説得

まるっきりディスされた。

正直に言ってけっこう癪に障ったけど、ここでは癇癪を起こすわけにはいけない。

龍王の視点からして俺がただの人間に過ぎない。

ドラゴンに匹敵するほどの力を持っているのは他のドラゴンだと言われているからある意味ではこいつの態度がまあまあ妥当なものだとおもわれるけど、満は損を招く、という諺が存在する。

まあ、龍王だしその力に匹敵する者は数少ないから仕方ないだろ。


それにしても、これは困るなぁ。こいつの考え方のせいで、正直に言って協力してくれるかどうかは疑わしい。

俺が元々、ここに来た理由は【はぐれドラゴン】を処分する為なのだ。まあ、【処分】というより本当は平和会議でイシンさまの聖教にまだ忠実に従っているドラゴンとなんとか共存するように説得してみたかったが、こいつの態度のせいで、それができないと思う。


どんだけ【龍の末裔】の紋章をの持ち主とはいえ、本質で俺はまだ人間だ。そしてどんな世界でも人間はまだ最弱の種族と言われている。他の動物と比べると、俺ら人間の身体能力が乏しいものだけど、人間の知識に匹敵できる者はいなかった。

…………前世だと。

この世界が前世とは一味違うけど。

ここでは人間は本当に最弱の種族なのだ。


知識?

そんなもんはもうどうでもいい。

身体能力だけでなく、知識的にも俺ら人間を超える種族がこの世界だとたくさんいる。例えば、後ろに立っているエルフの姉妹とか。

確かシリカ曰く、人間はそもそもこの世界では魔力があまりないって言ったような気がする。普段は。

魔法はまだ使えるけど、低級と中級の境に存在する魔法のみ。

それに、魔力の密度もあまりにも薄すぎてその威力も大したものではない。だから人間の俺をバカにするのは当然のことだな。

しかしさ、俺って他の人間の中で別格なんだけどな。


要はこいつを説得する為に、力押しでやらないといけない。


「ほぉ? 随分と上から目線ですね、龍王さま」


そう、俺が挑発してみる。

そして俺の挑発に乗って、龍王はシリカから目を逸らし、こっちへとその視線をやる。

赤ちゃんを見ているような目だった。


なんかむかつく。


「龍王の俺に勝てるとでも思っているのか、人間?」


問いかけられると、俺は微笑む。

彼の目に映っているのは殺意じゃない。

何故か分からないが、うまく言葉にできないが、俺を嬲っていることがあまりにもあきらかさまなのだ。


「お言葉ですが、正直に言って俺に勝てないと思いますよ?」


そう、俺が言うと、龍王は溜息をする。

おやおや。

もしかして、引っかかったのでは?

と、そんなことを思った瞬間、龍王はマントを翻させながら椅子から立ち上がる。


…………思ったいたよりデカいな。


「よろしい。俺についてくるがよい。正直に言って、もしシリカに本当に勝ててたら何をやったのかがかなり興味深い。正々堂々と戦ったのか、イカサマを使って戦ったのか、今から繰り広げられる俺たちの勝負で全てが明確になる」


そう言うと、龍王は書斎を出る。

……取り残された、俺と少女達の3人。


「大丈夫……かな?」


それを言ったのは、ルシアナだった。

よく心配してくれているよな、ルシアナって。

ありがとう。

本当に感謝している。


「まあ、大丈夫でしょ? この私に勝てる実力があるのならば、きっと親父に勝てるよね」


そしてルシアナの質問に答えるシリカ。


彼女は相変わらず平然とした表情のまま凛とした口調で喋っている。シリカを見ると、本当に心配なんていらない、と言わんばかりの顔をしている。怠惰なのかそれほど俺のことを信じているのかどっちなんだろ?


やばい。読めん。


「お兄ちゃん戦うの? アリス、見てもいい?」


まじで戦いを見るのが相当好きだな、お前。

いやまぁ、子供だからそういうことに興味を持つだろうな。

心配すべきか?

………………きっと大丈夫でしょね?

ね?


