第一章 四話 小人は金髪のアイドル
いつも通り机に突っ伏して寝落ちした弘樹が、無理な姿勢で生じた身体の痛みを感じながら目を覚ました。
もう朝の六時か。
パソコンにつないだ外付けスピーカーから友人の声が聞こえる。
「ねえ! 何で毎回無言なのよ! いつもすぐ寝落ちするあなたが今日も頑張ってるから付き合ってたけど、
「え? あ、ああ、おはよう」
「はあ? 何時間も黙ってチャットだけ返してきたと思ったら、何寝ぼけてんの?」
「いや、ごめん。また寝落ちしてたみたいだ。すまん」
「寝落ち? いや今日も寝落ちしてないでしょ?
「あれ? おかしいな、寝落ちしてないのか?」
「寝ぼけてんの? 自分のランク見てみなよ!」
「ランク?」
弘樹が慌てて自分のキャラランクを見ると、プレイ前より確かに上がっていた。
「ランク、上がってる……」
「……本格的に寝ぼけてるね。まあいいや、朱音は昼からバイトあるからもう寝るわ。おつかれ!」
友人はそう言うとすぐにログアウトした。
弘樹は訳が分からないまま、とりあえずログアウトしてパソコンの電源を落とす。
友人にはああ言われてもちっとも眠くない弘樹は、やはりいつもの様にデスクに突っ伏して寝落ちしていたんだと思い直した。
けれどキャラランクが上がっていたのは事実。
ローテーブルに置かれたお菓子の残骸を見ながら、習得したと診断された『寝落ちスキル』の特殊効果を考える。
・熟練度がMAX(10レベル)で特殊効果付与。
『寝落ちスキル』特殊効果:『小人の靴屋』
(やりかけたことを助けてくれる高い実力があり、かつスキル所持者の理想の存在を、寝落ちしている間だけ召喚可能。寝落ちから状態回復すると召喚は解除される)
きっと『小人の靴屋』の効果で、小人が召喚されて、ゲームをプレイしているんだ。
おとといは拾ったかんざしを小人が持って帰ったみたいだし、昨日試しに置いたお菓子は今朝見事に食べられていたし。
本当に俺の部屋に小人が来ているらしい。
でも、小人ってどんなのだろう。
喉の渇きを覚えたので一階の台所へ行き、冷蔵庫を開けてミネラルウォーターの入った二リットルのペットボトルへ直に口を付けた。
「こら! また直飲みして! コップに入れて飲みなさい」
早起きの弘樹の母親が、冷蔵庫の前に立つ弘樹に小言を言った。
「うん」
弘樹は自分が母親に甘え過ぎているのを分かっていたが、それでも適当な返事だけしてこの場を去ろうとする。
「そういえば最近、夜中に玄関を出たり入ったりしてるのは何でなの?」
「え? 何それ? 知らないよ」
急によく分からない質問をされて困惑した弘樹は、どうせ母親の勘違いだろうと気にも留めずにリビングを出ると、階段を上がって自分の部屋に戻った。
自分の部屋で椅子に座り一息ついたところで、パソコンモニターの枠下右隅に小さなシールが貼られているのを見つけた。
よく見ると金髪の女の子がダブルピースで映っている。
なんだこれ?
写真……いや、プリクラか!
母さんが張ったのかな?
いや、そんなことする訳ないし、そもそも誰なんだこれ……。
弘樹はモニターの端に顔を近づけて、まじまじとプリクラを注視した。
彼の交友関係に金髪女子なんていない。
それも童顔で随分と可愛らしい金髪女子。
金髪を頭の上でお団子にしており、左右のフェイスラインだけはお団子にまとめずに長く垂らしている。
こ、こ、ここここここれ!
