左回りの時計があったら
那賀坂 翔太郎
第1話 傷つくのが嫌なら
夕日が差し込むこの教室には1人の愚者と1人の才人がいた。
愚者は才人をとても慕っていた。
小学生の頃から同学年の中でも一際目立つ才能と、
それを乗算させるがのような整った面持ち。
愚者は才人が自分をどう思っているのか。
彼の瞳の中に自分は存在するのか。
そんなことばかりを考えて生活している。
6月5日。
それは愚者にとって忘れられない日となるのであった。
放課後、2年D組の界凉成サカイリョウセイはすぐに帰宅する準備をする。
すぐに同級生の賑やかしいメンバーが、自分の席の後ろにいるどこかの王族かと思えるほどの待遇をされている女子を取り囲んで、どんちゃん騒ぎをしだすからだ。
凉成「いいよなぁ…気楽そうで」
家に帰ると彼の人生をレールのように決めて鬼コーチとして活躍する大人が待っているので、少し帰宅時は鬱々とした気分になってしまう。
とはいえ、帰宅しないわけにもいかない。
部活をするほど運動神経も良くないし、そもそも部活に入りたいなんて言ったら金切声を上げて反対されるであろう。
勉強しろと言うのに塾は教え方が悪いから私が教えると言ってくるほどの教育熱心さだ。
ひとまず各学校に1人はいるであろう熱血体育教師を横目に、正門から帰路に着くのであった。
少し大きな道を通り、ちょうど学校と自宅の間にある公園に差し掛かった時。
ブランコをする同じ制服の男子を見かけた。
合田朝喜アイダトモキである。
朝喜「お、今日は特に気疲れしてなさそうだな」
特に心配もしていないくせに、と少し思うが言葉は嬉しい。
凉成「まあ今日はニギヤカ担当が風邪で休んだからな」
朝喜「なるほどね、A組はあり得ないほどやかましくてね…」
彼ら2人が公園で落ち合うのは何も初めてのことではない。
きっかけは合唱コンクールだった。
去年、音楽の先生が変わり合唱リーダーなるものを作り、クラス全体の練習度合いや合唱力(?)を報告する係だそうだ。
案の定、同級生たちは皆が往々にして面倒くさがり、晴れて合唱リーダーとして任命された凉成はがっくしきたがその報告会で同じように勲章を与えられたのが朝喜だったのだ。
彼らは同じ境遇ということもありすぐ意気投合したが、クラスが違うこともあり交流はこの公園でしているわけだ。
もし彼らに学校で仲良くしているところを見られたらからかわれかねない…
凉成「あーあ、朝喜が兄かなんかで家にいたら色々責務を押し付けれるのにな」
朝喜は喜んだが、すぐにムッとした表情を浮かべた
朝喜「それはこっちのセリフだ、凉成が弟としてうちにいればいいのにな」
得意げに言う。
凉成「おいおい真似っこかよ」
朝喜「おいおい真似っこかよ」
こんな調子で2人はいつも本当にくだらない、なんなら話題に出す賑やかしい面々ですら白けるような馬鹿馬鹿しい内容の会話をいつもする。
普段の生活ではそんなことは一切ないからなのだろうか。
公園の時計が5時を指す時にお開きになるのもお決まりだ。
凉成「時間だ、んじゃまたな」
朝喜「おう、またな」
2人は少し寂しげな表情を浮かべるがこれ以上遅くなれば2人の両親がどのような顔色になるのかは明白だ。
赤鬼か、黄鬼かも。
お互いが自分の家に向きを変え歩き出す手前で朝喜が踵を返す。
朝喜「俺ら本当に兄弟とかだったら楽しいし嬉しかったな!」
凉成「…そうだな、って気色悪いぞ」
やや不満げな表情ではあったが凉成は笑顔で答えた。
凉成は帰宅した後、やはりすぐに勉強をさせようとする親を尻目に、せめて手だけは洗わせてくれと返して洗面台へ向かった。
…はぁ。家族だったらか。
俺の気持ちも知らないで、よく言ってくれるな。
公園で落ち合い、話すようになってから凉成は自分の中に芽生えるべきでない感情が沸々と湧き出るのを感じていた。
世の中、色んな人がいることは本やテレビなんかで知ってはいたが、その色んな人に自分が該当するとは一ミリも予想できなかった。
小学生の時に親戚の看護師さんから教えてもらった手の洗い方で入念に洗った後、顔を冷水に打ち付けて目を覚ます。
よし、大丈夫。
俺は普通の人間で、勉強していい大学に入って医学の道に進んで結婚して子供作っていい家庭築いていくんだ。
言い聞かせるが如く反芻して自室に向かうのであった。
左回りの時計があったら 那賀坂 翔太郎 @shotaro-1108
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