「ほら行こう。取り残されちゃうぞ」


とりあえずアリスの危うい発言をひとまず無視するとしましょう。


「行く先なら私がもう知っているのだが?」


この家の者だし、それはそうだろ。

まあいい。


「とりあえず行こうよ」


と、それだけを言い残すと、俺は書斎を後にする。

そして俺のあとについてくる、少女たちの3人。



連れていかれたのは、宮殿の中にある道場だった。

道場を一言で表すと、とにかく【広い】。


今の時点で、ここにいるのは俺と龍王、それに少女たちの3人であるルシアナ、アリス、そしてシリカ。

俺ら以外誰もいない。

別に文句を言っているというわけではないけれども。


「なかなかいいな、ここ」


俺が思わず思っていることを口にすると、その発言を聞いた龍王は頷いた。


「お気に召してよかったな。まあでも、ここに来た理由はそんなんじゃない。龍王の俺に勝てるとそう思い込んでいるお前を教育する為に、な」


俺を教育する為にか。

なかなか面白いことを言っているね。


「そうか?」


と、俺が言い返すと、龍王は頷いた。


「そうだけど? 馬鹿と天才は紙一重、という諺が存在するだろ? 俺が今ここでお前に、なんでドラゴンが最強の種族と言われているか、その事実を教えるのだ。さっさとかかってこい」


そう、龍王が宣言する。

なんか今かっこいいセリフを言ったよな。

龍王はもしかして、中二病なのか?

まあ、この世界ではアニメとかそういう類のものが存在しないので、今の発言が非常に疑わしいんだが、別にいいんだ。

さっさと始めよう。


と、そう決めると1秒も無駄にせず、【身体強化】を施しつつ後ろ腰に携えられる鞘から我が愛剣である【黒薔薇の刀】を抜刀し、【縮地】を発動して、龍王との距離を一瞬で縮める。


魔力で刃をさらに強化させつつ、左下から左上に向かって垂直方向に刀を振り上げる。

その一瞬で、龍王は驚愕で目を僅かに見開いたことが見えたが、すぐに冷静を取り戻して防御態勢に入った。重心を少しシフトしながらガードを固めつつ「✕」の形で胸の前で腕を組んだ。


刹那。

圧倒的な魔力を感じ取れた。考えるまでもなく、龍王が放った魔力だということを既にわかっていた。そしてその次の瞬間に、五感をオーバーライドした魔力が消え、代わりに龍王の腕がドラゴンのものとなったということに気づいた。


赤い鱗が視界に入る。

見るところ、結構硬そうに見えるが、刃の軌道を止めはせず、そのまま胸目掛けて【黒薔薇の刀】を振り上げて………


ガチっと、刀が鱗に当たっていたら剣と剣が切りあっているような音が響き渡る。


思っていたより硬かった。

まるで鋼のような硬さだった。

魔力で刃を強化させながらも、


これはどうしょう。


と、そう思った瞬間、龍王の後ろから圧倒的な速度でこっちへと向かっている何かがぱっと視線に入った。

軌道を目で追って、胸を狙って一直線に飛んでくるということがわかった。反射的に、俺は【超加速】を発動すると龍王から少し距離を取る。そうすると胸を狙ってこっちに飛んでいるものが見えた。

ドラゴンの尻尾だった。


「ほほっ。足も速いし反射神経もなかなかのものだな。しかし、その程度のもので俺を倒す見込みなんてないよ」


確かに、コイツの言う通りだ。

しかしこの狭いところで魔法を使うわけにはいかない。

少なくとも高級の魔法だ。

低級、もしくは中級魔法だったら行けそうだけど。


毎回高級魔法が使えない状況に巻き込まれているような気がするが、気のせいかな。


「言っておくけど、俺の力はこんな程度のものじゃないよ?」

「そうか?じゃあこっちからの助言だけど、俺に勝ちたければ全力を発揮するがよい。思う存分に俺を楽しませておくれ」


だってさ。

やっぱ強者の余裕だな、これ。

しかしジャックとは違ってこいつはちゃんと強いんだ。

……なんか楽しくなってきた。


全力は出さないけど、こいつを圧する程度なら見せてやろうか?


