龍国の襲来(19)

グレンとの激闘の中、シリカはその怒りに飲み込まれ、暴走した龍の姿へと変貌していった。


彼女の目には父を殺した男への復讐心が宿り、破壊された龍王の城は彼女の怒りに呼応するかのように震えていた。


炎が渦巻き、轟音が城を包む中、シリカの叫び声がこだました。


彼女の体は膨れ上がり、龍の鱗がきらめき、巨大な翼が空を切り裂いた。


一方で、楓、ルシアナ、そしてアリスは、シリカの怒りが導く破壊の響きに焦りを覚えながら、彼女の元へと急いでいた。


楓は眉間に皺を寄せ、己の力がどこまで通用するのかを考え込んでいた。


グレンは強大な力を持つ敵だが、仲間たちと協力すれば討伐の可能性はあるかもしれない。


ルシアナはその冷静な目で周囲を見回し、可能な戦術と逃げ道を模索していた。


「シリカを暴走させたのは彼女自身の怒りだ」


と楓が口にする。


アリスは無言で頷きながら、シリカを取り戻す方法を模索していた。彼女にとって、暴走するシリカもまた仲間であり、大切な存在だった。


「グレンを倒すためには、一瞬の隙が必要です」


とルシアナが冷静に口を開く。三人は互いの顔を見つめ、緊張感が漂う中で黙契が成立した。


彼らは、己の力を合わせ、シリカの暴走を食い止めつつ、グレンの隙を突く覚悟を決めていた。


三人は再度、シリカのいる場所へと進む。


崩れた城壁を越え、荒れた広間に到着すると、そこには龍の姿をしたシリカが佇んでいた。


龍となったシリカの咆哮が轟き、グレンとの戦いがクライマックスを迎えつつあったみたいだ。


その壮絶な光景に圧倒されつつも、楓たちは自らの役割を果たすべく、戦いの中に飛び込む決意を固めた。



俺たちがシリカのいるところに足を踏み入れる。眼前に広がったのは荒れ狂う炎と、その中心で向かい合うシリカとグレンの姿だった。


シリカの巨大な龍の姿は凶暴な美しさを放ち、その目には深い復讐心が宿っていた。


すると暴走している彼女を見て、グレンは冷酷な表情を浮かべる。


「いい目しているね。おまえの父さんも死ぬ前に、そんな顔をしていた」


「グアアアアー」

「いい加減諦めなさいよ。おまえも、連れの輩も俺の力の前で無力だ。大人しくすればこの問題すぐ解決するから」


そう、彼はシリカを挑発するような言葉を吐いていたが、その余裕にはわずかな焦りが感じられた。


俺は一瞬、戦況を見定め、次の行動を考えた。


今の時点ではシリカを止める方法がなかったが、俺たち3人がグレンとの戦いに介入することで、彼女を救う一縷の望みがあるかもしれない。


俺はルシアナとアリスに目配せをし、それぞれの役割を確認する。


「ルシアナ、アリス。聞いてくれ。まずは奴の動きを封じることだ。アリスはシリカの気を逸らして、暴走を抑えるようにしてくれ。俺はグレンに近づいて、奴の隙を狙う」


ルシアナは静かに頷くと、グレンに向かって鋭い視線を送り、魔法陣を展開した。


彼女の周りに氷の結晶が舞い上がり、冷気が空気を凍てつかせる。


ルシアナはグレンの足元に向けて、凍結の呪文を放った。グレンの動きがわずかに鈍るのを見て、俺は一気に距離を詰める。


一方で、アリスはシリカの前に立ちふさがり、彼女の怒りに呼応するように声を張り上げた。


「シリカちゃん!聞こえるでしょ。私だよ、アリス」


アリスの声は、怒りに支配されたシリカの視線を引き寄せた。


まだ彼女を襲っていない理由は、どこか心の中でアリスのことは仲間であることを理解しているからだろう。


心にわずかながらも届いたのか、彼女の動きが一瞬だけ止まった。


いい感じだ。


その隙に、俺はグレンへと向かい、手のひらに魔力を集める。


俺の愛剣がないのはかなり寂しいが、しかし魔力さえあれば、戦うことはまだできる。

グレンに突進しながら、頭の中で刀をイメージすると、手のひらには、魔力で完全にできているほぼ透明な剣が現れる。


その剣を振りかざして襲いかかるが、しかし、グレンも一筋縄ではいかない。



「お願い、正気を取り戻して!」


と、アリスは必死に願う。


「シリカちゃんは、わたしたちの大切な仲間。きっと心の奥には、愛と優しさが残っているはずでしょ!」


シリカは低い唸り声を上げるが、視線をアリスから逸らさなかった。


「シリカちゃんがいま感じている痛み、わたしとお姉ちゃんがよくわかっている。幼い頃に両親が死んだ。さらに悪いことに、山賊に誘拐され…………」


と、ここで一瞬言葉を止めるが、すぐ続けた。


「怖かったが、お姉ちゃんがわたしのそばにいて、わたしを守ってくれた」


その瞬間、シリカの表情が一瞬変わった。


そしてそれを見て、アリスは心を込めて、言葉を紡ぎ続ける。


「正直に言って、もしカエデお兄ちゃんが助けてくれなかったら、どうなったのかわからない。だから、思い出してほしい。心の中に、いつも一緒にいる家族がいること。彼らを思い出してくれ!その愛が、今のシリカちゃんを救える!わたしたちのこと、シリカちゃんの家族を、思い出してくれ!」


そしてその瞬間、彼女の目が潤んだ。


シリカの体が震え、龍の姿は一瞬揺らいだ。周囲の空気が変わり、まるで時間が止まったかのように感じた。シリカの中で、葛藤が起こっているに違いない。



彼は素早く反撃し、魔力でできた剣を弾き返した。


その目には、これまで見せたことのない冷酷な決意が宿っていた。


「小賢しい小僧が……ここで終わりにしてやる!」


とグレンは嘲笑うように言い放ち、暗黒の魔力を纏った拳を俺に向けて放つ。


見て、それをかろうじて回避しながら、隙を突く機会を待っていた。


その瞬間、シリカの咆哮が再び響き渡り、彼女の体から巨大な炎の渦が生まれた。


グレンはその炎に囲まれ、身動きが取れなくなる。


アリスが成功したみたいだ。


ルシアナの氷とシリカの炎が融合し、城内に強烈なエネルギーの波動が広がる。


「今だ、楓!」とルシアナが叫ぶ。


するとその声に応え、最後の力を振り絞って、グレンに向けて突進した。


その一撃は、心のすべての怒りと決意を込めたものであった。


俺の剣がグレンの胸を貫いた瞬間、時が止まったように感じられた。グレンは驚愕の表情を浮かべ、信じられないというように俺を見つめる。


「バカ……な」


そして、彼の体は徐々に崩れ去り、暗黒の魔力と共に消えゆく。


これで、終わったのかな。


シリカの龍の姿も次第に消え、彼女は再び人間の姿に戻り、力尽きてその場に崩れ落ちた。


アリスとルシアナが駆け寄り、彼女を支え起こす。


うん、終わった。


荒い息をつきながら、仲間たちと目を合わせ、戦いの終わりを実感した。


だが、俺たちの胸には、戦いの余韻と共に、これから待ち受ける新たな試練への不安が残っていた。


闇は消えたが、光の道もまた険しいことを彼らは理解していた。


……そんなことより、もうそろそろ、寝てもいいかな。



次回、龍国の襲来(20)

いよいよ、新しい冒険が始まる。

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