第五章 三話 同じ景色
「え? 何? あ、あれ? 誰もいない……」
誰かに起こされたような気がして弘樹が目覚めた。
「おはよう、弘樹」
「ああ、朱音、おはよう。悪いな、いつも起こしてくれて」
朱音が起きていたので通話アプリ越しに挨拶を返した弘樹は、いつものように彼が起こしてくれたと考えて礼を言った。
「違うって。理沙姉さんが疲れたから帰って寝たいって言い出して、それで彼女が起こしたの」
「そうか理沙さんか」
「朱音も寝たいんだけど、その前に報告よ」
「お、おう?」
「上手くいったわ! 三人同時召喚!」
「マジか!」
「詳しくは通話動画を録画しといたから、後でそれを見てね」
「朱音、ありがとな。それにしてもゲームの同時起動なんてよく思いついたな」
「召喚の原理も不明なのに、分かりっこないことを考えようとするから難しいのよ」
「ああ。召喚で俺たちが想像できんのは、ゲームやアニメによくある異世界召喚くらいだもんな」
「召喚で弘樹がしてることって、パソコンで起動してるゲームのやりかけと寝落ちだけ。ならやりかけのゲームを増やすしかないでしょ?」
「とにかく、三人とも呼べてホント助かったよ」
「うん、感謝してね。じゃ、おつかれさま!」
弘樹は朱音がログアウトするのを確認すると、三人同時召喚を録画した通話動画を見る前に、トイレに行って水を飲もうと席を立った。
朱音にはほんと足を向けて寝られんな。
なんか恩返しがしたいけど。
どうもバトロワのクランの話もちゃんと進んでないみたいだし。
朱音のことを喜ばせてやりたい。
なんかいい方法がないかな。
考えながらトイレに行き、キッチンで冷蔵庫の水を飲んでいると、お馴染みの注意が飛んできた。
「直に口を付けて飲むなら、もう水のボトル買わないわよ!」
弘樹の母親が腰に手を当てて彼を睨んでいる。
「あ、ごめん、つい習慣で。気をつけるから」
弘樹が素直に謝ってコップに水を注ぐと、彼の母親が表情を緩めてから全く別の質問をしてきた。
「相変わらず部屋から女性の声が聞こえるけど、あれ本当にパソコンなの? どうにも部屋でしゃべっているみたいに思えるのよね」
「夜遅くに迷惑かけてごめん。注意するから」
またも素直に謝る弘樹の様子に驚いた彼女は、まじまじと息子の顔を見ると不思議そうにたずねた。
「あなた、少し変わったわね」
「え? そう?」
「それって里美さんとかネットの知り合いのお陰?」
「ああ。彼女たちもそうなんだけど……」
「けど?」
「彼女たちのことで朱音に世話になってるんだ」
「ああ、朱音ちゃんね。最近見ないわ」
「ネットでは毎日会ってるよ。あいつホントいい奴なんだ」
その言葉を聞いた彼の母親は嬉しそうに微笑んだ。
弘樹は母親のその態度がなんだかむず痒くて顔を逸らすと、階段を上がり自分の部屋に戻った。
そうだ!!
朱音も部屋に呼んで、みんなでクリスマスパーティをやろう!
今日は十二月二十三日。
急過ぎて明日やるのはさすがに無理でも、明後日の二十五日ならみんなも予定を調整してくれるかも。
どうやら朱音も俺と同じで、予定なさそうだし。
メンバーが女ばかりで出会いの場とは言えないけど、仲良くなったメンバーがいれば、きっと楽しんでくれるハズ。
朱音が尊敬するせせらぎちゃんも誘うしね。
いいことを思いついたと、弘樹は笑顔でパソコンの操作を始めた。
昨日の様子が記録された録画データを見ながら、パーティの段取りでも考えようと気軽に視聴を始めたのだが……。
そこには召喚された、アリス、せせらぎ、理沙が映っていた。
いつものように机に突っ伏してただ眠っているだけの自分を、信じられないことに美女たちが取り囲んでいるのだ。
「す、すげぇ。天国になってる……。全く記憶はないけど……」
弘樹の左後ろからは理沙が彼の肩に手をかけて身をのりだし、右後ろからはアリスが背中に乗っかる様に身を乗り出し、更にはせせらぎが隣に座って何か怪しい動きをしている。
何だか彼女たち三人ともが凄いことになっていて、急いで画像をスロー再生にしてよく確認してみる。
理沙は胸元が大きく空いたTシャツで身を乗り出しているが、不思議なくらいにカメラのアングルが良くて、Tシャツの胸元がガバッと開いて中が丸見え。
紫色のブラジャーがしっかり見えている。
アリスは横の理沙の方を見ながら口調を指摘しているが、小柄な彼女が弘樹の背中から身を乗り出したため、まるで大きな胸をワザと背中に乗っけているみたいだ。
そしてせせらぎが凄かった。
後ろの二人を見て真剣な表情になり対抗心をもったのか、おかしな行動をしだしたのだ。
彼女は、座ったまま少しかがんだかと思うと、なんと右手に靴下を持ってカメラに映した。
その靴下を寝ている男の顔へ、つまり弘樹の顔へ押し付けたのだ。
アリスちゃんと理沙さんの攻撃が凄まじ過ぎる!
