第3話 西の洞窟へ

「ここが西の洞窟か……」


 城から馬で一時間ほど。件の洞窟は森の中に隠れるようにあった。近くの村で聞いて来たから間違いない。村では魔物に田畑が連日荒らされ、ついには死者も出たという。


「行くぞ、メロ」


 俺は馬を木に繋いでいる世話係のメロに合図した。結局俺についてきたのはこいつだけだった。


「はい、ルイス様。あ、あの申し訳ありませんが、離していただけないでしょうか、先に進めません……」


 メロはすまなそうに後ろを振り返った。

「な、ななんだときき貴様、この俺がびびってお前の背中にしがみついてるとでも言いたいのか!? せ、世話係の分際で生意気な」

「す、すみません! 決してそのようなことは」


 馬が馬鹿にしたようにヒヒーンと鳴く。ちなみに俺は馬に乗るのが下手なのでメロの後ろに乗った。


 実際俺はびびりまくっていた。本当にこの中に入るのか? 魔物だぞ、ウサギ一匹狩れない俺が魔物を倒せるのかいや無理だろでも倒さないと国外追放だ。


「大丈夫ですルイス様。僕が先を歩きます。そして魔物に出会ったら作戦通りに行きましょう」

 メロは背中にしがみついている俺の手をそっと握り、優しく言った。案外柔らかい手だった。


「もちろんだ。お前が先を歩け。俺が後ろをしっかりと守ってやろう」


 なけなしのプライドで俺はなんとかメロの背中から離れた。そうだ、メロには氷の魔法があるんだ。





 父親と兄と親友(だと一方的に思っていた)からこき下ろされた俺は、抜け殻のように自室のベッドに倒れ込んだ。

 一人で行くしかないのか、洞窟に。

 俺はぶるりと身を震わせる。

 魔物に殺されるよりも国外追放の方がましか? いやでも王族の権利も形だけ持っている領地も没収される。王子という地位と母親譲りの綺麗なこの顔と調子の良さで今まで生きてきた俺に、いまさら平民の暮らしは無理だ。


「じゃあやっぱり洞窟に一人で行くしかないのか!? くそ、今までの女遊びがこんなところで仇になるなんて! 何だよちょっと色々摘まんだだけじゃん、ちゃんと返してただろ、何がダメなんだよ、くそ、くそ、くそ!!」


 俺はベッドの上で転がりまわった。さんざん悪態をつきながらまわってまわって転がりまわってようやく体を起こすと、目の前にメロがいた。俺は目が点になった。


「貴様いつからそこにいた!」

「も、申し訳ありませんルイス様、お部屋のお掃除をしていたところ、ルイス様が突然部屋にお戻りになり脇目も振らずベッドに倒れ込んでしまいましたので声をかけるタイミングが……」

「言い訳はいい!! さっさと出ていけ……」


 そこまで言って、自分が毎日この時間に部屋の掃除を命じていたことに気がつく。


「……まあいい。次から気をつけろ。もう掃除はいい。下がっていいぞ」

「ルイス様」

「なんだ、下がっていいと……」

「僕が西の洞窟にお供いたします。僕、氷の魔法を使えるんです!」

 まだ十四くらいのメロは声変わりしていない声で言った。


「お前、王の間での話を聞いていたな。立ち聞きか」

「ごめんなさい……」

「で、氷の魔法とやらで勝算はあるのか? 魔物相手に」

 俺は立ち上がって小柄なメロの肩を掴み、詰め寄った。孤立無援の今、藁にもすがる思いだった。


「あります」


 メロは毅然として答えた。




 洞窟の中は真っ暗だった。メロが松明を持ち先頭を行く。俺はいつどこから魔物がでてくるかと内心びくびくしながら精一杯虚勢を張ってメロのあとに続いた。


 入り口は狭かったが中は広く、小柄なメロはもとい、長身の俺も屈むことなく進んでいける。

 中で迷子にならないよう、俺とメロの腰には入り口付近の木に結んだロープが括り付けてある。魔物を倒したあとはこのロープを伝って戻ればいい。


 魔物を倒す作戦はこうだ。


 魔物を見つけたらメロが氷の魔法で魔物を氷漬けにし、メロがそうやって魔物の動きを止めているあいだに俺が剣でとどめを刺す。

 氷漬けのまま殺せないのかと俺はメロに言ったが、メロにそこまでの魔法の力がないそうだ。動きを止めるので精いっぱい。なんとも中途半端な……。

 だけどメロは俺が自分の剣で魔物の首を落とし、それを城に持って帰ったほうがいい証拠になる、と言った。

 それもそうだな、と俺は思い直した。


 とにかく俺はとどめを刺すだけ。剣の腕がなくてもなんとかなりそうだ。簡単簡単。ちなみに剣は自室のベッドの下に埃被って転がっていた。

 

 万が一失敗したり無理そうだったらメロを囮に全力で逃げればなんとかなる。メロには悪いけどな。


 俺がそんなふうに考えていると分かれ道があった。


 右のほうの道は奥に続いていて先が見えない。

 

 だけど左の方の道の先には……宝箱があった。


「おっ。見て見ろ、宝箱だ! 幸先いいぞ!!」


 俺は宝箱を見た瞬間嬉しくなり、メロを追い越し左の道へ進んだ。何かいいアイテムでも入ってないかな~。

 しかし宝箱までもうちょっとというところで……


 ざぶん!


「うわあああああああああああ!」

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