第112話 私の目標は常に低いです。

隊長さんの『今夜は寝かさないぞ!』という意志の込められていそうな朝食は、見た目はともかく味は非常に素晴らしかった。

1つ1つの食材に多少味の癖はあるものの、全体的に見て非常にバランスの整った素晴らしい朝食だ。

ただ1つ言えるとするならば、朝から食べるメニューじゃないでしょこれ。

即効性があるのか食べ終わる頃には体が熱くなってきちゃってね……。

『エルフの秘薬』が効いている時とは違い、アレが自己主張を始めるわけではないし、特にムラムラ来るわけでもないので問題はないが、ここまで即効性があるものなのだろうか?


「まぁ、『エルフの秘薬』の材料として使われる食材が多数入っているからな。秘薬の様に薬が効いている間(体力)を消費して子種を作る程の効果はないが、食べておくと枯れ果てた状態からの復活が早くなると言われている由緒正しい伝統料理だぞ。」


……そういえば、当たり前のように『(体力)を消費』って言ってるけど、『エルフの秘薬』を作った方は鑑定のスキルでもあったのかな?

私は自分のステータスが分かるからその効果が正しいって知ってるけど、ステータスが見えないと(体力)を消費してるって分からないと思うんだよね。

アイテムの説明文があるとは思えないし、なんで効果を正確に把握しているのかな?


「正確には鑑定能力を持った異世界転移者がいる時代に作られたからだな。今現在迄、薬師たちの間では正確なレシピと材料、服用量に対する効果の強さや時間が事細かく書かれた本が受け継がれているらしいぞ。まぁ、人間の男性が使用したのは君が初めてだったみたいで、少し効き過ぎたみたいだが……。」


使用したのではなくて、勝手に食事に混入されたんです~。

……人間って薬物に対して耐性が低かったりするのかな?

私はむしろ、薬が全然効かなくて困った記憶しかないんだけど……。

風邪薬飲んでも熱は下がらないし、虫刺されの薬を塗っても腫れは一切引かなかったし……。

まぁいいや。

とりあえず朝食は食べ終わったし、今は体にエネルギーが満ち溢れている感じだ。

昨日考えた通り、今日は体を動かしてステータスが上がった分ズレた感覚を取り戻そう。


という訳で今日もお庭に来た。

一緒に来たのはエルフちゃんだ。

真面目なエルフちゃんは今日も訓練をするらしい。

私は相手する気ないから素振りになると思うけど、素振りってどこまで効果があるんだろうね?

初心者なら素振りは結構効果的だと思うけど……そういえばエルフちゃん、薙刀に変えてまだそれ程経ってない初心者みたいなものだね。

だいぶ動きにキレが出てきたし、1人でお留守番している間頑張っていたのかな?


私は足首から順に上の方へとストレッチをしていく。

あんまり運動前に伸ばさない方がいいらしいけど、軽く伸ばしておかないと不安なんだよな~。

体は既に温まっている気がするが、とりあえず軽く庭を往復するようにジョギングだ。

……軽く流しているつもりだけど、すぐに壁にぶつかりそうになるな。

もっと足先の力まで抜かないと……いい感じかな?


運動の準備は十分に整ったと思うが、ジョギングで既に不安になって来たので、立ち幅跳びをしようと思います!

と言うか、エルフちゃんにキョトーンとした目で見られてるんだけど……。

そんなに見られると、恥ずかしいのですぅ~。

……私が言っても可愛くないな。

エルフちゃんはすぐに素振りを始めたけど、準備運動とかしない派?

隊長さんとか、いつでも即動けるように常時臨戦態勢って感じだもんね。


ん?

私の運動に興味があるの?

……後で体力測定でもやる?

やるんだ……。


とりあえず立ち幅跳びに戻ろう。

まずは普通の立ち幅跳びからだ。

普通は跳んだ距離を測るものだが、私としてはどこまで跳んだかよりも跳ぶ感覚が掴めればそれでいい。


いざ跳ぼうと重心を下げた瞬間、(あ、これ無理だ。跳び過ぎる)と危険を察知したので、(いっそ真上に跳んでみよう)という私の中の悪魔の囁きに流されてしまった。

結果、屋根を軽~く見下ろせるくらいの高さまで跳ぶことが出来た。

まるで人間ロケットや~!

うわ~!景色が綺麗~!


当然ながら、跳んだら落ちる。

特にバランスは崩していないので普通に足から着地できると思うのだが、骨が心配だ。

筋肉はステータスの(筋力)で強化されて頑丈になっていると思うが、果たして骨まで頑丈になっているのだろうか?

(走馬灯を見てないので命の危険は感じていない)と、落下しながら自分でも驚くほど冷静に考えているが、冷静ならもっと他に考えるべきことがあったはずである。

迫る地面を認識しながら考えたことは、(膝、腰をクッションの様に使いながら着地。その後は……横に転がる感じで威力を分散?)だった。


そして地面に着地。

予想よりもだいぶ衝撃が少なかったため、特に倒れることもなく普通にしゃがむように着地できた。

あの高さから落ちたのに、着地音が見ていたエルフちゃんにしか聞えなかったくらい静かで、膝のクッション性に驚くばかりである。

少し足の裏が痺れたような感じはあるが、骨は折れていないし何も問題はないだろう。

あ、跳んだときにクッキリと地面にめり込んだ足跡だけは後で埋めておこう。


「…………。」


エルフちゃんが呆然とした表情のまま、何も言わずにこちらを見ている。

何も問題はなかった、いいね?

