第7話 姫教育の開始と個性的な講師たち。
――この世界でイオフィリア姫として意識が覚醒し、四か月が過ぎた。
姫教育という名のスパルタ英才教育が開始され、一日のうち睡眠と食事を抜いたら教育時間というコレある意味虐待では? な、日々が三か月程過ぎた頃。
今日も今日とて姫教育という名前だけは可愛い中身はスパルタ英才教育の前半を終え、喉が渇いた目が痛いとごねて小休憩をもぎとった璃音。
日本の教育の十歳の基準でいると脳がおかしくなりそうなので、この国の貴族子弟の十歳の基準だという座学、ヴァーミリオン王国の貴族の子供凄すぎない?というレベルの難しさだった。
アルバート・アインシュタインが1905年に提唱した理論で、 ニュートンの時代に完成した、時間と空間は絶対的なものであるという理論を変え、光の速さを絶対的な基準として考えた理論―――と似たようなレベルのものをもっと小難しい言い回しをいくつも散りばめた魔法理論的を提唱した人物をたくさん頭に詰め込まされる。
王女に魔法理論とか必要なの…? 幾度も頭を過りましたとも。
姫って社交と外交を頑張るってイメージだったけど、竜族の姫って違うのかも。
脳がとってもとっても疲弊しているのが分かる。
メイドに出されたお茶に砂糖を三つも入れてしまった。
(糖分が脳に染み渡るわ……)
目を閉じて染み渡る糖分を味わう。
「ご一緒しても?」
左横から低く柔らかい声が耳に届いた。
聞き覚えの有り過ぎる程の声にそちらに顔を向けると、
(インテリイケメン様もといスパルタ教官様…)
「まぁ! メレキセデク様! 」
最近やっと耳に慣れて来た自分の声を意図して明るく嬉しそうに発声する。
本音は「げっ! 何故ここに私がいるのがバレた!?」である。
(座学の授業で嫌という程一緒にいるせいで、座学の苦手さも手伝ってこの人も苦手になっちゃった…)
璃音と初めて対面した時と同じ様に慈しむような優しい瞳を向け、ふわりと柔らかく微笑んで璃音を見るメレキセデク。
内心の気持ちに罪悪感を感じつつ、肯と返事をして一緒にお茶をすることになった。
「姫様、私の座学の授業はどうですか? 分かりづらいのでしたら、覚えやすいコツやもっと丁寧に教える時間も別に取る事も出来ますよ。」
「えっ…いや、難しくてついていくのはやっとですけど、メレキセデク様は宰相でいらっしゃいますから、これ以上のお時間を頂戴するのは気が引けますし申し訳ないので―――」
「姫様、貴方を立派なレディにする為の座学です。それはこの国の為にもなります。宰相としての仕事と遜色ない大変大切な政務ですよ。」
(絶対ソレはない! と断言出来る。…が、お父様が多分メレキセデク様に頼んでるんだろうな。心から信頼出来る者に任せたいって私に言ってたもの。)
「国の政務と比べられるなんて烏滸がましすぎて倒れそうですが、一日も早くメレキセデク様のお手を煩わせる事を無くす為、頑張ります。」
「座学を教えるという姫様との時間に煩わしさを感じた事になど、ただの一度もありませんよ。むしろ、常に待ち遠しいとすら…」
(待ち遠しい…? あのスパルタ時間が?)
小難しい話で理解が追い付かなくうんうん唸る私を、柔らかく微笑みながらも理解するまで何度もその部分を音読させるというあの時間が―――!?
(インテリイケメンによくある属性のS属性ですか…?)
