龍国の襲来(8)


 父上に従ってシリカはその場から立ち去った。

 しばらく走っていたら凄まじい足取りを止め、普通に歩き始める。

 また一人、長い、長い廊下を歩いていた。

 

 それにしても最悪の状況だ。

 結局自分は何もできなかったからだ。

 自分で言うのもなんだけど、とめどなく涙が流れるくらい悔しいがそれもできない。

 北門の守護者である自分は龍だから。

 些細なこと……もとい何もに対して涙を流すわけにはいかない。

 

 それは龍としてのプライドが高くてそもそも弱さを誰にも見せないから。

 その弱さをつけ込んで利用する者もいるから。

 そのために誰にも見せない。

 涙を流すわけにはいかない。


 ……………………。

 でもやっぱり。

 悔しいのだ。

 自分がこんなに弱くて、悔しいんだ。


 確かに最近、かなり独善的に行動していたような気がする。

 が、それでも自分の種族――聖なる【龍族】の安否を考えれば、そんなふうに行動しなければならなかったと思う。

 特有のスキルのひとつである【魔法察知】を使用して【龍の末裔】を見つけ出すくらいに必死だった。

 結局のところ【龍の末裔】の印象に恵まれた者はたかが人間だった。

 それにもかかわらず龍に相応しい力を持っている。

 

 それ以外、何もできていない。

 悔しい。

 けれど悔しさに溺れるよりも、逆にシリカは思う。

 ひとかどの自分になれるには、どうすればいいのか。

 と。

 そして反芻し始めた。

 さっきのは明らかに卑怯者が取る行動だった。


 ――ここでシリカは足を止め、ふと父上の書斎がある方向に振り返る。

 慌てて父上の言葉に従って立ち去ったが、よく考えればやはりあれは卑怯者が取る行動だった。

 父上と同じ力を持っている者と戦って、怖かったっていうかあんまり何もできないと思っていた。

 

 事実。

 

 うん、あんまりできないと、シリカは思う。

 それにしても、何もしないと今みたいに自分が卑怯者であることを勘違いしないだろう。


「やはり戻って、援護くらいやった方がいいかしら」


 言うまでもない。

 父上が恐る。

 まあでも、すくなくとも胸を張って自分は卑怯者じゃないというのを言えるだろう。

 

 そもそも部屋を出て、【はぐれドラゴン】と戦うのは、最初の自分の目標だった。

 ここで逃げれば、【北門の守護者】を名乗る権利を失うような気がする。

 独善的……じゃなくて今度は龍の曲げない意志に従って行動する。

 そんなふうに言えば人聞きがそれほど悪くないかも。

 そう思っていたシリカは、意を決して踵を返し、父上のところまで早足で走っていた。

 ――よくみれば、その眼に映っていたのは、改めて燃え始める、爛々たる焔だった。


 ◇


 そして場が移り、繰り広げられるルクスとグランの戦いの視点に―― シリカが立ち去った後、襲撃を開始するまで時間はそれほど経過していない。


最初に行動したのは、グランの方だった。 言葉を交わす必要もなく、ただ破壊するのみ。


そんな頭をしているグランは、背中から龍の翼を顕現し、普段目で追えないほどの素早さでルクスの元に向かって走り出す。 爪を龍のものにして、グランはルクスの喉元目掛けて斬撃を繰り出す。


――しかしルクスは見えたのだった。 目で兄貴の行動を追いつつ、頭の中で数多ある反撃選択肢が映像のように再生する。


そして頭を絞ること数秒。 やっといいのが見つかったのだ。 ルクスもこっそり爪を龍のものにして、喉元目掛けて繰り出された【ひっかく】攻撃を見計らう。


………………今だ。 少し前かがみになるルクス。 グランの攻撃を首を縮めて無理なく躱すことができた。


グランは弟の行為を見て少し驚いていたが、決して顔には出さなかった。 けれど自分が動くよりも早く、ルクスは反撃を開始する。 空気そのものを割って飛んでいく銃弾みたいにルクスは手を伸ばし、兄貴の喉を捕まえた。


もちろん、弟の鋼のような握力を脱出しようとするが、無駄に終わった。 そのままルクスは【龍の尻尾】を顕現する。


【龍の尻尾】の先端はナイフのように鋭く、ほぼなんでも貫く性能がある。 その貫く性能を活かして、兄貴を串刺しにしようとする。 それに気づいて一層もがきはじめるグラン。 でもやっぱりどんだけもがいても、弟の握力が強い。


けれどグランはまだ諦めていない。 ここで死んでたまるか。 と、思いながら、魔力回廊で流れる魔力を体外に引っ張り出す。


こんな序盤で使うのはあまり気に食わないけど、使うしかないみたいだ。 そう思って光り始めるグランの身体。


全身は眩しい光に包まれているため、直視することができなくなった。 それにもかかわらず、ルクスは危険を感じた。 反射的に喉から手を引っ込み、跳躍して後ずさりするルクス。 いったい、何が起こっているのか? ――とはいうものの、ルクスはもうすでに知っていたのだ。


ふと、さっきの兄貴の言ったことを思い出す。


「相変わらずの強さだな。だがこんな数年間オレもちょっと訓練しててな。おまえを殺すためにあれやこれやを学んで身につけたんだ」


おまえを殺すためにあれやこれやを学んで身につけたんだ。 おまえを殺すために……か。


ルクスはその言葉の意味を、ようやくこの時点でわかったような気がする。 実は兄貴が放出している光はよく考えれば見覚えがある。 数年前に。 暗黒時代にて。


【龍】と【龍殺し者ドラゴンスレイヤー】が争った時代でもある。


「おまえは【龍】なのに敢えて【龍殺し者ドラゴンスレイヤー】の魔法を覚えたのか」


そう言い終わったや否や、兄貴の全身を包む光が収まる。 そして目の前には、もう龍のグランがいない。 代わりに龍殺し者ドラゴンスレイヤーのグランがいた。


それを見て、ルクスはただ舌打ちをすることしかできなかった。

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