今大人気のゲーム実況動画配信者、女性で珍しく顔出ししている超有名なアイドル的存在。
胡桃アリスの生プリクラ。
驚愕の事実に弘樹は混乱して、冷静さを欠いた。
変な汗が背中をつたっていく。
そしてあることに気がついたのだ。
プリクラの金髪女子は、弘樹がつい最近見た物を金髪のお団子に挿していた。
黒塗りのかんざし。
誰の物か分からないからと、とりあえずハンカチに乗せてモニターの前に置いた、あの黒いかんざし。
先端が箸のように真っすぐ長く、片側に花の房飾りが付いていて軸が黒光りしていた。
花の房飾りの部分に金の細工と真珠の装飾が入った丁寧な作りで、キラキラと光って美しい物だった。
プリクラなのでそんな細かいところまで弘樹には判別できないが、少なくともあのかんざしであることは間違いないと思った。
弘樹は胸の鼓動が早まるのを感じた。
緊張で息苦しくなり意識して空気を吸う。
さっき水を飲んだのに、一気に喉がカラカラになって生唾を飲んだ。
最近起こった出来事、点と点が瞬時に線で繋がった気がした。
思い付いた想定がもし現実ならば、にわかには信じられないことが起こっている。
小人が家に召喚されているだけでも信じられない事態なのだが、それでも弘樹はそこまで驚いていなかった。
それは今まで、小人が痕跡だけで姿が見えない存在だったから。
単なるおとぎ話の小人を想像していたから。
だけど今は違う。
弘樹は想像してしまったのだ。
自分の部屋にあの金髪の巨乳美女、ゲーム実況アイドルの胡桃アリスが来ていることを。
そしてその想像は、黒塗りのかんざしのお陰で確信に近いものだった。
バイトへ行く準備をしながらも、弘樹は胡桃アリスのことを考えた。
せっかくなら彼女とコンタクトが取りたい。
でも、一体どうやって彼女とやりとりするか。
弘樹が『寝落ちスキル』で寝落ちしたときに、特殊効果『小人の靴屋』が発動してアリスが召喚される。
そして彼が寝落ちから目覚めたときに、『小人の靴屋』の特殊効果は解除され、彼女は元の場所に帰還してしまうのだ。
つまり弘樹が起きている状態で、アリスと会うことはできない。
「起きたまま会えなくても、せめて何かやり取りできないかな……」
つぶやきながらバイト先へ向かった。
◇◇◇
「きたきた! 待ってたよ」
視界が白くなり、ようやく召喚が始まった嬉しさで声を出すが、昨日と同じく慌てて左手で口を押える。
黄色いモコモコしたパジャマ姿のアリスは、床にお尻と太ももを付け左右に足を折り曲げてぺたりと座って転移を待っていた。
彼女の目の前は期待通りに白くなってわずかな浮遊感いが発生!
すぐ視界が戻ると同時に浮遊感がなくなって、小さな落下でお尻から床に着地した
「痛っ!!」
別にそこまで痛い訳ではないが、あまりお尻から床に落ちたことがないため、未体験の衝撃で大きな声が出た。
「ちょっと弘樹、遅いんだから静かにしなさい」
一階から女性の声が聞こえて、アリスは驚きに身を縮こませる。
やばいっ。
彼のママかな?
もし弘樹の母親がここに来たら、そう思うとアリスは緊張で身動きができずに固まったが、しばらくしても誰かがこの部屋に来ることはなかった。
どうやら注意だけだったようで、アリスはホッと胸を撫で下した。
ゆっくりと立ち上がった彼女は、パソコンデスクで寝落ちしている男の近くに向かう。
素足に冬用の毛の長いスリッパを履いたアリスは、昨日と同じように弘樹に近付いて寝落ちしているのを確認する。
「昨日ぶりだね。弘樹」
小声で話しかけた後、机に突っ伏して眠る弘樹の両肩に後ろからそっと触れると、肩に手を置いたまま、彼の背中へ右頬を当てた。
弘樹の背中、あったかいな。
それに凄いドクドクしてる。
背中からでも君の鼓動が聞こえるよ。
少しの間、アリスは覆い被さるように弘樹の背中に頬を当ててじっとしていたが、一通り彼の体温と鼓動を感じて満足したのか隣に置かれたデスクチェアに移動した。
いつものように弘樹の代わりにゲームをしようと、彼の手からマウスをどかしていると、脇に置かれたメモ書きが目に入った。
メモには小人さんへと書かれている。
小人さんへ
俺が寝落ちしてる間に、ゲームを進めてくれてありがとう。
俺の名前は、川上弘樹です。
プリクラ見ました。
小人さんは、もしや胡桃アリスさんですか?
