childhood mixer(チャイルドフッド ミクサー)

月野夜

第1話

「音楽には人の能力を促進させる効果があるらしい」


「なにそれ、聞いたことないんだけど」


 放課後の教室、室内には俺と幼稚園からの幼馴染であるつむぎの二人だけが残っていた。

西日が眩しく光り、つむぎの黒髪に反射する。

 一週間後に迫った体育祭の、クラス対抗仮面舞踏走の代表ペアとして、居残りで俺たちは特訓をしていた。


「俺が入手した情報には、競技中に流れる曲のリストがある。この曲に合わせて踊ればダンスも覚えられるし完璧だ。一位もあり得る」


「あのさ、翔平ってそんなに体育祭に熱心だったっけ」つむぎは過去の体育祭を思い出すためか、指折り数えだす。


「あの時は誰かさんが貸すのを渋ってたからだろ。それに今年は高校生最後の体育祭だ。最後に思い出作りしないとな」俺は思わずニヤける。


「似合わなっ。てかキモっ」つむぎは頬をこわばらせた。


 つむぎとの出会いは古く、お互いに乳歯が残っている頃からの付き合いで、その付き合いは当然、永久歯よりも長い。

 中学を卒業したら別々の高校へ進むものだと思っていたが、つむぎが、『私も同じ高校受けるから』と突然宣言したのが入試の前日だったものだから驚いた。


「しゃにむに頑張るんだよ。最後なんだから」


「いや、だからそれが翔平らしくなくてキモいんだって」


「俺らしいとは」長年の付き合いの中で、何度かつむぎのそのセリフを聞いたことがあった。

確かな記憶じゃないが、呆れていたような様子が頭の中でぼんやりと浮かんだ。


「覚えてないの? 林間学校のとき」


「林間学校? 学校なら小学校と中学校にしか通った覚えがない」


「あんた、あのとき本当にサイテーだった」とぼけたフリをしたとて、つむぎは話を続けた。

 俺が覚えていないなど、これっぽっちも思っていないような素振りだった。


「最低じゃない。むしろ最高だろ。つむぎにそんな鮮明な思い出として残ってんなら」

 あれは中学二年の夏だった。長野県の八ヶ岳への林間学校で行った時のお話だ。


「二泊三日で八ヶ岳に行ったよね。朝早かったし私は着くまでバスで寝てた」


「同じく」俺は大きく首を縦に揺すった。


「お昼前には着いたけど、私バスに酔って部屋で一人休んでた」つむぎは目頭を押さえるようにして当時の辛さを再現してみせていた。

 昔からそうなのだ、つむぎは乗り物に弱い。


「俺は三半規管が強いからな、なんてことなかった」当時、俺たちはクラスが別だったため乗り込んだバスも別々だった。

 少なからず、吐くなよとは後方のバスから念を送っていた。


「ほんと、あの期間は憂鬱だった。調子悪かったし」


「健康体のつむぎが珍しく、ずっと寝込んでたもんな」確かに稀にみる絶不調なつむぎに、当時の俺は不安を感じていた。

 クラスは違えど幼馴染であるつむぎと何かしらの思い出を刻んでやろうとは思っていたものだから、林間学校のプログラムが進むにつれて、思い出つくりに残された猶予の心配が、頭を過ぎりはじめていた。


「だいぶ調子が戻りはじめたのがみんなが夕食終わった後だった」


「あれは夕食の後か」と俺はぼやく。

 確かに腹が膨れすぎて、つむぎたちのクラスが寝泊まりする宿に着くまでには、横っ腹が痛み始めていたのを思い出す。


「突然よ、突然。仮にも女子生徒が寝泊まりする部屋にフツー上がってくる?」堂々たる侮蔑の視線を、つむぎは俺へと向けた。


「あの時は多大なひんしゅくを買いそうだった」そうなのだ、中学二年と言えばせいぜいお年玉で欲しかったゲーム機を買うくらいが関の山だったが、あのときの俺は後世に残るほどの大変に大きな買い物をするとこだった。

 それはさぞかし立派な墓石となっていたであろう。


「部屋のみんなは入浴の準備してたからね」


「つむぎが他の女子を説得してくれてなかったら、先生に突き出されてた」


「私が私じゃなかったら長野県警に突き出してたわよ」つむぎは意味不明なことを口に出す。あの頃からか、俺が他の女子を見ていると、「まだ執行猶予中ですけど」とくぎを刺すほどだった。


「そんなの丸く収まったんだからいいじゃねーかよ。そんな昔話されても俺にはきょーみがないんだよ」


「お前とフォークダンスのペア組むぞって、体調の悪い私に云ってくるかフツー?」


「そんなこと言ったか? まぁいつまでも布団に潜ってたって、体調は良くならないだろうと思ってよ」


「あのときは生理だった。貧血気味でフラフラだったし」つむぎは校庭を眺めるように顔を窓の方へ向けた。

 沈みかけた夕陽に染まる彼女の顔が、少し眩しく見える。


「ちっ、それならフォークダンスよりもフラダンスの方が良かったな」


「そういうセンスのない所もサイテーだよね」つむぎの顔がまた俺に向けられたとき、いつものあどけない笑顔がそこにあった。


 その後、約束通りに俺はつむぎとフォークダンスを踊ることとなった。フォークダンスの定番音楽と言えばオクラホマミクサーだ。

 つむぎが、体調が本調子でないことを担任に話しキャンプファイヤーの周りで踊ることを辞退はしたが、少し離れた所で移動することなく踊りたいと、やや強引な論法を使い許しを得た。


「幼馴染というのは、学校内でもそれなりの効力を発揮するもんだな」


「なんだおまえら、そういう関係だったのか。って言われたしね」つむぎがふてぶてしく言う。「さもいかがわしいみたいな言い方が癪に障るんだよねアイツ」


「担任の小金井か。俺もアイツから話聞かされた時はビビった。どうしてもつむぎがお前と踊りたいらしい、って言われてよ」


「事情の説明が下手糞なんだ。許してやってよ」出来の悪い生徒をかばうような優しさを、つむぎは見せた。


「本当は何て言ったんだよアイツに」


「キャンプファイヤーの前でそれらしいことしたいから、幼馴染の翔平と踊りたいって、それだけだよ」


「どうしてもか?」


「どうしても踊りたかっただけ。翔平に至ってはおまけ」


「おまけとは何だ、おまけとは。一緒に踊ってる最中にそのおまけに、つむぎは助けてもらったんだろ」


「だから言ったじゃん、生理中だって。私貧血ひどかったんだから」


「だったら大人しくしてた方が良かっただろ」俺は呆れた。

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