第9話 お父様とお散歩 IN 西の庭園。
「お父様! これは何ていう花ですか?」
前世の記憶と良く似た花にテンションが上がる。
「それは、ローズという花だよ。」
あ、やっぱり薔薇だ。
王道の赤い薔薇の他に、白に花びらの先が濃いピンクになった薔薇や、黄色い薔薇、少し黄みがかったクリーム色の薔薇、色とりどりの薔薇が咲いていた。
「とても綺麗…それに、凄くいい香りがします。」
『香りのない薔薇は、笑わない美人と同じ』と言う言葉があるらしい。
それくらい薔薇の香りはとても魅力的だという意味らしいけど、確かに薔薇の香りは凄くいい香りがする。
うっとりしつつ薔薇の香りを吸いこんだ。
この世界と前の世界の似た物は、何故か英語の名で呼ばれていた。
花は特にそれが顕著で、薔薇はローズだし、日本名でツツジと呼ばれている花は、英語表記のアザレアと、この世界では呼ばれている。
東の庭園、南の庭園は、賓客を招く時に選ばれて使われる事が多く、その為、庭園にテーマを持たせて一枚の絵のように素晴らしい風景が広がる庭園に仕上げてあるが、西の庭園と北の庭園は景観に拘るというより、リラックスして過ごせるような癒しをテーマにしているようだった。
今、お父様と一緒にいるのは西の庭園。
実はお父様が好きなのは北の庭園らしいのだけど、今日はたまたまそちらで大掛かりな花の植え替えが行われているそう。
竜王なのだから優先されるだろうとばかりに無理に行って、庭師達の仕事を邪魔したくないそう。
竜族は建国からずっと大きな力を持ち続け、その力は衰える事なく未だに世界の中心国として君臨している。
それは竜族が他種族よりも桁違いに強いという事もある。
寿命も長く、力も強くとくれば、ピラミッドの頂点に君臨するのは当然だ。
竜王はその竜族の中の頂点に居るのだから…それは中心国で居続けられるよね。
そんな強い存在が傲慢で残虐であったなら、この世界は酷いものだったろう。
けれど竜族は、大きな力を持ってるからこそなのか、穏やかな人が多く他族へもとても優しい。
まだこの世界に来てそんなに日は経ってないけれど、竜族の皆が大好きだ。
――――あ、例外居た。
あのSっ気がある竜族の方…宰相職の…。
あの方は竜族の中での異端種だな、穏やかさは表面だけな気がする。
ぶるりと震えて、嫌な予感がしたので考えるのをやめた。
(触るぬ神に何とやらっていうし、そっとしとこう)
絶世の美男子に穏やか微笑まれ手を繋がれて散策する庭。
時々キュッと手に軽く力が込められて、見上げると繋いでない方の大きな手で頭を撫でてくれる。
(んなっ―――!?)
な、な、な!?
プシュ―っと頭から湯気が出そうになる程に顔を真っ赤に染める
アラクシエルは切れ長の目が嬉しそうに弧を描く。
「毎日、これは夢ではないのか、と思うのだ。目覚めれば、イオはまだ目覚めておらず、閉じた瞼が開くのを願う現実が待っているのではないかと…。」
辛そうに歪んだ唇が、また微笑みを浮かべる。
「イオは目覚めここにいる。間違いなく現実だ。」
娘に弱音を吐いた事に羞恥を感じたのか、目元がほんのりと赤い。
「お父様…。」
「どうした? そろそろお茶にするか?」
なんていうことでしょう、自分の父親が可愛すぎる。
顔を真っ赤にして動きを止めたままの璃音の状態を確認するように、繋がれた手をふるふると揺らされる。
「疲れてしまったかな。」
璃音の繋いだ手を引きながら、前世の平屋の一戸建てのような大きな建造物に連れて行く。
壁がなく天井と壁半分がガラス張りになっている為、外の景色も眺めつつ休憩できるように作られてあるようだ。
中に入ると柔らかそうなラグが敷いてあり、寄りかかられるように、大小様々なクッションも置いてあった。
「疲れさせ過ぎてしまったか? さぁ、そこに座って。」
へにょりと眉を下げ、そっとクッションの上に誘導された。
(あ、やば、心配かけさせてる! 凄い設備だなってぼーっとしすぎて一言も話さないままだった!)
「おとうさま…二人でするお散歩が嬉しすぎて言葉を失ってました。大丈夫です、とっても元気です!」
お父様のイケメンっぷりの態度や表情に意識しちゃって、何だか恥ずかしくてしばらく時間停止してた事は黙っておこう。
「そうか。そんなに嬉しかったのなら、また時間を作って他の庭へも案内しよう。」
嬉しそうに弾む声でアラクシエルは約束した。
私の認識の中にある庭っていうより、中規模公園くらいの広さが西の庭園だけでもある。
四庭園の中で一番小さいとかお父様が言っていたので、他の庭園はどれだけ広いんだろうか。
迷子になったらどうするんだろう。
この世界に、GPS的な何かないのか。広すぎて見つけて貰うまで時間が掛かりそう。
アラクシエルは、何もない空中に手を突っ込むと、出来たてのようないい香りの焼き菓子と、サンドイッチ、湯気が立っている紅茶のポットとカップを次々に取り出して並べ始める。
「お父様、凄い! 何もない所からどうやって取り出したんですか!?」
璃音はわあ! と嬉しそうに声を上げ、質問する。
(これは…! 小説とかで良く見る、収納魔法的なヤツかな!?)
「ん…? ああ、璃音は初めて見るか。これは
「そうなんですね! 楽しみにしています。まだ今は座学がばかりなので、頑張って座学を修了させて、早く魔法を習いたいです!」
金の瞳を輝かせ、やる気たっぷりに胸の前で握りこぶしを作る璃音。
(竜王の娘チートって奴ですね! 魔法楽しそう!)
「はは、頼もしいな。座学は魔法の基礎なのだ。ここをしっかり学ぶ事で、正確な魔法行使が出来る。頑張りなさい。」
璃音の頭をまたナデナデするアラクシエル。
(はぅっ!)
親が子供を可愛くて仕方ないって感じで撫でてくれるんだろうけど、
記憶が全くないせいか絶世のイケメンが慈愛に満ちた顔をして頭をなでなでしてくれているという、少女マンガでしかお目に掛かったことのないシチュエーションに、胸の鼓動が有り得ない速さで打ち続けている。
(今、私凄いヤバイ顔になってる自信あるわ・・・)
ふへへっと照れ笑いを浮かべると、璃音は頭を撫でられる感触に集中した。
璃音のふにゃふにゃの顔を見て、アラクシエルの胸は愛しさでいっぱいになるのだった。
二人だけの(護衛やメイドの方々はいらっしゃるけど)優しい時間が流れる。
香りがとてもいい紅茶を飲みながら二人で静かに寛いでいると、
「きゅうきゅう」と、何か動物の鳴き声が聞こえた。
断続的に「きゅうきゅう」と鳴いている。
小さい子猫の鳴き声に聴こえなくもなくて、あれ? 何だろうとガラス張りの壁の向こうを眺める。
外に目線を向けながら、焼き菓子を摘まもうと伸ばした手に何かが触れた。
「あ……」
つるりとした白いトカゲ…? のような生き物が、私の手首にちょんと小さな顎を乗せていた。
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