そんな素敵な人が俺の部屋に来てくれてたら嬉しいです。
急いで部屋を掃除しました。
少しでも居心地がいいように。
俺は君を見ることができず残念です。
また来てくれたら何か残してくれると嬉しいです。
アリスは頬を染めて、にへらと笑みを浮かべた。
弘樹もアリスを歓迎していると分かったからだ。
それと同時に、自分は弘樹を見たり触れたり感じたりできるのに、彼は自分が接触したことに無自覚なんだと改めて認識した。
彼を起こして話がしたい、そう強く思ったが、彼女には予測がついていた。
きっと彼を起こすと自分は家に戻ってしまうだろうと。
毎回、明け方に弘樹が身じろぎして目覚めそうになると、アリスは自分の部屋に戻ってしまうから。
ここ数日は、毎日弘樹の家に転移していた。
それでも、明日来られる保証はない。
ずっと昼間から逢いたくて逢いたくて、ようやく今また逢えたけど……。
でもたぶん、弘樹を起こしたら私は自分の部屋に戻ってしまう。
そんなの嫌!
だってまだ、弘樹のぬくもりを感じ足りないから。
まだ大好きな弘樹を補充できていないから。
弘樹の横のデスクチェアで三角座りしたアリスは、寂しそうに彼の右側へ寄りかかった。
しばらくそうしていたが、やりかけで止まっているゲームの他に、別に起動しているチャットアプリに気づくと、口角を上げて何か企んだように笑みを浮かべた。
>おーい?
>とうとう今日は寝落ちしたみたいね?
>じゃあアカネも少ししたら抜けるよ
毎日一緒にプレイしているアカネがログインしているので、いつものように入力を始める。
>いや、まだ抜けないで
>あ? 復活した
>うん、もう平気
>じゃあ、先進もう
>ちょっと待って
>なに?
やはりやめようかとアリスは戸惑ったが、何か自分が居た痕跡を弘樹に残したいという思いが勝って、チャットの入力を続ける。
>今日はチャットじゃなくて音声にしない?
>いいけど。っていうか私は本来音声派
>カメラオンにするね
>カメラ? なんで? アカネはしないよ
アリスは大きく息を吸い込む。
ゲームの生配信よりも緊張した彼女は、どんな口調でアカネと会話するか迷った。
ゲーム実況アイドルのアリスにとって、アカネはネットを介して接するリスナーに該当するからだ。
ならば地の自分よりは配信時のキャラ、つまり胡桃アリスの口調で話そうと決める。
パソコンの横に束ねられていたWEB会議用の簡易カメラをモニターの上枠に取り付けて、USB端子をパソコンに接続する。
「こんにちは」
「え……ええっ? だ、誰!?」
「アリスでーす。最近、弘樹の代わりにプレイしてまーす」
「ア、ア、アリス?? え、誰? 何? どゆこと?」
「あちゃあ、最近ちょっと有名になったと自惚れとったよ私。ごめん、胡桃アリスといいます。よろしくねぇ」
「く、く、く、胡桃アリス!! あれ?
「違うの違うの。アカネは弘樹のパソコンと繋がってんの。んで、私が弘樹の代わりに操作しとる。ほらここに弘樹、寝とるっしょ?」
「ほんとだ……」
「ねぇ、アカネ。私、お願いあるんだけどよい?」
「な、何ですか……」
「あとで弘樹に見せたいから、この動画通話を録画させて! お願いだよ、別に配信しないよ」
「ま、まあ弘樹に見せるだけならいい……のかな?」
「やったぁ! ありがとアカネ」
アリスは礼を述べると早速通話の録画を開始する。
モコモコした黄色いパジャマ姿の彼女は、ふわふわの左袖を寝ている彼の右腕に絡めて密着すると、カメラに向かって笑顔でVサインした。
次回、「心通わせて」
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