなった。

 森で生きることは、安全な聖獣や城の中とは違う。

 生き延びられるように、日々備えていなければならないのだ。

 これは、第二の人生はなかなかハードになりそう?


「鳩」

「鳩?」


 森に入るなり鼻を始終ヒクヒクしていたタルトが右側の木の上の方を指差す。

 どうやらタルトは獲物を探す担当らしい。

 そして、カーロがタルトの見つけた獲物に向かって弓を引く。

 一瞬だった。

 私の目では捉えられない速さで矢が飛び、生い茂った森の中だというのに見事獲物に命中。

 タルトはすぐに獲物の落ちた場所に向かい、当たった矢を引き抜くとナイフでとどめを刺した。

 これが——狩り。


「ミーア」

「うっ!」


 持ってきた獲物は逆さまにされていた。

 首が綺麗に裂かれ、そこから血が滴っている。

 血抜き——というらしい。

 しっかり血を抜くことで、食べる時に肉の臭みがかなり減るのと、腐るのを遅らせる効果もあるとても重要な作業。

 切るのは首の動脈の部分。

 動脈という太い血管を切り、そこから血をすべて抜くのだそうだ。

 ただ、いつもは森の中でなく川の側で血抜きを行う。

 森の中ですぐに血抜きをすると、肉食の獣や魔獣が近づいてきて危ないからだそうだ。

 え、でも待って、じゃあなんで今日は森の中でやったの?


「ミーア、来た。元気」

「私? え?」


 タルト! 言葉が、足りない!

 かと言ってカーロはそっぽを向いたまま、私にあまり興味がなさそう。

 ……というか、私とタルトが話してると表情がわかりやすく拗ねてる!

 ごめんなさい、お荷物で!


「歓迎会」

「え、歓迎会してくれるの?」

「ん」


 だから大物の獲物が必要、ってこと?

 そんな、私のための歓迎会なんて別にいいのに!


「村の仲間になるから」

「っ」


 にこりと微笑まれて、ドキッとした。

 歓迎会なんて、されたことない。

 聖殿に捨てられて、そこで一生懸命仕事をして薬師の才能があると知ったあとは勉強して、勉強して……そしてお城に個人工房を与えられるまでになったけれど、友達らしい友達もいなかったから。

 特にお城のお抱え薬師は皆ライバルで、足の引っ張り合いが常。

 私もよく嫌味を言われた。

 だからどんどん引きこもって、人と話さなくなったのだ。

 誰かに、迎えられるなんて……そんな経験一度もない。


「そ、そうなんだ」


 タルトとの会話は必要最低限だけど、そうやって人と話すことそのものが減っていた私はわかりやすく気分が上がった。

 耳に入る言葉は辿々しいが、お城のような刺々しいものは聞かないもの。

 なまじ頭がいい分、お城の人たちの嫌味は本当に色々……すごかったんだな、と今は思う。

 タルトは言葉が足りないけど純粋な分、ストレートに言葉が届く。

 カーロは、まだよくわからないけど……。

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