一人ひとりの攻撃が、それだけでダウンするほどの大ダメージ級だ。
ああ、理沙さんの下着を生で見てみたい!
彼女の場合、痴女というよりは挑発なんだよな。
その挑発はもちろん自分の身体に手を出させるのが目的な訳で……。
もし調子に乗って胸を触っても「もっといいぞ」とか言われそう。
アリスちゃんの無自覚エロもヤバイ……。
これ完全に俺の背中に巨乳を乗せちゃってるよ!
うぉおおお! なんで俺の意識がないんだよっ!
くぅぅ~、アリスちゃんの胸の感触がどんなか、背中で味わってみたい!
そしてせせらぎちゃんだ。
知らないうちに、清楚系美女の靴下越しで呼吸をしてしまった。
俺は彼女の匂いを甘く感じるくらいだから、きっと靴下の匂いも嫌に感じないんだろうな。
今までは、使用済みの着衣を買う奴の気持ちなんて意味不明だった。
だが、頬を染めた女性が嬉しそうに下着を押し付ける姿は、とんでもなくエロいぞ。
や、やべえな。
もし俺に意識があって、靴下で彼女の足の匂いを嗅いでたら、変な趣味に目覚めてたかもしれん。
弘樹は、自分に起こった夢のような展開に身体が震えた。
この状況、彼女たち全員が彼に好意を持っているのが明白。
それはここにいない里美も同様。
まさにフラグ全立ち!
しばらく弘樹は呆然と動画を見ていたが、本来の通話相手である朱音がふと目が入った。
これ、俺はラッキーだが朱音はいい迷惑だよな?
興味のないネトフレの男が女にモテてるのなんか、見たくもないよな。
本当なら誰かいい男を紹介できたら喜ぶんだろうけど、あいつ、好みのタイプを聞いても「笑うから言わない」って教えてくれないもんな。
こうなったら、二十五日のクリスマス企画を少しでも楽しんでもらおう!
明後日のイベント開催に向け、弘樹は構想を練りながらバイトをこなす。
幸い二十五日は日曜日でバイトが休み。
今までなら予定のないクリスマスの休みに腹を立てたところだが、今回は渡りに船だった。
「という訳で二十五日に彼女たちを呼んで、クリスマスパーティをやるぞ! 朱音も俺ん家に来てくれ!」
「ま、待ってよ! 弘樹ラブラブな環境に朱音を呼ばれても困るよ!」
「それがさ、家が遠い人もいそうだから、召喚で彼女たちを呼ぼうと思うんだ。だから俺は結局、寝てるんだよ。すまん。起きてる朱音が場を仕切ってくれると助かる。もちろんせせらぎちゃんも呼ぶぞ!」
「……弘樹寝てるんだ。まあ、ちょっと楽しそうではあるけど。それに弘樹にも会えるし……あ、いやそれはどうでもいいわ」
「調べたら、彼女たちはクリスマスの夜にそれぞれ時間をずらして生配信をやるらしい。だから昼間ならみんなの都合も合うハズだ」
「うん。じゃあ今夜の召喚で、みんなに明後日のパーティについて声をかけておくね!」
「里美さんにはもうバイト先で俺から伝えてある」
これで少しでも朱音に楽しんでもらえれば、弘樹はそんな思いを抱きながら今日も必死にMMORPG、バトロワ、麻雀の三つを同時並行でプレイして、目論見通りに寝落ちした。
◇◇◇
「今日も召喚されたな」
バイトから帰って一本目のビールを飲んでいた理沙は、視界が白くなったことで昨日に続いて召喚されたことを理解する。
いつものように床に座ったままでわずかな浮遊を感じ、視界がクリアになって床へ着座した。
「おう、アリス、せせらぎ、お疲れ!」
目の前にパジャマ姿で立っているアリスと、ベッドに同じくパジャマ姿で座っているせせらぎに声をかける。
「理沙さん、せせらぎちゃん、こんばんは!」
「こんばんは、みなさん」
二人と挨拶をしながら、デスクの方を見るといつもの様に弘樹がゲームをしたまま寝落ちしていた。
「相変わらずのんきに寝落ちしてんな。たまには私もイタズラしてやろうか」
口角を上げてニヤリと笑みを浮かべた理沙が、何となしに辺りを見回すと、ローテーブルに置かれた二通の封筒が目に入った。
いくらすぐに何でも首を突っ込む理沙でも、他人宛の郵便を見ない分別はある。
だが、ここ数日で噴出した疑問を解消するのが優先だと考えて、目の前にある封筒に手を伸ばす。
中身を見ずに宛先だけ確認して小さくうなずいた。
やっぱり弘樹の住所は間違いなさそうだな。
となるとおかしいのはアリスの話だが……。
今日はこいつらとも話をしないと。
この召喚が、最初に思ってたのとは違うかもしれないってことを。
「みんな来たわね」
昨日と同じように朱音が召喚を待っていたようだが、理沙には確認したいことがあった。
