第23話 風の声


 合流から三日後の朝。

 疲労を癒した俺達は、『風の神殿』へと向かう。

 例によってアシュレイは麓の集落で留守番をすると言うので、絶対に無茶をしないように言い含めた。

 あの黒騎士は、目を離したすきに英雄ぶるからだ。

 さすがに、今回はないと思いたいが、油断はできない。


 階段を上り行く俺達の周りには、同じく『風の神殿』へ向かって階段を上る者たちが居る。

 皆、『風の神殿』で死者との再会を望んでいるのだろう。


「ここを越えれば、四つの神殿を巡ったことになるんだよな……」


 地水火風の四つの神殿を巡り、光の神殿に至る資格を手に入れる事。

 それが『勇者の試練』である。

 この『風の試練』を終えれば、いよいよ『聖剣』を得ることになる。


「旅も、もうすぐ終わりだね」


 ナーシャが少し寂し気に口にし、それが伝播したようにティナもリズも少し俯く。


「いいや、まださ。魔王を倒さなくては旅は終わらない」

「そう、だね」


 そう頷くティナの顔は、どこか暗い。

 よくよく見れば、リズの顔もだ。

 何かあるのだろうか?


「どうかしたのか?」

「いや、何でもないさ。ボクらは最後まで君と一緒に戦うよ」

「なのです」


 表情を明るくしたティナとリズが俺に頷く。

 ナーシャもそれに続いてにっこりと笑った。


「とにかく、今は『風の試練』に集中しましょ」

「そうだな」


 丘の頂上に建てられた『風の神殿』につくのに、そう長くはかからなかった。

 一般開放された『風の神殿』の前には多くの人が今日も詰めかけている。


「さて、ここからはどうすればいい……?」


 『清風の水晶』の気配はかなり強く感じるのだが、その感覚は今までと少し違った。

 そばにあるのはわかるのに、どうにも方向がぼんやりしてつかめない。


「在るのに無いみたいだ」


 ふと声に出した瞬間、丘の上に小さく風が吹いた。

 その風は強い『清風の水晶』の気配を含んでおり、つかみかけた感覚がするりと抜けるような捉えどころのなさを俺にの心に残してゆく。


「聞こえたのです……」


 リズが俺の袖をつかみながら、周囲をきょろきょろと見回す。


「リズ?」

「旦那様の声が、聞こえたのです……!」


 周囲を見れば、リズと同じように落ち着かなさげにしているものが数人いる。


「まさか、これって……」


 俺が風の神殿を振り返ると、ゆっくりと風が吹き始めて髪を揺らした。

 温かな春風のようなそれは、明らかに自然のものと違っており、意志ある者のように人混みをするすると流れていく。

 そよ風のように、一陣の風のように、時折吹き上がり、あるいは吹きおろし、俺の周囲に風が集まってくる。


 渦巻くようなそれからは様々な声が聞こえた。


──『使命を』

           ……『忘れるな』

     ──『覚悟を』

           ……『決めよ』

 ──『犠牲と』

       ……『選択を』

             ──……『勇気と』

 『決断を』──……


 囁き声のようなものが、断続的に響く。

 何者かは、本能的に理解できた。

 ……歴代の、勇者やその仲間の声だ。


 しかし、声はどれもこれも無機質で、使者となった者との再会といった様子ではない。

 まるで圧力を伴った命令のようにすら聞こえる。


「これは──……」

『耳を傾けるな』


 はっきりとした声が、耳に届く。


『文字通り亡霊どもの戯言だ』

「あんたは?」

『誰だっていいさ。さぁ、気を強く持て。風の気配を感じろ』


 誰だかわからないが、気安いことだ。

 だが、すっかり『清風の水晶』の事を忘れていた俺は、その気配を探る。


『ここにある全てが、それだ。お前はこの場所で死者の願いを託される』

「死者の……?」

『そうだ。さぁ、受け取れ……これが、お前に吹く風だ』


 風が小さな竜巻のように小さく渦巻いて、緑光放つ水晶へと変じる。

 仲間たちも、周囲の者達もその優しい光をじっと見つめた。


「……」


 小さく念じると、それは俺の胸に吸い込まれて、勇者の刻印には風の紋様が刻まれた。

 瞬間、俺の脳裏に様々なものが巡る。

 これは、風となった者達の記憶の欠片だ。

 魔王に立ち向かった勇者や武人たちが得た、武技、武術、技術が次々と再生されて、耳鳴りのような音をたてる。


「……ヨシュア?」


 俺の肩を誰かが叩いて、俺は意識を現実に引き戻す。


「ああ、ナーシャか。無事に終わったよ」

「うん。ついに、試練をすべて終えたんだね」


 ナーシャに頷いて、俺はティナとリズを振り返る。


「いよいよなのです」

「だね。さあ、アシュレイと合流しよう。光の神殿に、いかなくっちゃ」


 ティナの言葉に頷きつつも、俺は心の中で疑問を膨らませる。

 最後まで案内すると言っていたかの黒騎士は、もしかして『光の神殿』の場所すら知っているのだろうか?


 神より聖剣を授かるその場所は、地水火風の祝福を受けた勇者だけが知る場所だ。

 俺とて、今しがたその場所と行き方を頭の中にねじ込まれた直後である。

 もし、その場所を知っているとなれば……いよいよ、アシュレイが何者なのかわからなくなる。


 勇者にあやかって、四神殿を目指す武芸者もいるにはいる。

 場所は調べればわかるし、実際に何かしらの加護を得る者もいないわけではない。


 さりとて、刻印無き勇者ならざる者が『光の神殿』への道を開くことはできない。

 なにせ、『光の神殿』は常人の身では到達できぬ場所にあるからだ。


「行こう、光の神殿へ」


 死者との再会にざわつく『風の神殿』を後にして、俺達は麓への階段を下る。

 案内役と合流し、最後の神殿──『光の神殿』へと向かうために。

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