璃音は恐々しながらメレキセデクを見遣る。
「姫様は教え甲斐があって、私にとって非常に優秀な生徒なんですよ。」
ニッコリ微笑んだ背後に黒いオーラの幻覚を見た。
「ま、まぁ…、勿体ないお言葉有り難う存じます…?」
淑女教育で習った言葉遣いを気を付けながら会話を返しつつ、後半のスケジュールに座学はあったか記憶を探る。
……ない。ないはず、多分。
一応このお茶の時間が終わったらすぐに専属侍従のジンにも確認しておこう。
「熱心な生徒にはこちらも熱心に返したくなるというものです。指導とは同じ熱量である時が真に理解度が進むものです。私はその瞬間を姫と毎度味わっている。素晴らしい事です。」
(えっ、そんな感じでした? 半分泣きが入る私を笑顔で音読を続けろという図しか思い出せませんが…)
「さて、そろそろこの至福の時間を切り上げて陛下の補佐に戻らなければ。姫、また次の座学の授業でお会いしましょうね。」
いつの間にかお茶を飲み終えたメレキセデク宰相閣下は、優雅な身のこなしで立ち上がると、聖母のような微笑みを私に向け、一礼して去っていった。
(何か薄ら寒いものを感じた気がする…)
午後の部の一番最初の授業は、淑女教育だった。
お父様のお母様のということは、私のお祖母様の従姉妹である公爵夫人が、私の淑女教育の教師になって教えて貰っている。
凄い怖い人が出てくるのかと思っていたけど、派手で妖艶な美女だった。
さすが長寿の竜族、見た目は二十代にしか見えない。
妖艶でお色気たっぷりな美女から淑女という言葉は連想されなかったけれど、非常に優秀な講師だった。
「昼は淑女、夜は娼婦のように」がモットーらしい公爵夫人は、オンオフをきっちりと分けているらしく、淑女モードに入ると纏う雰囲気がガラリと変化した。
首を傾げる仕草や目線まで優雅で気品があり、その指先爪先まで計算され尽くした所作は素晴らしかった。
私の日本人の庶民っぽい口調を好ましく思ってくれているのか、授業を終えるとくだけた口調で話すよう促される。
授業が一度始まれば完全に全てにおいて淑女たらねば絶対零度の視線と厳しいお言葉を頂いた。
その指導のお蔭で私の王女としての所作や口調はとてもレベルアップしたと実感しているのだけど―――
「イオフィリア姫様、二か月後に王女様のお披露目の為に王宮主催のお茶会が開催されますけれど、そこには姫様のツガイ候補が勢ぞろいで呼ばれているのはご存じかしら?」
次のダンスの授業まで時間が少しあるので、お茶でもいかが? と、夫人に誘われてお茶をしている時の話である。
「ツガイ候補…? ですか? 鳥の…?」
私の鳥の候補? 何だろうソレ。
「まあ、姫様ったら。冗談がお上手ですこと。ツガイとは通常の婚約者よりも立場の上の存在であり、我々竜族にとって一番に尊重される存在の事ではありませんか。」
うふふ、と色気たっぷりの含み笑いをされた。
あれ? もしかして、夫人には私の記憶がない事いってないのかも? と一瞬思う。
余計な事は言わない方がいいなと思い、夫人に質問を返した。
「ツガイ候補のお話は伺ってないですね。どこからそんなお話が出たのでしょう。」
「今、貴族の間はそのお話で持ち切りになってましてよ。皆さん我の息子こそ! と張り切っておいでですわ。」
(ええー、合同お見合いみたいで嫌なんですけど…。まさか十五歳で結婚十六歳で出産なんて事にさせられるんでは…)
そんなに早い結婚は嫌だ。
後五年程度しかお父様と合法にイチャイチャできないの何て嫌だもの。
あと、お父様より美しい男性はきっといないから興味も湧かない。
「姫様は、陛下以上に興味が向く殿方が現れなさそうですわね、ほほほ」
図星を突かれて、璃音の頬が薔薇色に染まった。
竜王の魔力で生み出されたイオフィリアは、髪色も瞳の色も竜王と全く一緒だった。
顔立ちも竜王を十歳の女の子にしたらこんな顔立ちになるだろう程に瓜二つ。
絶世の美形の娘は、絶世の美少女なのである。
夫人は将来とんでもない美女になるだろう王女を見つめ、そう遠くない未来の陛下の苦労を思うのだった。
「ツガイ候補であって決定ではないのだから、姫様も初めてお茶会に出席されるのですから、まずは楽しむ事が大切ですわ。姫様は竜王である陛下の息女、強引に縁を結ばせる事は、陛下以外の誰も出来ない事ですから、不安に思う事などないのですのよ、安心なさって。」
(そっか…お父様が受けなければ何も始まらないんだ。よかった…娘バカのお父様の事だから絶対に受けないに違いないし。)
「はい、そうします。有り難うございます、カロルナ夫人。」
璃音は習った通りに、にっこりと淑女の微笑みを浮かべて答えた。
「素晴らしい微笑みですわ。」
夫人は嬉しそうに微笑み返した。
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