「朱音、他のみんなにもちょっと話があるんだが」
「あ、理沙さんまた! ですわよ、だよっ!」
「ちゃんとしないといけないんですぅ」
「……」
理沙の口調をアリスとせせらぎがすぐに注意する。
朱音は自分が出しゃばる場面ではないと空気を読んで沈黙した。
「あーもう、面倒臭えなぁ。……みなさんにご相談がありましてよ?」
一体なんで自分のキャラが地の自分とかけ離れたこんな面倒臭い設定なのか、と理沙は毎度の不満を抱きながら、ボリュームのある赤く長い髪に右手の指を差し入れて頭をかいた。
「え、理沙姉さんも話があるの? 実は朱音からも話があるっていうか、まあお誘いなんだけど……」
「どうぞ、朱音さんから先にお話してくださいな」
理沙は寝落ちする弘樹の横に座ると、出口のない自分の話よりは先に朱音の話を聞く方が軽そうでいいかと判断して続きを促す。
「え、朱音が先でいいの? じゃあ早速。みなさん、明後日の二十五日にその弘樹の部屋でクリスマスパーティをやりません?」
朱音のこの提案にみんなが一瞬笑顔になるも、すぐ全員そろって顔色が曇った。
「朱音さん、わたくしたちの事務所は二十五日の夜に生配信リレーをする予定ですのよ」
「男性ファンに向けた一大イベントだもん。バリバリ働いとるって」
「ああ、お仕事ですぅ」
「あ、夜じゃなくて昼間よ。弘樹の仕事場も休みらしいし、里美さんも呼ぼうかと。あと朱音もネットじゃなくて直接行きたいなぁなんて……」
「あら。朱音さんもいらっしゃるのですね。それは楽しみですわ」
「ホント!? 朱音に会えるんだぁ! いいね、すっごく楽しみ! 私は絶対参加だよ。せらぎちゃんは?」
「あのっ、私も朱音さんに会いたいですぅ」
「え、あ、ありがとう……。何だか緊張するわ……」
みんなの好意的なリアクションに、朱音が恥ずかしそうにする。
「ああ、朱音のその表情いいわぁ……あっ。……お、おほほ。これで当日は、弘樹さんを奪い合うメンツがこの場所に全員そろいますわね」
理沙の言葉を聞いた朱音は、顔を赤くしてうつむいたが否定はしなかった。
「負けないからね、朱音! あ、ねえねえ、それなら弘樹の家の住所が知りたいな。ここの住所が分かれば、召喚じゃなくて直接来れると思うんだよ、私」
「え、あ、それですと弘樹さんは起きたままですか? か、かなりドキドキしますぅ」
弘樹の住所を知りたがるアリスとせせらぎに、朱音が待ってましたと説明を始める。
「その場合、遠方の人が大変そうなのよ。それで弘樹と話して、そこにある弘樹宛の封筒で住所を確認してもらって、誰か一人でも遠い人がいたら全員召喚にしようって考えてるの」
そう朱音が説明したところで、理沙がローテーブルにあった弘樹宛の封筒をみんなに見せた。
「先程、わたくしがお伝えしたかったのが
理沙が封筒を一通ずつアリスとせせらぎに手渡す。
アリスの受け取った封筒は役所からの予防接種のお知らせ、せせらぎが受け取った封筒は資格学校からのダイレクトメール。
「こ、これって……」
宛先を見たアリスが声を震わせた。
アリスの過剰な反応に、せせらぎと朱音が首をかしげる。
「以前、里美さんから聞いた住所と同じですぅ」
「え? 弘樹の住所って何か変なの?」
「実はわたくし、アリスさんから弘樹さんの住所の相談を受けていまして……」
理沙が話す途中でアリスが急に動き出す。
いきなり窓のそばまで移動したアリスは、ガラガラと勢いよく窓を全開にして外に広がる夜の景色をのぞいた。
「そ、そ、そんな……」
外からはビューと風音が聞こえ、アリスの顔周りの金髪がバタバタと揺れ動く。
拍子で髪を纏めている黒いかんざしが部屋に落ちて、お団子が解けてしまった。
腰まである綺麗な金髪がさらりと広がり、外から吹き込む
落ちたかんざしを拾いもせず、しばらく外を見ていたアリスがゆっくりと部屋に顔を向ける。
不安と驚きの入り混じった彼女のその顔を、理沙とせせらぎは黙って見つめ返した。
朱音だけはネット越しで様子が分からず「ねえ、どうしたの?」と雰囲気違いな声を出している。
「お、同じなの……。同じなのよ!」
「それは……自分の家から見た景色と同じだということか?」
地に戻った理沙がアリスへたずねると、彼女は静かにうなずいた。
次回、「クリスマスイブは波乱含みで」
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