第6話 風聖獣様【後編】


「に、人間には……[マナの花]は危険な素材でした。その名の通り、マナを大量に含んでいるので、人間には毒素が強いのです……」

『取り扱うのも危険、ということか?』

「私の固有魔術を使えば、それほど危険ということは……。で、でも素材が……そ、その、手に入りづらい、希少なもので……えっと、私も、見つけたのはたまたまで……」


 慎重に、言葉を選ぶ。

 相手は聖獣様だし、聖獣様への薬なんて考えたこともなかった。

 そもそも、薬というのは個人差によって効き方が違う。

 種族が違うともなればもっと色々なことが違うと思う。

 まして私——人間にとっては毒でも、風聖獣様には良薬と言われてしまえば、効果の差は立証済みも同義。

 風聖獣様で試薬をするわけにもいかないし、同じものは——作れると思うけど、やはり入手の難しい素材である[マナの花]を使っているので、期待されると困る。


『そうか、難しいのだな』

「も、申しわけございません……」

『いや、よい。ただ、素材が手に入った時はまたぜひ頼む。あれを浴びてから本当に心地がよい。おそらく[マナの花]が蓄えたマナが効いているのだろう! 我ら聖獣にとって、ただの魔力よりもマナの方が効果が高いようだ』

「そ、そうなのですね。わかりました……でも、その……薬というのは用法要領を間違えると、毒にもなりますので……」

『うむうむ。まずは[鑑定]したり、少しずつ飲んだり、だろう?』

「はい」


 すごい、[鑑定]を使えるんだ……。

 私はその下位である[図鑑]しか持っていない。

[鑑定]や[図鑑]は魔術の中でも生活簡易魔術に部類する。

 ただその中でも細かくランク分けされており、下位、中位にはレベルがあり、上位魔術にはレベルがない。

 これは下位は中位に、中位は上位に進化や派生することがあるが、上位になるとそれ以上は成長しない——つまり極めた、ということになるのだ。

 ちなみに、上位をさらに突き詰めると固有魔術を得ることがある。

 私の【叡智】は[図鑑]から派生した[知りたがり]という聞いたこともない簡易魔術を極めた結果だ。

 同じく【薬賢者】は[薬草知識]のレベルを上げまくった結果、進化して得た。

 この二つの固有魔術をかけ合わせて使用すると【紋章製薬】という 薬作りに特化した魔術となるのだ。

 私の場合、そのように薬作りに傾きまくってしまったため[鑑定]は得られなかった。

 フィールドワークをしていたら私も得られたかもしれないし、薬作りの役に立ちそうだから得られるのならほしい魔術だ。


「!」


 ハッとしする。

 ミーアとして、新たな人生を歩むと決めたのに、私は薬作りのことばかり。

 確かにこれまでの人生、それしかしてこなかったけれど……もう私はミーアなのだ。薬作り以外のことを学んでみたり、今まで行けなかった場所ややったことのないことに挑戦してみよう。

 薬作りのことは忘れるの! また利用されたくはないもの!

 最上級ポーションを作れなかったのは、心残りではあるけれど……きっとそんなもの、ない方がよかったのだ。


「ミーア」

「は、はい!」

「まだどこか痛いか?」

「う、ううん」

『まだ本調子ではないのかもしれんな。なんにせよ、行く宛がないのであればあの村に住めばよい。我が加護を与えたゆえ、魔獣に襲われる心配はない』

「え?」


 首を傾げると、髪が揺れる。それ自体はいつものこと。

 でも、色が先程と違う。

 恐る恐る毛先を掴むと、胡桃色だった私の髪は薄い緑色に変色しているではないか。


「えーーーっ!?」

『元気にしてくれた礼だ。そして気が向いたら、またあの薬を作っておくれ』

「えっ、えーーっ!?」


 ……とんでもないことになってしまった。

 あまりの衝撃で、どうやって村まで戻ってきたのかよく覚えていない。

 タルトに手を引かれて、気づいたら村の近くを流れる小川にバケツを持って突っ立っていた。

 私と同じく大きなバケツを持っていたタルトは、川から水を汲む。

 それを太さ五センチはある木の棒に引っかけて持ち上げた。


「あ……」

「持てる量だけでいいぞ」

「う、うん」


 子どもとはいえ、やはり獣人は力持ちだ。

 バケツを持つのも精一杯な私だが、生活用水を運ぶのは生活する上で必須作業である。

 聖殿にいた頃を思い出す。

 薬師として城に召し抱えられてからは、こういう雑務はやっていなかった。

 しかし、まさか風聖獣様より加護を授かるとは思わなかった……とんでもないことになってしまったものだ。

 聖獣様のご加護は、加護を与えてくださった聖獣様によって効果が違う。

 火聖獣様の加護は炎系魔術の威力増、炎系魔術の魔力減、火・火傷無効、炎系魔術の吸収、複写など——といったように、属性に偏る。

 風聖獣様のご加護だと風系魔術の威力増、風系魔術の魔力減、魅了・風化・石化無効、風系魔術の吸収、複写……だったかな?

 あと、風属性魔術は他の属性と違い転移や浮遊などが使えたはず。

 薬草を育てるのにたまに使う程度で、風属性魔術にはあまりご縁がなくて詳しくはない。

 あれ? でも待てよ?

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