だが立ち幅跳びで事故りかけるとは思わなかったな……。

片足で1歩だけ跳ぶような感じにするか。

実際武器で殴りかかる時とか、1歩か2歩しか踏み込まないし。


そんなわけで、片足ずつ跳ぶ。

前後左右1歩ずつだ。

踏み込みさえ安定すれば安定して殴れるし、武器も全力で振れる。

できれば3歩まで慣らしておきたいな。


しばらくの間、体も心もピョンピョンしてたが、だいぶ慣れてきたのでいろいろと試してみよう。

とりあえず地面に穴を開け、そこそこ太い木を設置する。

殴るための的だ。

次に適当に殴るための棒を用意する。

今回は野球のバットみたいなものを用意しました。


まずは素振りだ。

全力で~振るっ!

……ショートゴロだな。

もっと下半身始動で動いて、インパクト前に少~し手で修整する感じでっ!

……いい感じかな?


こん棒としか言いようのない、中まで鉄たっぷりな普通の人にはクソ重い野球のバットだが、(筋力)が高いからめちゃくちゃなスイングスピードで振れるため結構いい音が出る。

呆然としていたエルフちゃんが我に返る程だ。

ただ、これで設置した木を殴ったら普通に吹き飛ばしてしまう気がする……。

……最初は軽く片手で叩くか。


最初の数回は距離感がズレて手応えが悪かったが、結構簡単に修正できた。

この感じなら問題なくモンスターと戦えそうだ。

一つだけ気掛かりなのは、全力で踏み込んで思いっきり殴っていないことだけ。

まぁ、これは大型モンスターとタイマン張るときにでも試そう。


運動を始めてから約1時間くらい。

だいぶ感覚も馴染んだし、そろそろエルフちゃんに付き合ってあげるかな?


チラッとエルフちゃんを見てみると、何故か私の真似をするような感じで片手で素振りをしていた。

なんだろう……近くの人の影響を受けやすいタイプなのかな?

まぁ、薙刀を片手で扱わないといけない状況はあるだろうけど、片手で訓練するにはもう少し筋力をつけてからでないと変な癖がつきそうで怖い。

ほらエルフちゃん、ちょっとこっちおいで~。

体力測定は~じま~るよ~。




という訳で、細かくタイムや重量を測ったわけではないが、いろいろな競技でエルフちゃんの身体能力を確認してみた。

ステータスなんてものがあるからか、やっぱりこの世界に来る前の私よりも高スペックだね。

というか、どちらかと言うと技巧派な感じなのだろう。

いつだったかエルフちゃんは『高水準で様々な武器を扱える』と言われていたような気がするし……。


そのエルフちゃんは私が『全力で』と言ったからか本当に全力でやってくれたらしく、今は地面に倒れこんでダウンしている。

素直で真面目なのは良いことだよね。

私も見習うべきかな……?


「とりあえず一旦休憩にしようか。水飲むよね?」


「はい……。ありがとうございます。」


2人ならんでベンチに座り、水を飲みながら休憩する。

いい雰囲気になりそうなものだが、エルフの国中に鳴り響いてる鐘の音で全てが台無しな感じだ。

……いつまで鳴ってんの?


今エルフの国に襲撃しているモンスター達は、遠い人間の国で発生した大襲撃によって縄張りを荒らされ追い出された敗北者達の集まりで、大襲撃そのものではないって聞いたんだけど……。


「鐘……なかなか鳴り止みませんね。」


エルフちゃんも気になったようだ。

全く……兵士の方々にはもっとちゃんと仕事をして欲しいものである。

あ、待遇と給料が悪過ぎて大勢の方に辞められたんだったね。

今エルフの国の兵士はどれほどいるのか知らないが、大勢に退職されてそれ程期間が経っていないのに大襲撃が発生するとは、運が悪いにも程がある。

是非心を強く持って頑張って欲しい。

私は応援してあげるぞ。

応援しかしないけど……。


「私の両親は、私がまだ生まれて間もない頃に発生した大襲撃で死んでしまったそうなんです……。」


唐突にエルフちゃんの自分語りが始まってしまった。

こういう時はどんな反応すればいいんだろう……?

好感度を上げるにはちゃんと聞いてますよアピールをするべきなんだろうけど、私にそんなコミュ力はない。

茶化したら不味い話題だし、頷いたり相槌を打つ程度のリアクションを取って、黙って聞いておこう。


「当時、運悪く伯母様は少し離れた位置にある集落からのモンスター討伐要請に出ていて、この街にはいなかったそうです。とは言っても、城壁に囲まれていますから、兵士たちがしっかりと働いていれば問題なく大襲撃も乗り切れたと思います。」


隊長さんはいなかったのか……。

それは運が悪いとしか言いようがないね。

ただその言い方だと、城壁が壊されて侵入されたわけじゃなくて、門から堂々とモンスターに入り込まれた感じなのかな?

……急に不安になって来たな~。


「伯母様の様に強くなりたいです……。」


…………脈絡なく唐突に自分語りが終わってしまった。

エルフちゃんの心の中では様々な思いや感情が渦巻いているのだろう。


とりあえず、隊長さんの様になるなら数百年は必要じゃない?

応援する気持ちはあるが、目標が高過ぎて心が折れないか心配である。

高い目標を持つのも大事だけど、もっと段階を踏んで少しづつ成長するための目標も必要だと思うよ?

今はまずレベルを上げて筋肉を付けよう。

筋肉はだいたいのことを解決してくれるからね!

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