「わかった。後悔はするなよ」


まあ、少しだけならいいんだな。

と、そう決めると、体内に流れる魔力に集中する。

とりあえずあれを使ってみようか。

息を整え、体外に魔力を引っ張り出す。

そうすると、その魔力を雷属性に変え…これで完成っと。


「電の神よ、我が手に大嵐を召喚せよ、【雷鳴】!」


高級魔法である【霹靂】の中級魔法バージョンなのだ。

魔力消費量は【霹靂】と比べると、それほど甚だしくはないが、【雷属性の魔法】だからまだ結構激しかった。

俺が耐えられないほどの程度ではなかったけど。


【身体強化魔法】を再発動させ、【超加速】を使って龍王の元へと駆け寄りながら右手を差し出し、一点に圧縮させた【雷属性の魔法】である【雷鳴】を放つ。


手のひらから、低級魔法である【雷撃】に比べ物にならないほどの雷撃が放たれて、龍王目掛けて一直線に飛んでいく。

龍王は俺の攻撃を見ると、躱すことすらなくドラゴンの翼を生えさせ、全身を守る為にガードする。


【雷鳴】が命中した。


しかしさすがは中級魔法だけあって、龍相手に対して大したダメージを与えなかったみたい。まあでも、それは別にいいけど。

再び龍王との距離を縮めて、左逆手に握っている刀を左方向から右方向に向かって水平に切り払う。

龍王は右の翼で俺の斬撃を押しのけてからドラゴンのものとなった爪で攻撃してくる。


それを横目で見抜き、俺は攻撃を躱す為に姿勢を低くさせつつ左手の手首を少しずらして、逆手から順手に変える。

龍王の攻撃が頭上を過ぎるのを見かけた。

そのまま姿勢を正させながら180度で身体を回転させ、龍王の首目掛けて円弧を描いて刀を切りつける。

しかし龍王は俺の反撃を見切ったか、投げ出された腕を少し引き下げて、首へと向かっている我が刀を受け止める。


やはり龍の鱗ってマジで硬いなぁ。

と、そんなことを思いつつ動きを止めることなく左手に持っている【黒薔薇の刀】を手首を少しずらすことによってまた順手から逆手に変え、そのまま龍王の喉元を容易に掻っ切れるように刃を位置する。


………静まり返った、宮殿の道場であった。

誰も身動きも取らなかった。

聞こえたのは、激しく鼓動している自分の心臓と、ここに集まっている者が息をしているその音のみ。

これは、俺の勝ちでいいだろ。

どんだけ驕傲だというのに、こいつもきっとそれを理解している。しかし、ここまで来たからには、まだ油断するのが早い。

これからも、慎重に進まないといかない。


しばしの沈黙の後、


「で、どうする?」


と、俺はやっと龍王に問う。

すると龍王はしばらくの沈黙の間、答えてくる。


「普通に龍化したら容易く抜けられる、こんなもんだったら」


とは言うものの、少しでも手首をずらていたら、自分が死ぬということがもうわかっているだろ。

この位置だと龍化ができる前に俺はお前の喉元を掻っ切れるから。

もし敵だったらもう死んでいるけど、幸いなことにお前は敵じゃなくシリカの父親だ。


「俺の位置と自分の位置をちゃんと見ててね。龍化ができる前に、普通に手首をずらしたら殺せるだろ? 自分に言わせれば、どう考えても今度は俺の勝ちだが、確かにもし龍の姿だったらこんなことにならなかったけどね」

「龍王に対してそんな口の利き方か。なかなか面白い小僧だな、お前」


そう言うと龍王はクスクスと笑う。


面白がってる。

まだ俺を見くびっているのか?

高級魔法の練習対象にしたらどうするのかな?


と、そんなことを思うと、龍王がまた口を開ける。


「まあいい。今度はお前の勝ちとしよう。次から手加減はしないけど」

「ほぉ? 次は全力を出すってことなのかな?」

「バカを言うな。人間のお前に対して全力を出す必要がないと思うけど、少しなら見せてやるが。龍王はなんのものなのを。それと、本当に俺のシリカちゃんの夫にふさわしいかどうかをもちゃんと確認しておきたいものだ。全力を出せ、と言っても、お前はなかなか全力を出してくれなかったなぁ。限界に達するまで、どこまでやれるか、なんの力を秘めているか、俺は必ず見つけ出してやる」


言うと、龍王は観衆を見やる。


「俺の負けだ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る