はぐれドラゴンとの対面、その前に
【???の視点】
「【龍の末裔】……だと?」
「うん」
幾つかの蝋燭の光により照らされている場所にて、ふたつの声が響き渡る。
「この情報は正しいの?」
ひとつの声がそう問いかけると、
「正しいと思う。シリカさまがそう言ってた」 もうひとつの声が答えてくる。 シリカという名前を聞くと、1つ目の声の持ち主が不機嫌そうに眉を寄せる。
「そうか。あの女がやっと帰ってきたか。しかも【龍の末裔】を名乗ってる人間まで連れ戻したか。ほんの5年ぶりの不在だったけど、そこまで頭を捻るとは思わなかったな」
溜息をつき、事務机の後ろで椅子に座っている1つ目の声の主が問いかける。
「で、あの人間はどのくらい危険だと思う?」
そして二目の声の主がしばらく頭を悩ませた後、やがて答えてくる。
「そうだね。確かにあの人間の魔力量は自分と同じ種族の奴らと比べると割と高め……いや、正直に言って精霊族に匹敵するくらいはあるよ。密度も笑えるものではなかったし、それにイシュ製の剣も持ってた。ぱっと見て魔法剣士のように見えるけど、剣の腕が知らない上に魔法がそもそも使えるかどうかはイマイチわからない。とは言うものの、剣を持ってるっていうことは確実に使えるって判断はできる。僕目線だと、あいつの危険度は3、もしくは4といったところだね。まだ知らないことばっかりあるけど」
「3か4か…か。割と高くない?」
「確かに割と高いね。その理由はわからない点がまだいくつかあるし、それに魔力量の高さや密度の濃さにも基づいた推測だから。ボスと一対一の勝負となると、確実にボスのほうが有利だと僕は個人的に思ってるけど、油断したらあいつは僕らが想定してないことをやってくる恐れがあるから……」
そう説明する2つ目の声の主。 そしてその説明を聞いた1つ目の声の主が、なるほどなるほどと言わんばかりの顔をしながら何やら考えていたように見えた。 しばしの間、沈黙だけがその空間を支配していた。 数秒後その沈黙が続くと、突然、1つ目の声の主が口を開いた。
「……ふむ。なるほどな。まあまあ。確かに【龍の末裔】を名乗ってるこの人間は予想外だったけど、それでも俺たちは計画通りに進むぞ。あの偽りの神を信じてる奴ら全員をぶっ潰して【龍の王国】を俺たちのものにする。どんだけ【龍の末裔】の紋章の持ち主だとしても、所詮は人間だ。人間ごときに、何ヶ月もかけて企んでた俺たちの計画を邪魔させてたまるか。ケル、お前は兵士たちを集結させろ。【龍の王国】へ向かうぞ」
「かしこまりました、ルュクさま」
そう、ケルと呼ばれた2つ目の声の主が言うと、兵士たちを集結させるために、蝋燭の光に照らされている部屋を後にする。
………取り残された、ルュクと呼ばれる人物。 壁の隙間から入ってくる風で揺らめいている蝋燭の火をよそに、彼は元いたケルの立ち位置を……もっと正確に言えば、何もないその空間を瞬くことなく、じっと見つめているのだ。
しばらくその何もない空間を見ると、彼は溜息をついて事務机の上に肘を置き、そのまま少し姿勢を崩しながら手の指を重ねる。
そうすると重ねた指の上に、軽く顎を乗せる。 夜の闇を連想させる黒い瞳には光など宿っていない。 無表情のまま、彼はただただ【龍の王国】を自分のものにしたあと、その未来をひたすら見ているだけなのだ。
「もうすぐだ。」 声が鳴り響く。 しかし、その声は決して、誰にも届かぬものであった。
◇
【楓の視点】
「【はぐれ】ドラゴンと平和会議を?」
そう、訝しげに聞き返す龍王ことルクスであった。
「うん。そうだけど」 と、そんなふうに答えると、ルクスはさらに困惑しそうな顔をしていた。まるでバカを見ているような目だったな。 意外と痛かった。
「なぜそんなことを?」
そう訊くと、俺が答える。
「いやまぁ、普通に考えれば俺の意図を理解できると思うけど、簡単に説明すると、意味のない死が起こる前に止めたいなぁ、って思っていたのさ」
龍王との模擬戦が行われてからすでに10分が経っていた。 龍王が負けを認めて、勝負は俺の勝ちで、道場を後にしてまた龍王の書斎で集合していた。
「まあ。カエデのやりたいことがわからなかったわけではないが、随分と非現実的だな」
確かに非現実的だな、あまりにも。居場所も知らないし、そもそもどうやって説得できるかもわからない。
龍王によると、【はぐれ】になったドラゴンは宗教が異なっているだけの理由ではないみたい。 その意図がわからないと自分でも認めたが、他に理由があるということが明確だ。
「確かにバカバカしい考え方だな。正直に言って、万が一もし【はぐれ】ドラゴンと出会っても、説得できなかったと思う。それでも意味のない死をどうしても防ぎたくて、つい現実逃避していた」
【はぐれ】ドラゴンは俺が思っているような頑固な性質だったら、そう簡単に揺すぶられないよな。説き伏せるには、何をすればいいのか? 考えれば、ひとつの解決方法しか思い浮かばなかった。
やはり自分でこの戦争を止めようとするか? 【はぐれドラゴン】をたくさん倒して、そこで説得しようとする。もしそれも失敗に終わったらまあそこまでだな。
高級魔法をぶち抜いて、残りのやつらを片付ける。 多分、俺にできることはそれしかないかもしれない。 溜息をつき、俺は龍王に視線をやる。
「戦争が不可避だったら、俺には考えがある。俺の考えを聞いたあと、感情に任せて返事をしないでくれ。真剣に損得を考えて答えを聞かせて。いいか?」
そう、俺が言うと、表情を見ていた龍王は目を細める。 真剣になったようだ。
「よろしい。お前の考えを聞かせてもらおう」
と、それだけ言われると、俺はついさっきに考えついたことを全部打ち明けたのだった。
このとき、俺たちはまだ何も知らなかったんだ。
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